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複数の日本の友人から、この秋、日本ではサンマが大漁だという便りが届いた。
アメリカでは食べられないでしょう……というニュアンスが伝わってくるのだが、実はオレゴンの日系スーパーでもたまに売っているので、サンマはもう食べたもんね。しかも、九月半ばの日本出張の際に夫が愛媛の実家からこっそり持ち帰ってきた青柚子を絞って。
豊作なのかどうかは知らないけれど、オレゴンではマツタケが売られている。ウチから車で二十五分ほどのところにある小さな日系スーパーの、
「オレゴン産マツタケ解禁!」
というビックリマークつきの知らせに、思わず買いに走った。一ポンド(約四五〇グラム)11.95ドル――四本入ったパックが、7ドル弱。「だれかオレゴニアンにマツタケの採りどきを教えてやってくれ」と言いたくなるような傘がすっかり開いてしまった大ぶりのものばかりだったが、それでもマツタケはマツタケ。焼いて柚子を絞ったり、お吸い物に入れたり、ご飯に炊き込んだり。日本の料亭の板前さんなら「ふん」と言いかねないようなオレゴン産マツタケだが、純日本産との違いがよくわからない夫と私はけっこう満足した。
調子に乗って、「これまでの人生で食べたマツタケの総量を超すくらいのマツタケを今シーズンは食べよう」などと言っていたら、ちょっと高級めの品物を扱うアメリカのスーパーにもマツタケが売られているのを発見。不思議なことに、前述の日系スーパーのとは違って、傘の開いていない、マツタケらしいマツタケだ。
カゴに盛られたなかから程よい大きさのを四つ取り、はて、いくらなのかしら、と値段を探したが見つからなかった。シイタケ、普通のマッシュルーム、エノキ、オイスターマッシュルーム、シャンテレル……目の前に並ぶキノコと頭の上の値札とを照らし合わせていったら、「マイタケマッシュルーム19.99ドル/ポンド」というのだけが残った。
マイタケとマツタケは別物なんだけど、と思いつつレジに行くと、案の定レジの若い女の子が、「コレなに?」とキノコの入ったビニール袋を目の前に持ち上げた。
「値段のサインが見当たらなかったんだけど……。マイタケ? マツタケ?」
金色の髪を男の子みたいに短く刈り上げた彼女は、農産物のコードナンバーリストをパラパラめくりながら私の言うことを聞いていたが、やがて周りの店員に、「この泥のついたキノコ、なに?」と聞き始めた。私は、あんまりマツタケ、マツタケと騒いで法外な値段にされてはイヤだなあと思ったので、黙って事の成り行きを見守ることにした。
農産物セクションの係員がレジのマイクで呼び出されたが、来ない。私の後ろには買い物客の列ができ始めた。なんだかおおごとになってきちゃったなあ、と困り始めていたとき、向こうのほうからぶらぶらと若い男の店員が歩いてきた。「彼ならわかるかもよ」とひとりの店員が言い、刈り上げの店員が私のマツタケを顔の横に持ち上げて、「ヘイ、ジョン。このマッシュルームなに?」
悠然と歩いてきたジョンは、ビニール袋のなかのそれを一目見て、
「マイタケマッシュルーム」
当然でしょ、という顔で言った。
四本で8.40ドル。
マツタケをマイタケの値段で
買って、得したような。日系スーパーの値段よりも高かったので損したような。マツタケとなると損だの得だのとお金のことを考えてしまうところが、我ながらつくづく貧乏性だ。
オレゴンのもうひとつの秋の味覚といえば、サケである。この時期は、チヌークという種類のサケが川上りをするのが見られる。
ワシントン州とオレゴン州の境を流れるコロンビア川沿いに東へ小一時間ほど走ったところにある、ボネヴィルダム。水力発電所のために一九三〇年代に作られたダムだ。ここには、海からコロンビア川に産卵のために戻って来た野生のサケがダムの向こうの上流に行かれるようにと作られたfish
ladderがある。これは、ダムに堰きとめられて水面が低くなっている下流側から水面が高い上流側までサケを誘導する「はしご」で、そのなかほどに位置するビジターセンターの地階には、サケが泳いでいくのが間近に見られる窓が設けられている。
薄緑色の水のなかを、腹を光らせながら何匹ものサケが右から左へ泳いでいく。まるで急ぎの約束でもあるみたいにささっと横切って行ってしまうヤツがいるかと思うと、疲れているのか窓にじっと張りついているヤツ、何を思ったか突然くるりと向きを変えて、後から泳いでくる仲間のあいだを縫うようにして戻っていってしまうヤツなどもいる。窓のこちら側で子供たちはサケを指差しては高い声で何やら言い合っている。窓から少し離れて静かに見ている大人たちは、とりわけ大きなのが現われると低い歓声をあげる。
サケが見える窓に向かって右側には、フィッシュカウンティングの部屋がある。川を上ってくるサケを、チヌーク、コーホー、スティールヘッドなどの種類別に数えているフィッシュカウンターの仕事部屋だ。私が行った日の前日にはチヌークが一万一千六百六十八匹上ってきた、と部屋の外に張られた記録にあった。そういえば、地元紙オレゴニアンのスポーツセクションにも、毎日のサケの数(場所別、種類別)が載っている。一日じゅうサケを数える仕事。世の中にはいろいろな仕事があるものだ。
目の前を泳いでいくサケを見ながら、「新巻鮭みたいだなあ(みたいどころか、サケなんだってば)」などとひとりでツッコミを入れたりして面白がっていたのだが、川上りをして産卵した後のサケは死んでしまう、という説明を読んで複雑な気持ちになった。私たちがガラス越しに見ているサケは、種を残すため、新たな命を生み出すためだけでなく、自らの死に向かって泳いでいるのである。そういえば彼らはみんな思い詰めたような表情をしている気がして、ちょっと切なくなってしまった。
オレゴンは、サケの養殖を禁止している州である。したがってオレゴン産のサケはどれも天然モノなのでおいしい。ムニエルにしてよし、中のほうが半生になるようにグリルしてレモンを絞って食べてよし。シーフードに乏しいアメリカに暮らしていて、珍しく心踊る数少ない魚介のひとつである。
が、日本の「シャケ」とは少し味が違う。アメリカのはあくまでも「サーモン」という感じ。バタ臭いというか、よそゆきっぽいというか。日系スーパーではアメリカ産のサケを日本の切り身風に「甘塩」などといって売っているけれど、これもやっぱりいま一歩のところで「サーモン」という味にとどまる。サケの種類が違うのか、海水の違いのせいか、加工の仕方によるのか、あるいは私の気のせいなのか。
それで、日本から戻るときにはデパート地下で塩鮭の切り身を買ってアメリカまで持ち帰る。今回、日本に出張に出かけた夫にも、「辛いシャケ買ってきて」と頼んでおいた。焼くと、塩がジャリジャリするような、炊きたてのご飯が何杯でも食べられるような、辛塩のシャケだ。
ほかにも、ワサビ漬けやら煎餅やらきゃらぶきやら、夫がデパ地下から仕入れてきたご馳走をほくほく顔で冷蔵庫やパントリーにしまい込んだ。ポートランドは日系スーパーがあるから、日本のものがたいてい手に入るありがたい環境である。が、デパートの地下で買えるようなちょっと質のいいものというのは、やっぱり日本から持って帰るよりほかない。
出張の荷物を片付け、空のスーツケースを物置にしまうという段になって、夫は「なんか足りないなあ」と首を傾げた。
「あっ、天ぷら!」
「えっ、天ぷら!?」
あまりのことに私も思わず叫んでしまった。松山空港で買った、愛媛名物のじゃこ天(魚のすり身を揚げたもので、そのままフライパンで焼いてしょうゆで食べたり、うどんに入れたり。地元では天ぷらと呼ばれる。魚の小骨の歯触りが少し残る素朴な味わいがたまらない)とかまぼことじゃこを、アメリカに発つ前に一泊した東京のホテルの冷蔵庫に置いてきてしまったというのだ。あーあ。
辛塩のシャケでご飯を食べながら、これでじゃこ天があったらねえ……とふたりでしんみりしてしまった。この喪失感は、オレゴン産マツタケでも埋めることはできない。
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