オレゴン通信
オレゴン通信

大石洋子 2012年1月23日

#197 知らない人のクルマに乗る

 告白。
 先週、夫が出張で留守をしている間に、私は知らない男の人のクルマに乗ってしまった。しかも、若い男の……!
 火曜に、雪が降ったのだ。朝起きたら、一面真っ白。
 娘の学校は休校になったかと思いきや、通常通りに授業を行うという。
 学校までは、約六キロ。車で七分だ。が、我が家は山の斜面を切り開いた住宅地にあり、海抜150メートル以上。丘の下のほうよりも雪はたくさん降るし、坂ばかりだから、雪の日の運転はかなり危険である。二年前、雪道で動けなくなったところに追突されて以来、雪の日は二度と運転しない、と固く心に決めている。
 丘を降りていきさえすれば、この住宅地が路面電車のターミナルまで走らせているシャトルバスに乗ることができる。娘の学校は途中にあるから、そこで下ろしてもらえばいい。
 それで、雪の中を10分ほど歩いて丘のふもとにある停留所に行き、そこからシャトルバスに乗った。標高が高いウチのあたりだけが積もっているのかと思っていたら、下のほうでも雪はけっこう激しく降っている。四駆ではなさそうな乗用車が、あっちこっちで立ち往生を始めたところ。
 シャトルバスはのろのろと進み、私たちは無事に学校に到着。娘を教室まで送っていったあと、校門の外に出て、帰りのシャトルを待つことにした。
 普段は、一台のバスが三十分かけて路面電車のターミナルと住宅地とを巡回しているが、その日はかなり遅れていた。三十分では来ないだろうなあと思っていたら、それどころか一時間待ってもバスは来やしない。雪は激しく降っており、もこもこのブーツを履いて手袋もしているけれど、手足の指先が冷えてきた。
 時おり、私のまえを横切っていく人が、

「路線バスは動いてないらしいよ」

と教えてくれた。バスを長いこと待っていたけれど、結局歩くことにした人々だ。そのたびに、「いえ、私が待ってるのは住宅地のシャトルバスで」と言っていたのだが、どうも私が待っているシャトルも、雲行きが怪しい。雪が激しくなって運行を見合わせたか、それとも渋滞で動けないのか。反対車線をのろのろ運転する人が、「この先、自動車事故が五件あるらしいよ(だからおそらくバスは長いこと来ないと思う)」と教えてくれたりもした。
 以前に住んでいた東海岸のニュージャージーでは、雪が降ってもすぐに除雪車が出たから、少々の雪で日常生活に支障が出ることはなかった。が、除雪に備えるほどに雪が降らないポートランドでは、ほんの数インチの雪が積もっただけで、大騒ぎなのだ。雪道の運転に慣れてない人々が、あちこちで事故を起こす。
 とりあえず、一キロちょっと先のスターバックスまで歩いてみることにした。雪の中、じっと立っているだけでは寒すぎるから。シャトルが来るほうに向かって歩くから、来たら手を上げて乗せてもらえばいいや、と。
 雪の上を二十分ほどハアハア言いながら歩き、スタバに到着。シャトルは影も形もない。やはり運行を取りやめたのか。
 が、運が悪いときというのはこういうものだ。
「トール・ラッテ、プリーズ。それとバナナ・チョコレートチップ・ケーキもね」
 などと注文しているあいだに、私がこれまでさんざん待ちわびていたシャトルが、ブブーッと通り過ぎていった。
 脱力。
 雪のなか、残り五キロ(しかも途中二キロほどは普段から見通しが悪い上に歩道もない)を歩いて帰るのは、不可能と思われた。シャトルが次にいつ来るのかは定かでない。このスタバからウチまでは、車でならほんの五分の道のりなのに、と思うと本当にもどかしいのであった。文明の利器がないと、自分はつくづく無力な存在だ。
 温かいコーヒーにケーキでちょっと元気が出たところで、ヒッチハイクをすることに決めた。いまや白一色でスキーのリゾート地みたいになった表通りに出てみた。
 そこへ、BMWのSUVが登場。四駆である。運転しているのは若い男性。
 タクシーをとめるみたいにして手を上げたら、止まって窓を開けてくれた。目的地の住宅地の名を告げ、「乗せてくれる?」と訊いたら、
「ちょうどそこに行くところ。乗りなよ!」
 と快い返事。
 ありがとう、と乗り込んで、ホッと一息ついた。
「普段こういうことはしないんだけど……」
 と、事情を説明したところ、
「わかる、わかる。こういうときはお互い様だよ」
 などと、いやにものわかりのいい彼は、若い……どころか十代? 親のBMWを持ち出してきたのだろうか。これからカノジョのところに行くのだそうで。
「まえに雪道で事故に巻き込まれてから、雪の日は運転しないことにしたの」
 と言ったら、
「僕のオフクロとおんなじ!」
 という反応が返ってきた。いや、冗談じゃなく、私は彼のお母さんでも不思議じゃない年齢なのだ。
 やたらと陽気な彼が運転するBMWが、我が家(と彼のカノジョの家)がある住宅地に入った。ここから道は少しうねり、アップダウンも厳しくなる。
 最初のカーブで車の後部をちょっと滑らせてから少し慎重になったものの、それでも、私の手前格好をつけているのか、経験が浅くて雪道をナメているのか、能天気な感じの運転が続いた。
 心臓が凍るかと思ったのは、彼が、
「この急な坂がいちばん難関だと思ってたんだよね」
 などと言って坂を下りつつ、ちょっと腰を浮かせてジーンズの尻ポケットからiPhoneを取り出したとき。
 片手で電話を操り(その間、ハンドルを持つのも片手!)、
「あ、俺。いまそっちに向かってるから。すぐ近くまで来てる」
 などと、カノジョに電話し始めたのだ。普段は何気なく通っている坂が、雪の日には、スキー場の上級者コースかというほどの傾斜ぶりに見える。

「いいから運転に集中しなさい!」

 と言いたいのをこらえた。自分で難関だと言ってる坂で、なんでわざわざ電話をかけるのだろうか……。
 若者って怖いもの知らずだなあ、と妙に感心してしまった。
 そんなこんなで、なんとか無事に住宅地の中心地まで到着。ここからウチまでは坂道を10分ほど歩いて上がっていくだけだ。
 途中、スリリングではあったが、クルマに乗せてくれたことに深く感謝し、若い彼と別れた(彼の名まえを聞き忘れた……アメリカ人ならクルマに乗り込んだときに自己紹介して相手の名まえも訊くところ。こういうところが、いつまでたってもアメリカ流にスマートにいかない)。
 出張から戻った夫に、ヒッチハイクのことを話したら、
「そういうときにはいつまでだってバスを待つもんだ」
 と言われた。知らない男のクルマに乗るなんて信じられない、と。
 自分ではうまいことピンチを切り抜けたつもりだったので、この夫の反応は意外であった。だいたい、私が知らない人のクルマに乗ったことはこれが初めてではなく、三度め。そのなかでは今回のがいちばん「信じられない度」は低いと思っていたのだ。
 一度めは、高校生のとき。学校からの帰り道、最寄り駅に着いたところで土砂降りの雨が降り出した。傘を持っていたのかいなかったのか忘れたが、雨のなか家に向かって歩いていたら、駅に戻る途中のタクシーの運転手さんが、ずぶぬれの私を見かねて、
「乗せていってやるよ」
 と。
 二度めは、大学のとき、一カ月ほどホームステイしていたイギリス・オックスフォードにて。夜に外出してステイ先の家に帰ろうとバスに乗ったはいいが、降りる場所を間違えたらしい。自分がどこにいるのか見当がつかず、再びバスに乗ろうにも、どちら方面に乗ったらいいのかもわからない。明らかに困ったふうな私に、通りがかりの若い男性(手に缶ビール)が、
「クルマで家まで送っていってやるよ」
 と。
 どちらの場合も、私はちょっと考えてから、「ではお願いします」と乗せてもらった。そして、どちらの場合も、幸い何ごともなく、無事に家まで送り届けてもらった。どちらの人も善意の人だったわけで、「幸い何ごともなく」などというのは大変失礼な話なのだが。
 ヒッチハイクに続いて、この過去の二件も明かしたところ、夫に
「そういうときには、自力で歩くかバスに乗るかするもんだ!」
 と叱られた。
 どうやら、私は困った状況に陥ったとき、知らない人を簡単に信じがちなようである。
 でも、みんな同じような状況で、見知らぬ人に助けの手を差し伸べられたら――クルマに乗せてやると言われたら――お願いします、とは言わないんだろうか?  
 などと言っている私も、自分の娘には、何歳になろうが決して知らない人のクルマに乗ってはいけないよと言い続けていくわけで。なんだか「自分だけは大丈夫」と思っているのが甘いかな、とちょっと反省しているのである。

Copyright (c) 2012 Boiled Eggs Ltd. All rights reserved.  Since 1999.01.01