オレゴン通信(連載エッセイ)

大石洋子 2017年8月16日

大石洋子 2017/8/16
#290 試練の日本行き

 この夏も日本に里帰りしたのだが、いやはやなんともひどい目にあった。 
 出発の日の朝。
 ウーバーでポートランド空港に到着した。今回はバンクーバー経由の羽田着の便だ。
 某航空会社のカウンターでチェックインしようとしたら、若い女性の係員が私たちのパスポートをチェックして、
「eTAを申請する必要があります」
 と言う。カナダに空路で入国する際に必要な渡航認証なのだそうだ。
「オンラインで申請してください。ひとり7分ぐらいかかります」
 それをやらないとチェックインできないというので、荷物を持ってロビーの椅子に移動。私のiPhoneで申請を始めた。
 小さな画面の小さなキーボードを使って、名前だの住所だのパスポート番号だのを打ち込んでいく。私の分が終わり、次は夫の分。途中、アメリカ生まれの娘も申請しないといけないのかどうかを確かめに、カウンターの係員のところへ行った。答えは、ノー。アメリカ国籍を持つ娘は必要がなかった。
 クレジットカードで料金を払い、申請終了。ひとり7分と言われたが、慣れない作業だから、それよりも少し時間がかかったかもしれない。
「終わりましたよー」
 と、チェックインカウンターに戻ったところ、誰もいない。
 係員がいないのである。カウンターの上には、プラスチック製のサインが立っている。
「フライトに間に合わなかったときには、こちらに電話してください」
 え、間に合わなかった、ってどういうこと……?
 どうなっちゃってるの? と途方に暮れた。サインに書かれた番号に電話してみたが、すぐに人が出てくるわけでもなく、「予約の場合は1を、変更の場合は2を……」などと録音されたメッセージが流れるだけ。
 事情が飲み込めずにいたところ、ロビーのはるか彼方に、先ほどの係員が歩いているのを発見。すぐに駆け寄っていき、
「あの、eTAの申請ができたのでチェックインしたいんですけど」
 と言ったところ、
「カウンターは閉めました。あなた方はフライトに間に合わなかったんです。連邦法により、出発前一時間を切るとチェックインはできません」
 と冷たく言い放った。
「あなた何言ってるの? 私たちがeTAの申請をやってるって知ってたでしょ? あなたがやるように言ったんじゃない。カウンターを閉める前に、なぜ何も言ってくれなかったの? 急がないと間に合わない、ってどうして言ってくれなかったのよ?」
 私にしては激しく詰め寄った。
「怒鳴らないでください。とにかく、あなた方は間に合わなかったんです」
「私たちはどうしたらいいのよっ」
「知りません。私はこれからゲートに行かなければならないから」
 お気の毒、というふうもなく、係員はすたすたと歩きだした。
「ちょっと、私たちヘルプが必要なんだから、誰か寄こしなさいよね!」
 歩き去る係員の後ろ姿に向かって、私は叫んだ。周りにいた人たちが私のほうを見たが、気にしている場合ではない。
 驚きであった。航空会社の係員たるもの、そういうときには、「ああ大変、急いで、急いで!」と飛行機に乗せるべく最大限の努力をしてくれるものだとばかり思っていた。だいたい、そんなに時間厳守なのなら、初めの段階で「何時何分までに申請を終えて戻ってきて下さい」と言うべきだし、娘にeTAが必要なのかと聞きに行ったとき(締め切り時間に相当近かったはずだ)にだって、「あと数分でカウンターを閉めるから急いで!」と言うことはできたはずだろう。史上最低のカスタマーサービスである。
 ……などと、呑気に怒っている場合ではないのだ。なんとかしなくては。翌日の午後、東京で夫が仕事があるので、丸1日ずらすというわけにはいかない。
 約6時間後に出発するバンクーバーでの乗り継ぎ便に間に合うなら、それに乗るのがいちばんよさそうだ。ポートランドからバンクーバー行きの便を探す。
 隣のアラスカ航空の係員に、便を探してもらおうと事情を説明したら、たいそう気の毒がられた。自分の会社だったらなんとかチェックインさせてあげるんだけどねえ……と。同業者にとっても驚きのサービスだったようである。
「この時間、ポートランドからはないわ……シアトルからならあるんだけど」
 シアトルか! シアトルの空港までは、クルマで3時間弱である。うまくいけば、ぎりぎりバンクーバー行きに乗れて、ぎりぎり日本行きの便に間に合うかもしれない。
 私たちはダッシュでレンタカーを借り、シアトルに向けて走り出した。
 運転する夫の横で、私は電話をかけまくった。航空券の変更をするためである。もともとのチケットをオンラインのチケット屋で買ったので、そこにも電話をしなければならない。
 結局、いろいろな人と2時間近く話してわかったのは、私たちが最初に予約したバンクーバー発東京行きの便に間に合ったとしても、乗ることができない、ということ。ポートランド―バンクーバー―東京という乗り換え便が、システム上ではひとつのフライトとみなされるため、ポートランドで乗らなかった時点で無効になるというのだ。
 バカ野郎……!
 結局、バンクーバーから翌日早めに出る飛行機に乗ることにした。
 じゃあ、バンクーバーまでこのままクルマで行くかね。カナダのバンクーバーは、シアトルから3時間ほど北である。
 そんなわけで、行き先がシアトルの空港ではなくバンクーバーになりました、とレンタカー屋に電話したら、それはできない、と言われた。片道だけのレンタカー契約では国境を越えることができないのだそうだ。
 ええーっ。
 それならシアトル空港で車を返して、電車かバスでバンクーバーに行くよりほかはない。
 慌てて調べると、それから間に合いそうなバスの便があるのを発見。レンタカーをシアトルの空港で返し、電車でシアトルのダウンタウンに行き、最後は家族3人、スーツケースふたつを引きずりながら、猛ダッシュでバンクーバー行きの高速バスに乗り込んだ。こんな年になって、全速力で走ることがあろうとは……。
 結局、バンクーバーに着いたのは夜の9時半。家を出てから12時間以上が経過していた。途中、国境ではバスの乗客全員が出入国の手続きをしたが、中にひとり、別室に連れて行かれてやたらと時間がかかった人がいて、全員が小一時間ほど足止めをくらった。直前に予約したホテルの部屋には、クイーンサイズのベッドがひとつきり。家族3人がぎゅうぎゅうで寝たのであった。
 そんなわけで、飛行機に乗る前からエネルギーを使い果たし、お金もかなり使って日本へ向かった。しばらくは、その航空会社にどんなふうに抗議の手紙を書こうかと文面を考えては怒りがまたむらむらとこみ上げ、なかなか眠りにつくことができなかった。 
 不運というのは重なるものである。そんな思いをしてようやくたどり着いた日本では、台風5号が私たちを待っていた。
「今度はあいつのせいで飛行機に乗れなくなったりしてねー」
 などと冗談を言っていたら、その通りになった。
 愛媛県の山奥の夫の実家に滞在し、8月7日に松山空港から羽田に飛ぼうとしていたのだったが、台風5号がちょうどその日に四国を直撃するとのことだった。
 前日、朝ご飯を食べながらニュースを見ていたら、鹿児島では飛行機が欠航し、JRも動かなくなっているとのことだった。翌日の松山も同じことになるだろうということで、急きょ、出発を1日早めることに。
 それからの私たちは、まるでビデオの早回しのようであった。朝ご飯の後片付けをして、航空会社に電話して航空券をキャンセルし、身支度を整え、荷物をまとめた。それだけならラクだが、夫の両親はすでに亡くなっていてその家には普段は誰もいないから、戸締りや火の始末をきちんとしていかなければならない。使いきれなかった食材を、近所の親戚宅に届けに行ったりもした。
 タクシーで小一時間ほど離れたJRの駅に行き、そこから電車に乗って岡山へ。新幹線に乗り換え、その晩は京都で一泊。翌日に東京へ移動……。
 今回の日本行きは、難題にどう対処するか、という能力を試される旅であったように思う。神様がいるのかどうかは知らないが、クセ球ばかり投げてくる神様と、一生懸命それを打ち返す自分、という絵が頭に浮かんだ。
 台風のほうは天災だから仕方がないとあきらめもつくが、前者の件は完全な人災で、今も怒りがふつふつと湧いてくる。アメリカ人の、サービスとも言えないサービスには慣れていたつもりだったが、今回のは桁外れであった。しかし、日本でもそうだが、若い世代になるほど気が利かない人が増えているのである。これからは、こういうのが当たり前になると思ったほうがいい。自衛するしかないのだ。とりあえず、空港にはかなり時間に余裕を持って行くことにする。そして飛行機のチケットを取る際には、多少高くても、キャンセルや変更が簡単にできるものを選ぼう。そう固く心に誓ったのであった。

著者プロフィール

大石洋子(おおいし・ようこ)
アメリカ在住のエッセイスト。上智大学文学部ドイツ文学科卒。1993年、夫の海外赴任でアメリカ・ニュージャージー州へ。2003年には異動のためにオレゴン州に転居。現在は、日に日に生意気になる娘に手を焼くかたわら、本Boiled Eggs Onlineの連載と、ENGLISH JOURNAL(アルク)の「オレゴン12カ月」でオレゴンでの生活をつづる。

オレゴン州:
全米屈指の美しい景観を誇るアメリカ西海岸の州。IT、バイオテクノロジー、環境関連企業の成長が目覚ましい。ナイキなどのスポーツ企業も多い。州都はセイラム。最大の都市は人口約60万のポートランド。

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