アメリカのおいしい生活
11月
24日月曜日

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  #20  ERの時はゆったりと流れる
 
 

 ERのお世話になった。ER――エマージェンシールーム、救急治療室。
 木曜の夕飯にトンカツを作ろうと思い、まずはキャベツの千切りを始めた。包丁の切れ味がいまひとつだったので、お茶碗の底のざらざらした部分でさっと研ぐことにした。これは実家の母がよくやる簡易版の包丁の研ぎ方で、けっこう効き目がある。だけどそれにしても、きちんとしたナイフシャープナーが欲しいなあ、そういえばちょっとまえにNYタイムズに載ってたシャープナーが使いやすそうだったから記事を切り抜いておいたんだっけ、早く買わなくちゃ……そう思いながら、茶碗の裏の糸底にしゃっ、しゃっと包丁の刃を滑らせていたところ、手元が狂って、茶碗を持っていた左手の親指の腹と小指の付け根を

ザクッと

やってしまった。
 キャベツの千切りは中断。ペーパータオルで止血して、夫の帰りを待った。代わりにトンカツを作ってもらおうと思ったのだ。三十分ほどして帰宅した夫に傷を見せたら、「それ、縫わないとダメじゃないの?」と言われた。小指の付け根のほうは血が止まって収拾がついた感があったが、親指の三センチほどの傷はぱくっと開いて、まだ出血している。
 車で二十分ほどの病院のERに着いたのが八時ごろ。受付の待合室には、ぱっと見ただけではどこが具合が悪いのかわからないような人たちが、けだるい感じで座っていた。三十分ほど待たされてから小さな部屋に呼ばれて看護婦に問診され、熱やら血圧やらを計られた。「処置室が空きしだい呼びますから、待っていてください」と言われて待合室に戻されたのだが、いやー、ここからが長かった。
 処置室に通されたのは十時過ぎ。ストレッチャーや酸素ボンベ、複雑そうな機械がいくつも置かれた通路を見たときには、あっ、テレビの「ER」みたいだよ、と思ったが、ドラマのような緊迫感はない。長い金髪をポニーテールにした若い女性の救急隊員が、救急車から患者を運び出すためのストレッチャー兼車椅子みたいなものについた血を、タオルに洗剤をつけて丹念に拭いていた。ちょっとまえには緊迫した場面があったのかもしれないが、私たちが行ったときには、緑色の看護服の上下を着た若いナースたちが談笑したりしていた。
 いくつかある部屋のひとつに入り、処置台に座った。台の頭の位置の向こう側には、天井からいろいろな計測器類がぶら下がっている。レベッカという若いナースが私の指の傷を見た。二時間以上も待たされて、さすがに出血も止まっている。このくらいの傷でERまで来なくても、と思われているかもしれない。ここに着いたときにはまだ血がだらだら出てたんですけどね。痛いことをされずに帰してもらいたいという気持ちと、こんなに待たされておいてたいした手当てもされずに帰るのはバカバカしいという気持ちが交錯した。レベッカは、「ドクターが来るから待っててね」と言って部屋から出ていった。
 ドクターは二十分ほどしてからやって来た。「待たせてごめんなさいね」と言われると、つい、「いえ、いいんです」なんてニコッとしてしまうのだが、待たせ過ぎ! と心の中では叫んでいる。若い女性のドクターは、親指の傷を見て「縫いましょう」と言い、麻酔を取りに部屋を出ていった。
 それからさらに二十分ほど待たされたあとに――いったいどこまで麻酔を取りに行ったのやら――親指に麻酔を二本打たれた。針を刺したときのちくんという痛みに続き、焼けるような痛みがじわーっと指に広がる。獣医に連れていかれた犬みたいな情けない声が思わず喉の奥のほうから出てしまう痛さだ。「ここから先は、もう痛みは感じないはずだから大丈夫よ」そう言って、またドクターは部屋を出た。
 レベッカが戻ってきて傷を念入りに洗浄してくれたが、そのあと、傷を縫ってくれるはずのドクターがなかなか来ない。私は気が長く、待つのはそんなに苦にならないほうだから、ERに着いてからずっと待たされていた間(すでに三時間近く!)、短気な夫をなだめる役回りであった。が、麻酔を打たれてから待たされるとなると、ちょっと事情は違う。
「麻酔、切れちゃわない?」
 傷を洗浄してくれているレベッカに訊いたら、
「この麻酔は長時間効くタイプのだから大丈夫」
 という答えが返ってきたのでいちおう安心した。が、それからまた三十分近く待たされて、気が変になりそうになった。麻酔が切れているのに縫われたらたまらないし、「あら、麻酔が切れちゃったわね」などともういちど麻酔の注射をされるというのも許せない。指に注射って、痛いのだ。それに、不謹慎な想像だけれど、どこか近くでガス爆発事故なんかが起こって大量に救急患者が運ばれてきちゃったりしたら、それこそ私の親指のちょっとした切り傷なんか放っておいて大騒ぎになるだろう。そんなことになるまえに、早く縫っちゃってくれーい。
 結局、麻酔から三十分以上経って、念のためにもう一本麻酔を打ってから(さっきの二本ほどには痛くなかった)、縫合が始まった。さきほどのドクターとは別の、ちょっと男性っぽい感じの女医だ。「私も一カ月前にハロウィンのカボチャに細工をしていて手を切って、何針か縫ったばっかり」とか言いながら、私の親指を縫ってくれた。アメリカの医者はみんな愛想がよくて、患者をリラックスさせるために冗談交じりに気軽に話をする。「ドクターって、みんな縫い物が得意なのかしら? ボタンつけとかも上手にできるの?」などというこちらのくだらない質問にも、明るく答えてくれる。四針、縫われた。
 すべてが終わって家に戻ったのは夜中の十二時だった。ドラマのERみたいに、みんなでよってたかってあっという間に処置してくれるもんだと思って出かけていったので――もちろん、一刻を争うようなシリアスな怪我でなかったことを幸いに思わなければいけないのだが――くたびれた。
 どこかで夕飯を、と探したが、レストランはどこも閉まったあと。ウェンディーズのドライブスルーで買ってきたスパイシーチキンサンドイッチとフレンチフライを家でもそもそと食べながら、ERといえば、まえにも辛い目に遭ったっけね、という話になった。
 それは、四年ほどまえにイタリアに行ったときのこと。北部を車で回って、シエナについた途端に私の具合が悪くなった。熱があって、吐き気がし、お腹も痛い。たちの悪い風邪かと思われたがあいにく薬を持ってきていなかった。薬局に行ったところ、薬を買うには処方箋が必要だと言われ、日曜日で病院が開いていなかったため、大きな病院のERに行った。
 がらーんとしたERの待合には患者と思しき人がぽつぽついるだけで、受付の人も、医者もナースもいない。だれかいませんかぁ、と、適当にそのへんのドアを開けたところ――その小さな部屋のなかにはナースや医者がぎっしりいて、テレビを見ていた。F1グランプリの日であった。タバコの煙がもうもうとしている部屋の真ん中のテーブルには、半分空いたウィスキーのボトルが置かれていた。
 そのうちの何人かが、ちょっと面倒くさそうな様子で出てきて、私の相手をしてくれた。体の大きな男性ナースに血液を採られるときには、酒臭くないかどうか

思わずクンクン

してしまった。
 そのころの私はまだイタリア語を習っていなかったし、ひとりの医師がかすかに英語を話すだけだったので、意志の疎通は大変だった。血液検査の結果、盲腸ではないから(と言っていたように思う)、薬を飲んで「白いもの」を食べること、と言われた。白いもの――お米? 「リゾット?」と、私が知っている数少ないイタリア語のうちのひとつを引っ張り出してきて訊いたら、「si, si」とドクターはうれしそうに言った。
 日曜で会計が開いておらず支払いができなかったので、翌日、ふたたびその病院に行った。前日と同じところに車を停めて一時間ほどかかって支払いを済ませ、外に出てみたら――車がない。
 盗まれたのか、それとも、レッカー移動されたのか? その日の夕方に返さなければならないレンタカーは、いったいどこに消えてしまったのか。駐車場の係員に事情を英語で説明したがだれも英語がわからない。そのうち、ちょっとした人だかりができた。「だれか英語ができる人はいませんか?」と訊くと、小さな中年男が手を挙げた。が、話し出してみると、実は彼はほとんど英語が話せないのであった。
 結局、どうにかこうにか、レッカー移動されたらしいということがわかり、タクシーを呼んでもらって、レッカー屋まで行った。前日は日曜だったからERのまえのパーキングに停めても問題がなかったが、平日は駐車禁止、ということのようだった。レッカー屋のおじさんがアメリカに住んだことがあるイタリア人で、話が早く済んだのは幸いだった。
 イタリアもアメリカも、とにかくERは大変。できることならもう二度と行かずに済ませたい――あ、でも来週、抜糸のためにもう一度くるように、と言われているのだった。今度は昼間だからそんなに待たせないわよ、ってレベッカに言われたけど。本当だろうね。

 

 
 
 
 
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