オレゴン通信(連載エッセイ)

大石洋子 2016年12月5日

大石洋子 2016/12/5
#283 トーファーキー!

 十一月の第四木曜、サンクスギビングが今年も無事に終了した。この祝日は十七世紀初頭、凶作に悩まされていたイギリスからの移民が、作物の栽培について教えてくれた地元インディアンたちに感謝を捧げたことから始まった。
 今は、家族で集まってご馳走を食べる日だ。七キロぐらいの大きな七面鳥の丸焼き、肉汁で作ったグレービーソースとクランベリーソース添えがメインディッシュ。付け合わせは、さやいんげんのクリーム和えとか、ヤム(サツマイモに似た中がオレンジ色の芋)のグリル、芽キャベツのソテー、マッシュポテトなどなど。デザートには、シナモンやナツメグなどのスパイスがきいたパンプキンパイがお決まりである。
 サンクスギビングの直前、七面鳥について話していたら、友人のリックが、
「ベジタリアンはサンクスギビングには何を食べるのかなあ?」
 と言った。
「トーファーキーでしょ」
 と私が答えると、
「トーファー……何?」
 とリックが言う。え? 今どきトーファーキーを知らないアメリカ人がいるとは驚きだ。しかも、オレゴニアンなのに知らないの?
 トーファーキー(Tofurky)とは、商品名である。豆腐で作った七面鳥もどきの冷凍食品だ。実際には、豆腐だけでなく、小麦粉でできたグルテンというタンパク質なども入っているようだが、とにかく肉もどき。ハムみたいな塊で、中にはサンクスギビングの七面鳥のように、マッシュルーム、ハーブ、ワイルドライスなどでできたスタッフィングが詰められている。解凍し、オーブンで一時間二十分焼いたら出来上がり。
 タートルアイランドフーズという、オレゴンの会社が製造している。ポートランドから車で一時間ほどの、フードリバーという町にある会社だ。その町への高速道路の降り口のところから、Tofurkeyとでかでかと書かれた看板が見える。だから、オレゴンに長いこと住んでいるリックがこの地元の産物を知らないとは、本当にビックリなのであった。
 このユニークな商品の生みの親であるセス・ティボットという人のインタビューを読んだ。
 トーファーキーは、試行錯誤の末、1995年に発売された。当初製造したのは500個で、そのひとつひとつにフィードバックのためのアンケート用ハガキを入れたそうだ。インターネットがまだなかった時代である。
 健康食品やナチュラルフードを扱う店に売り込んだが、「そりゃいい」とすぐに乗り気になる店もあれば、難色を示した店もあったそうだ。当時、冷凍食品売り場では、3.99ドル以上の商品は売れない、というのが常識であり、八人前とはいえ34.95ドルのトーファーキーは破格だったのである。
 一方、お客からの反応はよかったそうである。「こんな商品を待っていた。これでサンクスギビングに肩身の狭い思いをしなくて済む」と書かれたハガキがとりわけ印象に残っているという。トーファーキーが出てくる前には、ベジタリアンたちはメインディッシュなしで、野菜のサイドディッシュだけを食べていたのだろう。
 私も、一度だけトーファーキーを食べたことがある。サンクスギビングのディナーに招待してくれたベジタリアン夫婦のお宅で。(ちなみにこの夫婦はベジタリアンと言いつつ、魚は食べる。菜食により積極的な奥さんの実家は、ウィスコンシン州ミルウォーキーでステーキ屋を営んでいるそうだ。子どものころからビーフを食べ続けた反動だろうか。)
 恐る恐る口にしたトーファーキーは、悪くなかった。チキンの胸肉をギュッと固めた感じで、うまく言えないが、白い味。悪くはない。が、よくもない。それしかないならそれでいいが、私は菜食主義ではないので、どうせならターキーを食べる。ターキーもぱさぱさして独特の臭みがあるからあまり好きではないのだけれども。
 しかしベジタリアンたちにとっては、トーファーキーは福音だったのである。発売から二十年経ち、今やトーファーキーは年間35万から40万個売れるようになった。この十年の間にトーファーキーの売り上げは123%伸び、七面鳥の売り上げは10%下がったそうだ。タートルアイランドフーズ社は、トーファーキー以外にも、同じようなレシピでソーセージもどきやハムもどきも製造販売している。
 ユニークな商品を開発して成功した会社の常で、何社もの大企業から買収の話を持ち掛けられたが(一度に大金を手にするチャンス!)、彼らはまるで興味がないとのこと。トーファーキーのウェブサイトには、「心を込めてオレゴンで作られてます」と誇らしそうに書かれている。
 
 ニュージャージーに住む友人のベジタリアン家族は、毎年サンクスギビングには、ニューヨークでベジタリアン中華を食べた後に映画を見ることに決めていると言っていた。親戚の集まりに参加したこともあるが、あの大きな七面鳥の丸焼きをみんなが貪り食うのを見るのがどうにも忍びなかったそうだ。
 ベジタリアンではなくとも、ターキー離れが進んでいるのかなという実感は肌で感じる。サンクスギビング後、会う人ごとに「七面鳥食べた?」と訊いてみているのだが、いつもの年に比べて今年はイエスと答えた人が少なく、その中でも「自分で丸焼きした」という人はごくわずか。「友だちの家でご馳走になった」「家族三人では丸焼きは多すぎるから胸肉だけ買って焼いた」という答えが返ってきた。
 ターキーを食べなかった、という人は何を食べたのかというと、ハムやローストビーフだ。ご馳走にハム? と思われるかもしれないが、これはスライスしたハムではなく、ターキーみたいな六、七キロくらいあるハムの塊だ。グレイズと呼ばれる甘酸っぱいソースを作って表面に塗り、オーブンで焼くのである。解凍から焼き上がりまで下手すると一日がかりというターキーに比べると、すでに火が入っていてそれだけでも食べられるハムは手軽で簡単だし、しかも塊肉だから見栄えはターキーと同じぐらいに立派だし。
 ちなみに我が家もターキーは食べなかったクチである。上にも書いたように、ターキーはあまり好きではない。だから、サンクスギビングにはパエリヤを作ることにしている。
 サンクスギビングの最近のトレンドは、複数回やることだそうだ。家族で集まった後、友だち同士でも集まる。ミレニアルと呼ばれる若い層の間で流行っていて、Friendsgivingなる名前も付いているとのこと。気の合う者が集まっておいしいものを食べようということらしく、ここでは七面鳥に特にこだわりはないようである。七面鳥を使う場合にも、エスニックな要素を取り入れたりして伝統的なレシピにはとらわれないのだそうだ。若い人たちが、自由な形でサンクスギビングを祝い始めているのである。
 
 ところでこの原稿を書くにあたって、トーファーキーは日本でも知られているのかどうか気になったので調べてみた。日本の人は知らないだろうといい気になって書いていると、実は日本にも入っている……どころかすでに流行っている、などということがよくあるので、いちおう調べることにしているのだ。
 アメリカ発のディスカウンターあたりが販売しているかと思ったが、どうやら日本にはまだトーファーキーは上陸していないようだ。冷凍食品だからアメリカから日本までの輸送が大変なのだろう。日本には七面鳥を食べる習慣もないし。
 今どきの日本では、世界中のあらゆるものが簡単に手に入れられるので、アメリカからのお土産選びにはいつも苦労するのだが、トーファーキーは新奇性抜群である。新しいものに興味津々の日本の友人たちに大歓迎されるのではないだろうか。口コミで広がって大騒ぎになりはしないだろうか。
 確認のためもう一度食べてみるか、と思いつつ、どうも気が進まないのであった。
 アメリカでじわじわ売上を伸ばしているトーファーキー、食べてみたいですか?

著者プロフィール

大石洋子(おおいし・ようこ)
アメリカ在住のエッセイスト。上智大学文学部ドイツ文学科卒。1993年、夫の海外赴任でアメリカ・ニュージャージー州へ。2003年には異動のためにオレゴン州に転居。現在は、日に日に生意気になる娘に手を焼くかたわら、本Boiled Eggs Onlineの連載と、ENGLISH JOURNAL(アルク)の「オレゴン12カ月」でオレゴンでの生活をつづる。

オレゴン州:
全米屈指の美しい景観を誇るアメリカ西海岸の州。IT、バイオテクノロジー、環境関連企業の成長が目覚ましい。ナイキなどのスポーツ企業も多い。州都はセイラム。最大の都市は人口約60万のポートランド。

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