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うーん、不思議な映画だなあ。
「フィールド・オブ・ドリームス」を見終えて、十年以上まえに見たときとまったく同じことを思った。
それを作れば、彼が来る――ある日突然、そんな「声」を聞いたケヴィン・コスナー演じるレイは、自分のトウモロコシ畑の一部を潰して野球場を作る。やがてそこにやって来たのは、八百長事件で球界を追放された伝説的な打者、シューレス・ジョーとそのチームメイトの幽霊たち。レイは野球場を作ってしまったせいで破産寸前に追い込まれるが、その後も続く「声」に導かれて旅をする。結局、野球場を作れば来るといわれていた「彼」とは――。
どうしてこんな古い映画を借りてきて見る気になったかというと、少しまえにコーンメイズに行って、
「フィールド・オブ・ドリームスみたいだ」
と思ったからである。
コーンメイズとは、トウモロコシが三、四メートルの高さに茂る夏から秋にかけてのアトラクションで、要するにトウモロコシ畑に作られた迷路だ。オレゴンに住むまで聞いたことがなかったので西海岸だけのものかと思ったら、全国各地にあるらしい。ポートランド近辺では、我が家から車で三十分、ソウヴィーアイランドのパンプキンパッチというファームにある。
入場料はひとり六ドル。チケットブースの兄さんの指示に従い、入口わきの棚から「パスポート」を仕入れた。これには、出口探しのヒントとなる三者択一の質問が十個書いてある。迷路の中には番号が振ってあるポールが立っており、その場所に来たらパスポートの中のその番号の質問の答えを選んで、書いてある指示に従う。正解すると出口に近づくし、間違うと迷う、という仕組みだ。たくさんあるジャンルの中から、「映画・音楽・テレビ」のパスポートを選んだ。
迷路に一歩足を踏み入れると、背の高いトウモロコシが両側に迫る小路が、こんがらがった毛糸のようにあらゆる方向に延びていた。映画で、プレーを終えた幽霊の野球選手たちが吸い込まれるように消えていく畑にはもう少し整然と生えているのだが、それでも、「ああ、映画もこんな感じだったよ」としばし感慨に浸る。空に向かって生い茂るバッタみたいな緑色の葉のあいだから、食べごろのトウモロコシがいくつも見える。
一つ目のポールが入口からすぐのところにあったので、手元のパスポートの質問を見た。
「カントリー歌手のドリー・パートンが最初のレコード『パピー・ラブ』をリリースしたのは何歳のとき? ――a. 20歳(右に曲がる) b.17歳(左に) c.13歳(左に)」
知るか、そんなの。どうせ子供だましみたいな迷路なんだろうから、どっちに行ったっていいんじゃない?
入口の看板には、「出口までかかる時間は平均四十五分」とあったが、こういうのはたいてい子供やお年寄り連れも計算に入っているから、長めに見積もってあるものなのだ。道路地図などである地点からある地点への所要時間が書いてあるのも、法定速度で計算されているから、実際に行ってみるとうんと早く行けたりする。「四十五分」とかいいつつ、私たちだったら二十分で終わっちゃうんじゃないのお? 六ドルは高いよ。もったいないからわざと迷って少しでも長く迷路気分を味わうか。
そんなことを考えて、夫と私は適当に歩き始めた。万が一、迷路から出られなくなっても二、三日は生きていられるように、などと冗談を言いながら買ったミネラルウォーターのボトルを携えて。
この迷路、思ったよりも手ごわいかなと思い始めたのは、倒れたトウモロコシや、膝くらいの高さにしか成長していないひ弱なヤツを見て「あれっ、この道、さっきも通った?」と思っていると、「1」と番号が振られたポールに――ドリー・パートンのポールに――行き当たる、というのを三回繰り返したころだ。分かれ道に当たるたびに、「あっちじゃない?」「こっち?」などとなにも考えずに適当に歩いていると、いつまで経っても先に進まない。
迷路のなかを巡回中の、黄色いベストを着た係員が、
「大丈夫?」
と声をかけてきたときには、
「イエーィ」
などと言ってみたけれど、実は、二十分で到達できるはずの出口どころか、二つ目のポールにさえ行かれないんじゃないかと心配し始めていた。
とにかく辿った道は覚えておくことにして、と思うわけだが、トウモロコシはどれもみんな同じように生えているから特徴がない。ヘンゼルとグレーテルみたいにパンでも落として歩きたくなるが、生憎パンは持っていないのだ。夕方の暑い時間で、おまけに四方に植わっているトウモロコシのせいで風が抜けていかない。何日も雨が降っていないから小路の表面はカサカサと白く埃っぽい。なんだか急に喉が渇いたような気がして水のボトルを夫の手から取ると、水はもう半分くらいしかない。迷路はまだ始まったばかりなのに、こんなに水を飲んじゃってどうするの!
夫と私の顔から、コーンメイズを小バカにしていたニヤニヤ笑いが消えた。二つ目、三つ目のポールを順調に見つけて気をよくしたのもつかの間、また四つ目のポールのところでさ迷った。質問に正解したとしても、次のポールに辿りつくまでに分かれ道が二つ三つあって、なかなか先に進めないのだ。
あっというまに二十分が過ぎた。まだ半分も行っていない。このペースでは、平均時間で出ることさえ難しそうだ。途中でトイレに行きたくなったらどうしようという心配が出てきたし、両側から迫ってくるようなトウモロコシのなかにずっといたら、なんだか息苦しい気もしてきた。
子供のころ、姉にくっついてお化け屋敷に入っていって、途中でどうしても怖くなり、泣いて係員に出してもらったのを思い出した。どうしても、というときには同じ手を使えば迷路から出してもらえるだろうが、今はいちおう大人なわけだし、なんとかそれだけは避けたい。
結局、六つ目のポールを終えたところで迷路の半分終了となり、いったん外に出ることができた。かかった時間は四十五分。ウォーキング、などといってエクササイズのつもりで四十五分歩くのはちっとも苦にならないけれど、迷いながらの四十五分はけっこう疲れる。
「再入場はこちら」というサインがあったが、私たちは「今日のところはこのくらいで勘弁してやろう」などと、ボコボコにやられておいて捨て台詞を残しながら逃げるチンピラのように、迷路を後にした。さらに四十五分間トウモロコシのなかを右往左往する気になれなかったのだ。
というわけで、トウモロコシの迷路からそれこそ幽霊のようにフラフラと出てきてから「フィールド・オブ・ドリームス」を見た。「そんなんあるかいっ」と画面に向かって叫びたくなるような甘い展開が続くのだが、それでも見終わった後には嫌いになれない。なんとも浮世離れした不思議な映画である。
その魅力のひとつは、登場人物たちがベースボールに抱いている情熱だろう。幽霊となって蘇ってきたシューレス・ジョーが久しぶりに野球をやって、「Man,
I did love this game.」と感に堪えたように言う場面があるが、こんな「バカ」がつくほどの野球好きの思いが全編を貫いている。私のようなにわか大リーグファンでもぐっときてしまう。
ところで大リーグといえば、マリナーズはいったいどうしちゃったのだろうか。アメリカンリーグ西地区の首位を楽々守ってきたのに、終盤にきていきなり崩れ、今やワイルドカード争いをする有様。ずっとひたひたと背後についていたオークランド・アスレティクスが、ゴール近くでいきなり追い抜いていって、そのままぶっちぎろうという勢いだ。去年とまったく同じパターンである。
マリナーズの失速は、イチローの失速にそのまま重なる。これも去年と同じ。チームの不振がイチローだけのせいとはいわないが、彼が塁に出ないことには「始まらない」という感じがする。
イチローといえば、この夏、ちょっと面白い発見をした。
八月のあるゲームで、ライトに飛んできた打球を追い、センターの選手と接触したことがあった。イチローはでんぐり返って頭を打ち、ボールを取り損ねた。帽子が脱げ、ボールがそばに転がり、敵チームの走者はベースをぐるぐる回っている。一刻も早くボールを投げなければいけない場面に、脳震盪でも起こしたようにぼけっとした様子のイチローは、まず帽子に手を延ばした。大急ぎで頭に載せた帽子は、斜めになっている。それからようやくボールを拾い、内野に向かって投げた。
わずか数秒の出来事だったが、我が家では見逃さなかった。たまたまビデオに録画したゲームだったので、何回も巻き戻して見てしまった。イチローが慌てふためいて帽子を被り直そうとしていた様子は、こういってはナンだが、
うっかり取れちゃったカツラ
を慌てて頭に載せようとしている人みたいだったのである。
イチローウォッチャーのウチの夫にいわせると、見かけを気にするイチローは、帽子でぺちゃっとなった頭を人に見られたくないのだそうだ。だから、ダグアウトにいても必ず帽子を被っているし、ヘルメットから帽子に替えるときは後ろ向きでしかも素早い。
このことに気づいてからというもの、マリナーズの試合を見ているときには、「イチローの帽子脱げないかなあ」というのが最大の関心事となった。意地悪な観客である。が、イチローもどこから見たってバカがつくほどの野球好き、幽霊になっても野球をやってるタイプのはずである。髪の毛なんて気にしている場合ではないよ、キミ。
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