オレゴン通信(連載エッセイ)

大石洋子 2018年12月7日

大石洋子 2018/12/7
#293 ルンバがウチにやってきた

 ブラックフライデーのセールで、ロボット掃除機ルンバを買った。
 いろいろな機種があって迷ったが、飼い猫の抜け毛に対応できるよう、960というモデルを購入。ちょっと高かったけれど、これがもう久々に大満足の買い物だった。掃除の仕方ががらりと変わった。
 わが家には、セントラルバキュームというものが付いている。家に掃除機が付いている、と言ったらいいだろうか。壁に取り付けてある吸い込み口に掃除機のホースを差し込むとスイッチが入り、そのまま掃除ができるのだ。吸い取ったゴミは、壁の中を張り巡らされた管を通ってガレージの中の容器に集められる。数カ月に一度、その容器を空にするだけでいい。
 家に掃除機を付けるという発想が豪快でアメリカだなあと感心していた。実際、使い勝手も悪くないので満足していたのだが、最近、接続が悪くなったのか、吸い込んでいるうちに止まるようになった。だましだまし使っていたのも限界に近づき、新しいホースを買わなくてはと思っていたところであった。
 そんな折、友人のTさんからルンバの話を聞いたのだ。よく毛が抜けるタイプの犬を飼い始めた彼女は、ルンバのほかにスティック型のコードレス掃除機も購入したそうだ。彼女自身はコードレスの使い勝手のよさにいたく感心したようだが、それにしても、Tさんがたびたび口にする「吸引力」という言葉に私はハッとした。
 私がわが家のセントラルバキュームに満足していたこの10年の間に、世の中の掃除機の吸引力はどれほど進化したのだろうか。穴にホースを差しただけのウチのバキュームなど比較にならないくらいにゴミをかき込み、吸い込んでいるのだろうなあ、と。
 コードレスにも心が動いたが、それよりも気になったのはルンバである。昨年、仕事を始めてから家を掃除する頻度がかなり減り、カーペットの上の猫の毛が始終気になっていたので。
「隅っこはどうなの?」
「カーペットの上のペットの毛の取れ具合は?」
 などなど、根掘り葉掘り訊いた私に、Tさんはこう言った。
「あのね、100%は期待しちゃダメなの。ボタンを押したら毎日だって文句も言わずに掃除してくれるのよ。それだけでありがたいと思わなくちゃ」
 この言葉にクラッと来た。思わずルンバ購入。
 そんなわけで、わが家にルンバがやってきたのだ。
 昔のLPレコードを一回り大きくしたぐらいのサイズで、厚さは10センチ弱。
 さっそく充電して、Cleanボタンを押した。 
 意外に音が大きいのには驚いたが、しかしそれまでのセントラルバキュームに比べれば静かなほうである。触角のようなものをピロピロしながら動く姿は、深海の生き物のようだ。
 ひたすら真っ直ぐ進んでいたかと思いきや、途中でふと止まって考えているようにも見え、いや、考えているようで考えてないというか、なぜか今来たばかりの方向に戻って、せっせと同じところを掃除したりする。
 行く手にちょうどゴミが落ちているから、このまま行けば吸い込んでくれる!と思って固唾を飲んで見ていると、急にその前で曲がってみたり、微妙にゴミを避けて通ったり(まるでわざとみたいに)、あるいはピロピロの触角で、すでに吸い込み終わった方面に弾き飛ばしたり。UFOキャッチャーを見ているようなもどかしさを覚える。
 そんな一部始終を腕組みしながら見つめる私は、まるで嫁の一挙手一投足を見張っている姑のようだ。でも、姑と違うのは、その視線が意外に温かいこと。だって、100%は期待してないから!
 ルンバを買ってよかったなあとしみじみ思ったのは、夕飯の支度をしながらルンバをオンにした時である。掃除しながら料理する。今まではそんなことはできなかった。いや、シチューなどの煮込み料理を火にかけながら掃除機をかける、というのはあったが、今やルンバのおかげで、シチューの材料を切りながら掃除ができるというわけ。私がふたりいるようなものなのである。
 ふたりいる、という感覚は、掃除のときにも感じる。私がルンバの先回りをし、静電気で埃を吸着するタイプのはたきを使って棚の上や窓の桟、壁や天井などの埃を払うのだが、なんだか手分けして掃除をしている、という気分になる。実際、娘の部屋をそんなふうにして掃除した日には、
「今日はルンバに手伝ってもらって、アンタの部屋掃除したから」
 という言葉が口から出て自分でもビックリした。手伝ってもらって、って、人じゃないんだけど!
 でもわかっていながら、つい擬人化してしまうのである。ウチの娘も猫を呼ぶみたいに、チュッ、チュッと口を鳴らしてみたりしている。私も、ルンちゃんとかルンさんなどと呼んだり、「あ、そっちはもういいから」などと声を掛けたりもしてしまう。
 2階の掃除のためにいちいちルンバを持って階段を上がるのが面倒なので、いっそ2階用のルンバも買うか、などと思う。その暁には一台目はルンイチ、二台目はルンジと名付けよう、と言ったら、娘が、
「その次はルントメだね」
 と。
 その昔の日本で、子だくさんの家では「もうこれでおしまい」の意味を込めて「とめ吉」「とめ子」という名づけ方をしたのだ、と教えていたのが頭の隅にあったらしい。
 同じ意味合いで、「末吉」というのもあった……「スエルン」か。そうだ!「すえルンです(吸えルンです)」ってどう? 「写ルンです」みたいに……。
 などと、名前で遊ぶのもなかなか盛り上がる。
 ルンバには、掃除の範囲を指定できる小さな装置が付いてきた。その装置と向かい合った壁の間にバリヤーができるらしく、ルンバはその先には行かないことになっているのだが、昨日、ウチの働き者のルンちゃんは、指定した範囲を掃除し終えると、やおらバリヤーを越えて別のところの掃除も始めた。私は電話で話していたので部屋のドアを閉めていたところ、向こう側からバン! バン! とルンちゃんがまるで「入れてください!」と言わんばかりにドアに体当たりしていた。無視していたら、そのうちに、私の携帯電話に「ルンバが助けを求めています」という表示が出た。
 Wi-Fiに繋いでおいたルンバが、私に助けを求めてきたのである。あらやだ、大変!
「ルンちゃん! ルン?」
 部屋を出て家の中を探す。本当にペットの猫でも探すような声の掛け方に、自分でも笑ってしまうのだが。
 ぐるぐる探し回って、ようやく見つけたのはトイレの中。本当なら電池が切れる前に自分でベースに帰って充電するはずなのに、なぜかトイレで電池切れになって止まっていた。
「あらあら」
 ルンちゃんを持ち上げ、ベースまで連れて行く……いや、持って行く。ウチに来たのは、ちょっとおバカさんなルンちゃんだったのかしら、などと思いつつ。
 ネット上の使用者のレビューは概ね高評価である。ある人が、
「効率はよくないけれども、ルンバなりに時間をかけてきっちりキレイにしてくれる。外出中に掃除するようセットしておくとよい」
 と書いていて、その通りだと思った。
 お姑さんよろしく見張っていると、「そっちは今掃除したばっかりじゃん」とか「え、なんでそこで曲がるかな」などと突っ込みたくなるような、ちょっと不思議な動きばかりをするから気になる。私がやったら2分ぐらいで吸い込み終わりそうな小さなスペースを、何度も行ったり来たりして15分くらいかけて掃除している。ずっと見ているとイライラするから、見ないほうがいい。放っておくと、いつしか掃除は終わっていて、ルンバの縦横無尽に走った筋がうっすらと付いたカーペットはとてもキレイなのである。
 利口なのかおバカさんなのか判断がつきかねるルンちゃんだが、助かっていることには間違いがない。以前は、床を吸い込むだけで手一杯、ハタキかけなど滅多にやらなかったのが、今や吸い込みをルンちゃんに任せて私はハタキかけに専念できるから、壁面のすすや棚の上の埃がなくなって家の中がすっかりキレイになった。
 が、一番大きな収穫は、ああ掃除しなくちゃ、というあのずーんと重たい気持ちから解放されたことであろう。ルンバのおかげでストレスがひとつ減った。ありがとう、ルンちゃん。もっと早く買えばよかった。


著者プロフィール

大石洋子(おおいし・ようこ)
アメリカ在住のエッセイスト。上智大学文学部ドイツ文学科卒。1993年、夫の海外赴任でアメリカ・ニュージャージー州へ。2003年には異動のためにオレゴン州に転居。現在は、日に日に生意気になる14歳の娘に手を焼くかたわら、本Boiled Eggs Onlineの連載と、ENGLISH JOURNAL(アルク)の「オレゴン12カ月」でオレゴンでの生活をつづる。

オレゴン州:
全米屈指の美しい景観を誇るアメリカ西海岸の州。IT、バイオテクノロジー、環境関連企業の成長が目覚ましい。ナイキなどのスポーツ企業も多い。州都はセイラム。最大の都市は人口約60万のポートランド。

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