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間違い電話が多い。昨日も、
「ジョシュア、いる?」
と、若い女からかかってきた。
「番号が違ってると思いますよ」
と言ったら、疑わしげに
「二四四−××××?」
と番号の確認にかかった。
「そう、それはウチの番号。ジョシュアを探してるんなら間違いです」
そう言ったら、まだ半分納得いかない、という調子で謝ったあと電話を切った。
ジョシュア宛ての電話は、これまでにも何回かあった。留守番電話に彼宛てのメッセージが残っていたこともあった。どれも、若い男女から。
「なんとかシェルターですか?」
というのも数回あった。ホームレスとか、困っている人のための施設だろうか。気のせいかもしれないが、ちょっと切羽詰まった感じの声。間違いだ、ということを告げると、ガッカリしたような、途方に暮れたような、そんな雰囲気が伝わってきた。
「ジュニア、いる?」
というのも一度だけあった。日本語にすれば、「二代目、いる?」である。暴力団というか、マフィアみたいなので、ちょっとビビってしまった。間違いだということを丁重にお伝えした。
間違い電話も困るが、売り込みや寄付を募る電話も困る。多いのは、長距離電話サービスや高速インターネットの売り込み、クレジットカードの勧誘、それに各種団体からの寄付のお願い(これはクリスマス近くなると増える)。
売り込み電話の対処法は人さまざまで、友人のお母さんは、相手が話してる途中だろうがなんだろうが、売り込みとわかった時点でバチャッと切ってしまうという。「ちょっとお待ちください」と言ったまま息をこらし続けて相手が切るのを待つ、という戦法も聞いたことがある。読みにくいラストネームを持つ友人は、テレマーケターが彼女の名前をきちんと発音できなかった時点で、「そんな名前の人はここにはいません」と言って切るそうだ。たしかに、ウチの「オーイシ」もアメリカ人には難しいようで
「ヨーコ……オイ、オイッシャ?」
とかかってくることがよくある。
私がアメリカに十年住んで編み出した戦法は、「電話ではなく、書いたものを送ってください」。原稿を棒読みするだけのテレマーケターの英語はきちんと聞き取れないし、売り込みにせよ寄付にせよお金の絡む問題だから、電話で言われて、ハイ、そうですかと返事をするわけにはいかない。だから、サービスの内容なり、寄付の目的なりを書き物にしたのを送ってもらいたいのだ。
これは、我ながらいいアイデアだと思っている。テレマーケターを非人間的に扱わずにその場をうまく切り抜けられる。もちろんその場しのぎではなく、あとで書き物が送られてきたらきちんと読んで検討するつもりである。が、後日、パンフレットなどが送られてきたことは、今までにほとんどない。
このテの売り込み電話にみんなよっぽど辟易していたのか、アメリカ政府が撃退に乗り出した。The National Do Not Call List(全国電話するなリスト)というのを作ったのだ。このリストに登録してある番号には売り込みの電話がかけられなくなる、というものだ。
アメリカという国は、ときどきこういう思いもかけないようなことをする。売り込み電話はたしかにうっとうしいが、企業が電話をビジネスツールとして用いることを政府が禁止できるのだろうか。消費者は売り込みに対して「ノー」と言う機会もあるのだし、電話を受けただけでお金をむしり取られたりするわけでもない。本来は消費者と企業のあいだのことであり、そこに政府が介入するというのは、飛び道具というか、子供のケンカに親が出てくるというか、そんな感じ。実際、このリストは言論の自由に反するのではないか、と裁判所で審議中らしい。
さらに、なぜ今なのか、というのも気にかかる。景気がいまひとつ低迷しているこの時期に企業のビジネスチャンスを縛るようなことをなぜするのか? 失業率がじわじわ上がっている今、テレマーケターたちが職を失っていいのか? 結局のところ、来年の再選を狙っての、ブッシュのちょっとした人気取りなのかなあと穿った見方をしたくなってくる。
とかなんとかご大層なことを言っておきながら、実は私も「リスト登録の締め切り迫る!」というのを目にして思わず駆け込みで登録してしまった(偽善者!)。だって、売り込み電話、うっとうしいんだもん。しかしまあ、よく読んでみたら、リストに登録したからといって電話がまったくかかってこなくなるということではないらしい。すでに個人と取引関係にある企業(例えば私の場合でいえば、いま使っている電話会社やクレジットカード会社など)は十八カ月間はその顧客に電話をかけていいそうだし、政治団体、慈善団体、世論調査員などもこのリストの対象外だそうだ。うまい話には必ず、こういう細かい字で書かれた例外がある。
ところで、電話よりももっと手ごわいのは、ウチに直接訪ねてくる人たちである。寄付を募る人や宗教の勧誘が多いが、私がいちばん苦手なのは、子供。
三週間ほどまえのある晩八時ごろ、表のドアを叩く音がした。日が短くなって暗くなりかけていたし、家には私ひとり。用心のため、居留守を使うことにした。
十五分ほど経って夫が帰宅してから、またドアをドンドンと叩く音がする。夫が出た。
キッチンで夕飯の支度をしていたら、しばらくして夫が、「子供がふたり来てるんだよ」と言って私を玄関のほうに押しやろうとする。ガールスカウトクッキーの売り込みかな、とだいたい見当がついた。夫は、仕事ではタフな交渉をしたりしているくせに、こういうのにはからっきし弱い。結局、無理やり私にバトンタッチした。
薄暗い玄関の外には、十二歳くらいの女の子がふたり立っていた。もうすっかり秋めいて、私は家の中でもセーターを着ているというのに彼女たちは
半袖Tシャツ
だ。そこじゃあ寒いでしょう、というわけで、私は子供たちをとりあえず玄関の中に入れた。ふたりのうちひとりは、慌てて玄関の外で靴を脱いで靴下で入ってきた。ガールスカウトではなく、サッカーかなにか、自分たちが所属するスポーツチームの資金集めに回っているらしい。こんな時間に子供だけでこんなことをしてていいのか、と思うが、まあおそらく外に親かだれか、大人がいるのだろう。
「雑誌の定期購読に申し込みませんか」
長い金髪の子が、いろいろな雑誌の載ったカタログを差し出した。
「ウチは雑誌はもうたくさんとってるからねえ……」
私がカタログをパラパラめくりながら言うと、髪の短い子が、
「絶対、申し込まなければいけないってことじゃないんです」
売り込みにしては、消極的だ。
「それじゃ、クリスマスラッピングは?」
おっと、消極的と思ったら次の「タマ」があったのか。
髪の短い子が差し出したカタログには、クリスマスプレゼント用のカラフルな包装紙の写真がこれでもかというほど載っていた。
「まあ、クリスマスラッピングは使わないでもないんだけど……。でも、どれを買うかをこのカタログの中から、いま、この場で決めなくちゃいけないのよね?」
ふたりは、一瞬黙ったのちに、「このカタログを置いてって後でまた戻ってもいいけど」「あっ、でもカタログは一部しかないんだ」「どうしよう」「どうする?」などと、モジモジし始めた。この場で決めてやる以外になさそうだ。
「じゃあ、いいわ。ちょっとそこで待っててね」
そう言うと、売り込みに不慣れなふたりはほっとした顔をした。
私はいったんキッチンに引っ込んで、赤、緑、金、銀などの包装紙の写真をざっと見た。隣でカタログを覗き込む夫が、「近所の子って言ってたよ」と言う。ふーむ、近所の子か。あまりケチなところも見せられんなあ。
カタログと共に財布を手にして玄関に戻ると、ふたりは、冷たいタイルの上に座り込んでいた。
「この赤いのをひとつと、銀色のをふたつ」
長い髪の子がタイルの上に注文票を広げて、私の名前や電話番号、オーダーを書き取った。その合間にもうひとりの子が、
「中国から引っ越してきたの?」
と私に聞いた。靴を脱いだ子だ。
「日本人よ」
そう答えると、ふうん、と言って、ちょっと気まずそうな顔をした。
「えーと、二十二ドルです」
タイルの上にぺちゃんと平たくなって代金を計算していた子が言った。げ、包装紙三つで二十二ドル。高い。そのへんのドラッグストアで買ったら、十ドルもしないだろう。
私の手から現金を受け取った彼女たちは、一カ月後に商品を持ってまた戻ってきます、と言って帰っていった。
それから三週間。もうそろそろ彼女たちが包装紙を持ってくるはずだ――そう思いつつ、ふと気がついた。私は彼女たちの連絡先も知らないし、どこの子なのかも知らない。レシートさえもらっていない。
ほかの売り込みにはがっちりガードを固めているはずなのだが、相手が子供となると、途端に甘くなってしまう。うーん、子供の売り込みは本当に苦手だ。「電話するなリスト」なんかより、「子供を寄越すなリスト」をぜひ作ってもらいたい。
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