アメリカのおいしい生活
2月
15日月曜日

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  #158 ビールだけは勘弁して
 
 

 その日はちょっと具合が悪かったので午前中寝ていたのだ。一時半に娘を学校に迎えに行かなければいけないから、お昼過ぎに起きて、シャワーを浴びた。
 身支度を整えて、さあそろそろ迎えに出るかというところで、留守番電話にメッセージが入っているのに気がついた。娘の学校の先生からだ。
「お宅の娘さん、今日のランチのときに

ピーナツバターのアレルギー反応

が出ました。首のあたりに発疹が出ただけだけど、いちおう薬を飲ませたということをお伝えしたくて電話しています。このメッセージを聞いたら、念のため学校に折り返し電話をください」
 うわー、しまった、と思った。キッチンに放り出していた携帯電話にも、気がつけば同様のメッセージが入っている。
 慌てて学校に電話した。
「いえ、たいしたことなかったんですけどね。お弁当のサンドイッチを食べ始めたら、すぐに首の辺りに発疹が出たのでアレルギーだとわかりました。学期前に提出してもらった書類を見たら、『ピーナツにややアレルギー』って書いてあったでしょ。それで薬を飲ませたんですよ」
「すみませんでした。いえ、まえはピーナツアレルギーっぽかったんですけど、去年ピーナツバター入りのクッキーを一個食べたときなんともなかったから、もう治ったのかな、と思ったんです……。本当にご迷惑をおかけして申し訳ありません」
 電話に向かって平謝り。
 そのあとすぐに迎えに行って先生と顔を合わせたときにも、コメツキバッタみたいに頭を下げ続けた。
 先生は、なんともなかったわよ、と平然を装っていたが、ちらりと、
「いえね、あなたにもご主人のほうにも連絡が取れなかったから、それがなんだかちょっとね」
 と漏らした。たまたま昼食に出ていた夫も携帯電話にかかってきた学校からの電話に気づかなかったようで、どうやら先生は「保護者のどちらにも連絡がつかない!」と焦ったらしい。
 通りかかったほかの先生(保育園と幼稚園の全責任者)にも、
「たいしたことなくてよかったわね」
 と声を掛けられた。この先生は、普段は教室にはいないはず。推測するに、生徒がアレルギー反応を起こすと、対策マニュアルに従ってその辺にいる大人がみんな駆り出されるのだろう。どうやら先生たちのカジュアルな口ぶりとは裏腹に、けっこうな騒ぎになっていた模様。いやはや参った。
 ことの始まりは、前日である。放課後、クラスメイトのお母さんとおしゃべりをしているときに、子供の弁当にいつもなにを入れているかという話になった。
「ウチの息子はいっつもピーナツバター&ジェリー・サンドイッチ。よくも飽きずにそればっかり食べるなあと思うけど」
 ピーナツバター&ジェリー・サンドイッチ。略してPB&Jサンドイッチは、アメリカの子供たちの人気ランチメニューである。ピーナツバターも甘いし、ジェリー(ジャム)も甘い。歯にしみるぐらいに甘いものをふたつもパンにつけるというのがどうしても納得いかず、我が家では作ったことがない。が、そろそろ物心がついてきた娘は、他の子供たちのランチが気になってきた。「○○ちゃんみたいにPB&Jサンドイッチを今度食べたい」とリクエストしてきたことが何度かある。
 そんな話をその母さんにしたところ、
「じゃあ、明日のランチに、息子のぶんを作るついでに作って持ってきてあげるわよ」
 ということになった。
 そのころからすでに体調を崩していた私は、「ああ、これで明日は娘の弁当を作らなくて済むからラクだ」と思い、お言葉に甘えることにしたのだ。娘が赤ん坊だったころに若干ピーナツアレルギーっぽかったことは頭の隅に過ぎったが、「もうたぶん平気」ともみ消してしまったのだった。
 そんなわけで、軽い気持ちでしたことが予想外におおごとになって先生たちに迷惑をかけてしまい、ひたすら恐縮。私は、学校に「娘はピーナツアレルギー」と書いて提出しておきながらランチにピーナツバターを食べさせたバカ親ということになってしまった。いやはや、お恥ずかしい。
 幼稚園や保育園の先生たちは、子供たちの食物アレルギーに細心の注意を払っているに違いない。娘が通っている学校では、家から持ってきたスナックや弁当を生徒同士で分けたり交換したりすることを禁止している。食物アレルギーのなかでも、ナッツやピーナツは要注意と聞いたことがある。重度の場合、ショック症状を起こして命に関わることがあるから。学校によっては、生徒全員にナッツやピーナツなどを持ってこないように指導しているところも。
 友人の娘さんに、ピーナツアレルギーの子がいる。よその子供たちと遊んでいて、持ち寄りのおやつを食べることになると、その子は必ず、
「ピーナツ入ってる?」
 と訊く。
 その子のお母さんは、ショック症状を起こしたときのための注射をいつも携帯しているとのこと。かなりの重症ケースと思われ、その子をウチで面倒見た日にはやや緊張した。しかし、ピーナツそのものは絶対食べてはいけないけれど、ピーナツを加工した工場で作った製品(それ自体はピーナツを含まない)は、食べても大丈夫とのことだった。重症ケースの中でもやや軽いほうなのだろう。
 ほんとうに重症になると、同じ部屋のなかでピーナツバターのジャーのフタを開けただけでも命に関わる、とか、ピーナツバターを食べた人とキスしてショック状態を起こす、とかいうことになるそうだ。ちなみにソバも、ピーナツ同様、重症の場合はショック状態になってしまう要注意の食べ物である。
 娘のクラスメイトには、ピーナツはもちろん、卵と牛乳と小麦がダメ、という子がいる。ショックを起こすほどの重症ではないようだが、とにかく食べられない食品が多いので大変だ。教室でお菓子が配られるときには、その子は家から持参した別のものを食べている。先日は、近くでお昼ご飯を食べていた子のランチボックスに入っていたチーズに軽いアレルギー反応を起こしたとかで、別室で手当てを受けたそうだ。
 また、最近よく耳にするのは、グルテンアレルギーだ。グルテンとは、小麦、大麦やライ麦に含まれるたんぱく質。セリアック病と呼ばれるこのケースは、実は普通のアレルギーとはメカニズムが違うため、

「グルテン過敏症」

と表現されることもあるのだが(お腹がごろごろして牛乳が飲めない、というのに近いだろうか)、まあ、ある種類の食べ物を体が受け付けない、という意味では、アレルギーと表現しても差し支えないのかもしれない。
 以前住んでいた東海岸に、このセリアック病の友人がいるのだが、彼女の食べられない物の多さといったら聞いていて涙が出る。パン、クッキーやケーキ、ピザなどの小麦粉ものはもちろん、パスタもダメ。市販の加工食品にはたいていグルテンが入っているそうで、缶詰めや箱入りの食品は軒並みバツ。ケチャップ、マスタード、サラダドレッシングなどの調味料もダメだし、なんとしょうゆもダメ。ビールやジン、ウィスキーもいけないらしい。ワインは大丈夫だが、赤ワインによく合うブルーチーズはダメなのだそうだ……。
 先日、その彼女と三年半ぶりぐらいに会って食事を共にした。最近はグルテンの入っていないパンやパスタ、調味料などが多く売られるようになって、日々の食事はだいぶラクになったそうだが、外食はまだまだ大変らしい。その日のレストランの選定はもちろん彼女がしたし、その店でも食べられるものは限られる、と言っていた。
 食品アレルギーについて人と話していると、たいてい、
「私たちが子供のころには、アレルギーなんてあまり聞かなかったけどねえ」
 という話になる。
 昔はアレルギーなどなかったのか、それとも意識が低かっただけなのか。よくはわからないが、これを書きながらピーナツアレルギーのことを調べていたら、「ピーナツアレルギーの子供が増えている」という調査結果に行き当たった。やはり何かが原因で、アレルギー体質の人が増えているらしい。食品添加物? 保存剤? それとも住環境による影響?
 私には、いまのところ体が受け付けない食べ物はない。幸いなことである。が、体質というのはある日突然変わったりするものだから、安心はできない(上記のグルテンアレルギーの友人も、昔は平気でパスタを食べていた)。
 アレルギーはどれも大変そうだが、ビールがダメ、と聞いて、どうぞグルテンアレルギーにだけはなりませんように……と神様にお願いしたくなった。ビールだけは勘弁して欲しい。いや、グルテンフリーのビールがあるかな。くれぐれもおいしいことを祈る(って、いまから心配することもないか)。

 

 
 
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