mid-life crisis(名)中年の危機
三カ月ほどまえ、髪をばっさりとショートにした。四十代ど真ん中、それまでのセミロングが似合わなくなったような気がしたのだ。夫からは「キミみたいにトシとって顔が貧相になるタイプの女性が、長い髪をばさーっとかぶったみたいなのはよくない」と言われており、たしかにそうかもしれない、というわけで短くしてみたのである。素敵だなと思う女性にショートカットが多かったのも、理由のひとつ。
もうかれこれ二十年以上ずっと長髪だったので、短くしたのは初めて? と訊かれることが多いのだけれど、二十代の前半、会社員になりたてのころはショートであった。職場に短期研修で来ていたちょっと年上のドイツ人男性に、「日本の若い女性は圧倒的にロングヘアが多いけど、キミは個性的でいいね」と言われ、やや得意になったものだ。そういえば、アメリカ人の英会話講師にも同じようなことを言われた。
たるみにシワにシミ――日々の化粧程度ではごまかせなくなってきた顔の老化に抗うため、若いころいい思い出があったショートヘアにしてみたのだ。が、うーん、どうなんでしょう。鏡のなかには、やっぱりオバさんがいたのだった。ショートカットのオバさんが。二十代のときと同じ髪型にしたからといって、そのときと同じ顔になれるわけではないらしい。切ってみて始めて気が付くというのも間抜けである。
六歳の娘はあからさまに嫌がり、私の怒りの沸点が低いことを知っている夫は「まあショートもいいね」と言うが、あまり心はこもっていない。
周囲の反応は――友好的、というところか。友人、知人もそれなりの年齢だから、「髪型を変えた人には無条件反射的に『よく似合う』と言うこと」という処世術を心得ている。
たいして似合っていないのに、素敵よ、などと人から言われるのが困るので、私の髪の話題になると、
「mid-life crisisだったかね」
と言うことにしている。
中年の危機。自分がもはや若くないという現実に直面し、慌てて青春を取り戻そうとすること。アメリカでは、中年男性がいきなりど派手なスポーツカーを買ったりすると、「彼、もしかして?」と囁かれることになる。
先月、日本に旅行したときにも、友人たちにそう言ってみた。みな一様に、
「は? なにそれ」
という反応だったのでいちいち説明しなければならなかった。コラボレーションなんて難しい言葉が伝播しているのだから、ミッドライフ・クライシスもいけるかと思ったのに。ギャグのオチをいちいち説明しなければいけない売れないコメディアンのようで、哀しかった。
outsmart(動)知恵で相手を負かす、相手より一枚上手を取る
裏庭のエゴの木の枝に、鳥のエサやり器をぶら下げている。高さ三十センチ、直径十センチほどの筒状の容器だ。エサの窓がある下のほうには筒の外に四枚の花びらを描くように太い針金が張り出しており、鳥たちはそこにちょんととまってエサを食べる。我が家のキッチンテーブルからちょうど見えるところにその容器をぶら下げているので、私たちは食事をしながら野鳥がエサをついばむ様子が観察できるのだ。
このエサやり器に落ち着くには、ちょっとした紆余曲折があった。初めは近所の金物屋で買ってきたシンプルなものを使っていたのだが、鳥だけでなくリスやらネズミやらがやってきては鳥を押しのけて容器から直接むさぼり食い、ものの一週間もしないうちに壊されてしまった。それで、リスのような動物が乗るとその重みで容器の外側が沈み、エサの窓が閉まるという工夫が凝らされた二重構造の筒状のエサやり器を買ってきた。上部が丸くドーム型になっているので、枝を伝ってきたネズミもエサの窓までたどりつけないようになっている。
このエサやり器に落ち着いて一年余り。私たち家族は、裏庭に集うかわいらしい野鳥たちの食事の様子を優雅に楽しんできた。
が、つい一週間ほどまえに、この平穏な日々をぶち壊すものが現れた。シマリスである。
いや、現れた、というのは正確ではない。シマリスたちはいつも我が家の裏庭にいて、鳥たちがバラバラとこぼすエサを食べるためにエサやり器の下をいつもチョロチョロしていたのである。
大人の握りこぶしほどの小さなこの生き物は、背中に五本のシマがあり、目がくりくりとしてなんともかわいらしい。ときおり岩の上などに立って、「キッ、キッ」と鳴いては仲間を呼んでいる。ドブネズミに尻尾がついた、という感じのもさっとしたリスに比べて、小気味よく、しかも愛くるしい。
というわけで、彼らが姿を現すたびに「かわいいねぇー」と目を細めていたのだが、なんと、そのうちの一匹が鳥のおこぼれでは飽き足らず、エサやり器から直接食べることを思いついたのであった。
エサやり器をぶら下げている枝のほうから来てみたり、あるいは下にある植え込みの枝から飛びあがろうと試みたり。
その姿がコミカルで笑っていたら、何日かの練習のあと、植え込みのほうから飛び上がれるようになってしまった。エサやり器にかじりつき、小さな窓に顔を突っ込んでむしゃむしゃエサを頬張っている。リスほどには体重がないので、窓が閉まらないのだ。鳥たちはまるで近づくことができない。
慌てて裏庭に飛び出して、ダメ、ダメ! と追い払ったが、ヤツは一度できるようになると、そのあとは失敗なし。何度でも飛び上がってエサやり器にかじりつく。
私はシマリスがジャンプした植え込みの枝を鋏で切った。
やがてやってきたシマリスは、「あれ? 勝手が違うぞ」という顔つきでチョロチョロし、別の枝――もとの枝よりももっと遠い枝――からジャンプを試み、何度かのトライののちにまたしてもエサやり器に飛びつくことに成功した。
私はその枝も切った。念のため、周りのめぼしい枝も切った。これでもう飛び上がれまい。
またしてもやってきたシマリスは、「困ったな」という顔つきであれこれトライしていた。あっちへ行って伸び上がったり、こっちへ行ってジャンプを試みたり。
こんな攻防を私とシマリスは何度か繰り返した。植え込みはすっかり坊主になり、シマリスは万策尽きて降参したかに見えた。
ふっ、勝ったな。
私がそう思ったその瞬間、シマリスはなんと地面から――最後に私が切った枝よりも二十センチほど低い位置――からジャンプし、エサやり器にかじりつくことに成功したのであった。
あとは地面を掘るしかない。やる? 一瞬思ったが、そこまではできなかった。
戦いに負けて脱力した私は、一方で、選手の記録を更新させ続ける鬼コーチのような気分も味わっていた。よくまあ、俺のしごきについてきたな、とシマリスの肩を叩いてねぎらってやりたい気分であった。ビールでもごちそうしてやりたいところだ。
それにしても、恐るべき跳躍能力である。地面からエサやり器までは一メートル余りで、シマリスの身長は十五センチほど。自分に換算してみたら、九メートルぐらいまで飛び上がれることになる。ビルの三階くらいだ。しかも助走なしでびょーんと、である。
aging society(名)高齢化社会
Crazy Heartという映画を見た。
昔は売れたがいまは落ちぶれてどさ回りのアル中カントリー歌手が、ある日インタビューに現れた女性と恋に落ち、やがて更生の道をたどる、というストーリー。ジェフ・ブリッジスが、この作品で今年のオスカー主演男優賞を受賞した。
レビューがどれも高評価だったから期待して見た。吹き替えなしというブリッジスの歌いっぷりが見事だったので感心したが、いかんせんアル中歌手と女性記者との恋があまりにも非現実的なので、ちっとも話にのめり込めなかった。
五十七歳という設定のブリッジスは飲んだくれの髭ぼうぼう、体もぶよぶよなオジさんだ。昔は有名人だったとはいえ、ちょっと近寄りたくない感じ。そこへ現れたシングルマザーの女性記者は子どもが五歳。見かけからすると三十代後半だ。おお負けに負けて四十五歳の設定だったとしても、ブリッジスとの年齢差は十二歳である。男はもうこりごり、という彼女が、よれよれのオジ、ブリッジスに突然惹かれるその理由がわからない。
ブリッジスが泊まっているモーテルの部屋にインタビューに行くのに、タンクトップを着ているというのも不可解なのである。肩は丸出し、胸の谷間も見えて「私、その気です」といわんばかりではないか。昔からその歌手のファンだった、とか、亡くなった父(兄でもいいけど)を思い出す、とかいうような下地があるならともかく、そういう理由もなく若い女がよれよれの飲んだくれオヤジといきなり恋に落ちるという筋書きは、なんだか解せないのであった。
画面の前で「あり得ない」を連発しては、そのたびに夫にうるさがられていたのだったが、映画が終わった時に確認してみたら、果たして、原作者は男性であった。やっぱりな。オジさんの論理なのだ。好意的なレビューを書いた面々も、オジさんたちとみた。
こういう映画を見て、世のオジたちが勘違いしないことを切に願う。いや、オジさんに恋愛は無理、と言いたいのではない。若い女性と恋に落ちたいなら、それなりに努力しないと、と言いたいのである。よれよれぶよぶよのオジが若い女とうまくいくのは、映画の中だけですから。
解せないなーと言いつつこの作品を見終え、さて寝る前にメールのチェック、とPCのまえに座ったら、日本の有名男優(ハリウッドでも活躍)が五年前に再婚した妻とこのたび挙式した、というニュースが目に入った。ふうん、と読み進んでいったら、「妻のウェディングドレス姿は『かわいかったよ』」というコメントが紹介されていて、思わずのけぞってしまった。ちなみにこの男優は五十歳で、ウェディング姿が「かわいかった」妻は、四十六歳である。ま、妻も女優で美しいから、いいといえばいいんだけど……。
高齢化社会というのはこういうことなのかな、としみじみ感じた晩であった。「そのトシで?!」というようなことに、これからどんどん遭遇するのだな、と。そのたびにいちいち腹を立てたり、動揺したりしないようにしなければ、と思った。私もトシを取っていくわけだし。
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