オレゴン通信
オレゴン通信

大石洋子 2011年2月22日

#179 「フラフープ、いいよ」

 去年の夏、日本に一時帰国した折に、少し年上の友人が私に会うやほとんど開口一番に、
「フラフープ、いいよ」
 と言った。
 少し説明を加えれば、「フラフープを使ったエクササイズは、腰まわりを引き締めるのにいいよ」という意味なのである。ジム通いを欠かさない彼女はいつも新しいエクササイズに挑戦しているから、「いまハマっているのはコレ」という文脈で話したのかな、とその場では受け止めたが、よく考えてみれば、彼女が言ったときの出し抜けな感じといい、勢い込んだ様子といい、一年ぶりに会った私の腰まわりのゆるゆるぶりに思わず黙っていられなかった、ということのようであった。
 たしかに、ここ三年くらい日常的に運動らしい運動はしてないし、食べる量は変わらないのに年とともに基礎代謝だけが落ちているし、さらに根底には、「年取ってから痩せると顔が貧相になる(から痩せる努力はしない)」という、半分真面目、半分言い訳みたいなポリシーもあったりするものだから、私の腰まわりは順調に成長を続けているのであった。友人が思わずアドバイスしたくなったのも、無理はない。
 しかしまあせっかく教えてくれたんだし、と思って、アメリカの自宅に帰ってからスポーツ用品店でフラフープを購入してみたが、なんだかうまくいかなかった。ハッカキャンディーみたいな緑と白のストライプの輪っかは、三回転半くらい(しかも、ビデオの早回しみたいな忙しさ)で、すとんと落っこちてしまう。
 妻の間抜けなさまを見ていた夫が、
「そんな子供用のおもちゃみたいなフープじゃダメだ。もっと重たくて大きくて、ビンヨン、ビンヨンと回せるようなのじゃないと」
 と言うので調べてみたら、なるほど、

エクササイズ専用のフープ

というものが売られているのであった。夫が言うように、ある程度重さがあって、そして径が大きめのものが初心者には回しやすい、とのこと。それで、直径41インチ(約104センチ)、3ポンド(約1.3キロ)のものを購入。
 初めのうち、重いほうが回しやすいというのが感覚としてつかめずおっかなびっくり回してはボタッと落とす、というのを繰り返していたが、そのうちにリズムがわかってきて回せるようになった。しかし、余計な力が入っているのか、それとも単に腰まわりのダレた肉が外部からの刺激に慣れていないのか、腰の後ろ、左右二箇所にあざができた。まるで虐待にあったみたいな、大きなあざ。
 しばらく、あざ対策のために腰にタオルを巻いたり、腹巻をしたりしてフラフープを続けていたところ、そのうちにあざもできなくなり、二十分でも、三十分でも回していられるまでに上達した。このトシで、なにかの運動が上達するなどということはもはやあるまいと思っていたので、結構うれしい。
 長いこと回せるようになったとはいえ、単調な動きなのでそれだけを延々やり続けるというのはなかなか難しい。一日十分やるだけでウエストが細くなる、などと謳うウェブサイトもあるけれど怪しいものである。せめて三十分くらいはやらないと効果がなさそうだ。三十分ものあいだ、ひたすら輪っかを回すだけというのは辛いので、気を紛らすために、テレビを見ながらフープを回すことにした。
 最近、何がそんなに忙しいのだかわからないがテレビを見なくなってしまったなあと寂しく思っていたので、エクササイズとテレビ視聴を同時にできるのは便利である。料理番組やコメディ、トークショーなど、録画したものをあれこれ見ているが、なかでもいま興味深いのは、Heavyという番組。
 これは、痩せるべく努力する肥満の人たちの六カ月を追うドキュメンタリー番組で、毎回、ふたりの人が取り上げられる。彼らは、最初の一カ月を減量専門の施設に缶詰めになって過ごし、残りの五カ月は自宅に戻って普通に生活しながら減量を続ける。
 アメリカ人の肥満については、もうずいぶん前から問題だとだれもが言っているが、いっこうにおさまる気配はない。毎回、番組の冒頭に「一億近くのアメリカ人が、健康を脅かすほどの肥満に苦しんでいる」という一文が出る。いまやアメリカ人の大人の三人に一人が太り過ぎというのは、常識。二十五歳以上だと、十人中八人が太り過ぎ、というデータもある。
 ただし、「一億人近くが肥満」というのには少々誇張が含まれているようで(テレビはどこでも少々大げさ)、正しくは、「一億人近くが太り過ぎ」である。太りすぎ(overweight)にも肥満(obese)にも定義があって、太り過ぎは、BMI(Body Mass Index 体重と身長の関係から算出される体格指数)が25から25.99の状態を指し、30以上になると肥満と呼ばれる。ちなみに身長172センチの人だと、76キロ以上で太り過ぎ、92キロ以上になると肥満ということになる。
 番組に出てくるのは、このBMIが60とか80などというような、「病的な肥満」の人たちである。歩くだけでもふうふう言っているし、靴紐などはもちろん自分では結べない。突き出たお腹は、へそのあたりで深い割れ目ができていて、巨大な唇みたいだ。
 医者から「このままだといつ死んでも不思議ではない」と言われた彼らは、それからの六カ月間死に物狂いで減量に努めるのだが、これがもう本当に苦しそうだ。いままで私は、「超肥満の人は食べる量を減らせばすぐに体重を落とせるはず。太ったままなのは意志が弱いから」と思っていたが、そんなに簡単なハナシではない。彼らは最初の一カ月は施設に入って、朝から晩までコーチの指導の下、泣きながらエクササイズをこなし食事も制限され、という毎日を過ごす。しかし、体重はなかなか落ちない。先日登場していた177センチで270キロの男性は、最初の一カ月で13キロしか落ちなかった。13キロの肉、と考えればたいしたもんだという気もするが、しかしながら元の体重の4パーセントが落ちただけ、と思うとガッカリするだろう。健康的に減量するためのプログラムとしては順調ということなのだろうが、血へどを吐くような努力の割に、成果のなんと小さいこと。番組に取り上げられている人は、施設を出て自宅に戻ってからも、スポーツクラブでトレーナーがついてエクササイズの後押しをしてくれるから続ける気にもなろうというものだが、そういうサポートなしに一般の肥満の人が痩せようとするには、相当の根気を要するだろう。
 この番組を見て、肥満に関する認識をいろいろと新たにすることとなったが、いちばんの発見は、

「彼らは病気なのだ」

ということである。単なるライフスタイルの問題ではなく、病気。彼らは食べ物に中毒状態であり、また一種の摂食障害を抱えた状態だ。要するに、アルコール中毒や薬物中毒、拒食症などとさして違いはないわけなのだけれど、肥満の人だけは「だらしない」とか「自分をコントロールできない」などと白い目で見られがちなのである。
 番組に出てくる多くの人は、たいてい過去になにか悲しいできごとがあったり、大きなストレスがあったりして、それをきっかけに食べ物に依存するようになってしまった。もちろん、人は生きていればだれしも一つや二つなにか心のなかに抱えているわけで、そんなこと言ってたらみんな肥満になるさ、などと皮肉のひとつも言いたくもなるわけだが、アメリカの問題は、そういうちょっと心の弱った人がふと食べ物に手を伸ばしたとき、高カロリーのジャンクフードが、ほとんど手ぐすねひいて待っていたかのように周りにあふれていることだろう。ピザ、フライドポテト、コーラ、アイスクリーム。しかも、ポーション(盛り)が大きいし、値段も安い。野菜を買って調理するよりも、ファストフード屋で食事するほうが安いのだ。だから、ひとたびジャンクフードに心の安らぎを見出したら、あとは雪だるま式に目方が増えるのみ。
 肥満は病気であり、そこから抜け出すのは並大抵のことではない——Heavyを見て、そんな発見をして愕然としているのだ。肥満の人たちが自分の力だけで問題を克服するのは、相当難しいと思われる。
 アメリカ人が太ろうが太るまいがどうでもいいことではないか、と思われるかもしれないが、私には到底他人ごととは思えない。なぜかといえば、肥満がアメリカの医療保険を圧迫しているからだ。肥満は、高血圧や糖尿病などの引き金になる。医療保険を利用して治療する人が増えれば、月々の保険料が値上げされるのは必至。肥満の人が増えれば、医療保険はますます高くなる。アメリカ人の肥満問題をまず解決しない限り、医療保険改革など絵に描いた餅だと私は思っている。
 というわけで、ここのところ私は、フラフープをせっせと回しながら、私の三倍とか五倍くらいのサイズの人々が減量するのをじっと見守っている。ちなみに私の腰まわりの肉は、あまり落ちていない。

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