アメリカのおいしい生活
4月
5日月曜日

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  #29  大リーグの見どころ
 
 

 お向かいに住むキャリルが電話してきて、ウチのメールアドレスを訊くのでなにかと思ったら、イチローの写真を送ってきた。娘の中学校の春休みを利用して、アリゾナで行われていたマリナーズのスプリングトレーニングに行ってきたのだそうだ。わざわざ送ってくるからどんなにすごい写真かと思ったら、一塁に走者として出たイチローの後ろ姿が小さく写っていた。「小さな球場で見る野球は楽しかったわよ」とのメッセージつき。たしかに、抜けるような青空のもと、緑色の芝生の上に寝転がっている外野席の観客などはのんびりしていて、これぞ正しい野球観戦、という雰囲気が漂う。
 さっそく私は写真のお礼メールを書いたわけだが、キーボードに向かいながら、そうか、どうりで先週、お向かいの猫が寂しそうにしていたわけだ、と思った。
 別にいつも見張っているわけではないが、お向かいの一家は、よく旅行に出かけるのである。サンクスギビング、クリスマス、プレジデンツデー――連休のときは必ずといってもいいほどだ。留守にしていることがどうしてわかるのかといえば、飼い猫のアディーの出入りのためにガレージのドアを十センチほどだけ開けたままにして行くから。家族がいなくて人恋しいアディーは、私たちの姿を見かけるとすかさずトコトコッと走ってきて、「あぁー」と寂しげな声で鳴きながら足に絡みついてくる(いつもは私たちのことなど知らん振りしてすましているくせに)。
 キャリル一家は、カレンダーどおりの休みだけで戻ってくることもあれば、今回のように一週間くらい行ったきりのこともある。いずれにせよ、ちょっぴり開いたガレージドアと目をうるうるさせたアディーを見ると、「またどっか行ってんの?」と思う。そのくらい、彼らは留守がちなのだ。キャリルは専業主婦だからいいとして、ダンナさんのジョン(エンジニア)はなんでこんなにしょっちゅう休みが取れるのか不思議である。金曜の午後なんかもよくぷらぷらと犬を散歩させたりしているし。ちょっとビル・ゲイツ似だなとは思っていたけれど、まさか本人? そんなことを思わせるほどの余裕ぶりなのだ。
「そんなに会社を休んでよくまあクビになりませんなあ」
 いつか訊いてみねば、と思っている。
 
 さて、スプリングトレーニングも終わり、ようやくメジャーリーグが開幕した。
 今年は、ケーブルテレビのMLBパッケージというのを申し込んだ。ワンシーズン149ドル。高いけれど、これでシーズンの始めから終わりまで、ほとんどすべてのチームのすべての試合がテレビで見られるのだからよしとする。
 それにしても、日本人選手が増えた。スポーツとなると途端に国粋主義者になる夫の頭のなかにはだれがどこのチームというのがきっちりおさまっているようだが、私にはもうわけがわからなくなってしまった。まるでトランプの神経衰弱のようなのである。
 我がヤンキースは、東京で開幕戦をした。「フコク生命」とか「紀文のはんぺん・チーちく(チーズの入ったちくわ?)」とかいう広告のある球場で大リーガーたちがプレーしているのはなかなか面白い図であった。日本のプロ野球放送のときにはちっとも気にならないのに、メジャーリーグの試合をやっているとなると、「チーちく」なんていうのがやたらと目に飛び込んでくるのだ。ピッチングコーチが眉をしかめながら「東京電話」と書かれた受話器を握りしめてブルペンと話している姿もなかなか一興であった。
 広告と同様、

観衆にネクタイ姿

が多かったのも目についた。特に、バックネット裏あたりの高そうな席に。ヤンキースタジアムのナイトゲームにもネクタイ姿の人はいないこともないけれど、東京ドームにはかなり多い。東京だと職場と住まいが離れているから、アメリカ人みたいにゲームまえに一度家に戻って着替えてくるわけにいかないということと、勤め人のカジュアルスタイルがアメリカほどに浸透していないことが理由であろう。
 ネクタイ姿といえば、始球式のふたり――元ニューヨーク市長のジュリアーニと小泉総理大臣――には驚いた。ジュリアーニは9・11事件のときのリーダーシップで株を上げたが、その後、事件の際のニューヨークの消防署と警察の努力を称えるために「FDNY/NYPD」などと書かれた帽子を被っていろんなところに顔を出す。こう言ってはナンだが、いまやいささか食傷気味という感じである。今回の開幕戦ではなんと書かれた帽子を被っていたのかは見えなかったが、しかしまあ、いつまでたってもニューヨークを背負って立ってる、とでも言いたげなたたずまいを目にすると、現職市長のブルームバーグにとっては目の上のたんこぶみたいなもんだろうなあ、などと意地悪なことを考えたりする。
 小泉総理のほうは、始球式がうれしくて仕方がないというはりきりぶりがジャケットなしのワイシャツ姿から滲み出ていて微笑ましいような、もう少し喜びを隠しなさいとたしなめたくなるような、そんな感じであった。元ニューヨーク市長と並べられてそんなにウキウキして見せないでほしい。仮にもこちらは一国の首相なのだ(というか、そもそも首相がいそいそと出てくるほどのイベントだったのだろうか?)。
 しかも、ただでさえ痩せ型で、恰幅のいい欧米人と並ぶと貧相に見えてしまうのに、背広を脱いでしまったものだから余計にいけない。「んもう、お父さんったら!」と思わず叫びたくなるような光景であった。
 ところで、今年のヤンキースは、正直なところいまひとつ燃えない。四番候補みたいなのがずらりと並ぶが、みんな三十過ぎのすでにできあがった選手ばかり。イキのいいのがいないのだ。開幕戦の放送でアナウンサーが、今年のヤンキースにはオールスターゲームの常連ばかりが集まった、などと誇らしげに伝えていたが、それってなんだか貴重な種類の昆虫ばかりを集めた標本みたいな感じだ。きらびやかだけれど生き生きしていない、というべきか。
 まあ、標本だろうがなんだろうが、ヤンキースがバカスカ打って快進撃してくれれば私としてはそれはそれでいいのだが、そううまくいくだろうか。不安である。みんなトシだから途中で息切れしちゃうのではなかろうか。昨シーズンから課題となっていた中継ぎ投手陣もちっとも補強されていないしな。金にモノをいわせて選手を集めるヤンキースを嫌う人たちに「ざまあみろ」などといわれないよう、ぜひともしっかりやってもらいたいものだ。
 ヤンキースと並んで、今年の大リーグの見どころのひとつは、やはり引き続き

イチローの帽子問題

であろう。
 去年の八月、プレー中に帽子が脱げたイチローは、カツラが取れたのをすかさず被り直すおっさんのような慌てぶりをうっかり見せてしまったわけだが、今シーズンも彼は帽子でぺちゃっとなった髪を見せたくない、とがんばるのかどうか。ついこのあいだテレビ放映されたアリゾナでの練習試合では、ベンチに戻ったイチローは、ほかの選手と同じようにごく自然にヘルメットから帽子に脱ぎ替えていた(いつもなら後ろ向きになってこそこそ脱ぎ替えるのに)。おおっ、成長したな、と思ったものだが、しかし、どうせ練習試合、だれも見ていない、と気が緩んでいただけかもしれない。特に、日本には放送されていないし、と。
 そういうわけで、今年も私は「イチローの帽子脱げろ」と心のなかで唱えながらマリナーズ戦を見ることになる。芸能人水泳大会の女子騎馬戦を見ながら、ビキニが取れるハプニングを心待ちにしているおっさんみたいかな、という気もする。

 

 

 

 
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