オレゴン通信(連載エッセイ)

大石洋子 2019年7月18日

大石洋子 2019/7/18
#295 やったぜコロンバス

 6月某日
 ラスベガスで3日間ほど開かれたお茶のトレードショーに出展した。日本にいる知り合いの会社を手伝って、日本茶の輸入販売をしている関係である。この展示会は、B to B(Business to Business)と呼ばれる、業者向けのイベントである。
 出展したのは、今年で2回目。出展の申し込みをしてブースのスペースを確保し、ブース内のしつらえを考えて必要なもの(机や椅子や棚など)を借りる。5フィート×10フィート(1.5メートル×3メートル)の小さなスペースだが、電気のコンセントやゴミ箱などのこまごましたものも手配せねばならず、けっこう気が張る。お茶の試飲を許可してもらうための届け出も必要だし、展示用の商品やお茶を淹れるための急須やら紙コップやらをポートランドから送る算段もしなければならない。
 初めて出展した去年は、期日までにすべて手配や申し込みを済ませたかが気になって夜眠れないこともしばしばであった。が、緊張して迎えた当日、隣のブースにいたメーカーが、その日に参加を申し込み、その場であれこれ手配しているのを見て、拍子抜けしたものだ。
 3日間の会期中に3,000人以上が訪れるという展示会は、なかなかの盛況であった。ウチのブースを訪れた人々は、お茶をオンラインで売っているとか、お茶専門のカフェをこれからオープンするというような人たちが多かった。折からのお茶ブームに乗っかろうという人々である。出展社には、ウチのようなお茶のメーカーだけではなく、茶器やポットなどのお茶関連用品メーカーも来ていた。また、ティーバッグにお茶を詰める機械を製造販売する会社なども出展していた。大きな機械を持ち込み、工場さながらにガシャンガシャンとティーバッグ生産の実演をしていた日本の会社もあった。スーツを着ていたおじさんたちがいたので聞いてみたら、アメリカで売り先が決まっている機械を、納入前に展示会で動かしてみたのだそうである。
 今年のウチのお隣さんは、去年のような急ごしらえのブースではなかったが、なんだか謎のブースなのだった。若い女性2人にさらに若い男性1人の3人組がとりしきるブースには、いろいろと看板が出てはいるが、いくら読んでも一体何を扱っているのかがいまひとつよくわからない。黒いテーブルクロスの上には、角砂糖を二回りぐらい大きくして着色したような淡いピンクや水色の塊があって、どうやらそれが商品のようであった。彼らのブースは、お客さんが途切れることがないのも不思議なのだった。
「それはどういう商品なの?」
 思い切って聞いてみたら、
「CBG」
 という答えが返ってきた。
「CBG? 何それ」
 と聞き返すと、
「知らないの? CBG?」
 ちょっとあだな感じのする若い女性が、「あらやだ、今どき知らないの?」という様子で答えた。
 慌ててCBG、CBG……と考えたら、ラジオで聞いたことがあるのを思い出した。Cannabigerol、大麻から抽出したエッセンスのことだ。
「ハイになる成分じゃないのよ。リラックスできる成分だけを抽出したものなの。これをね、お茶に溶かして飲むわけ。心配ごとから解放されるわよ」
 その色付きの角砂糖みたいなものを指して言った。それから小さなビニール袋に入った粉末を取り出して、
「こっちは粉。お茶でもなんでもこれを加えると、付加価値がついて高く売れるの」
 だそうで。私が目を丸くしていると、
「完全に合法よ」
 と、心の中を見透かしたかのように付け加えた。
 大麻から抽出したリラックス成分、か。合法とはいえ、なんだか眉をひそめてしまうのは、私だけだろうか。
 
 6月某日
 オンラインショップの最大手、アマゾンがWholefoodsを買収して以来、小売店は、どこもかしこもオンラインショッピングに力を入れている。近所のスーパーマーケットチェーンは、今やどこもオンラインで注文後に店でピックアップ、または配達、というサービスを提供する。
 買い物の時間を浮かせてその代わりに一体何をするというのだ! と嘆かわしく思っていた私だったが、お茶の展示会の準備で仕事が忙しくなって、猫の手も借りたいほどになった。この機会に、思い切って日用品をオンラインで発注し配達してもらおう、と思い立った。Safewayはオンラインで75ドル以上買うと20ドル引きの上に、さらに配達料も4回目までは無料という破格の割引をしていることだし。
 量り売りが多い野菜は、75ドルきっちりを目指そうとすると計算が難しい。だから、トイレットペーパーやシャンプー、ハミガキなどを買うことにした。
 オンラインショップでああでもないこうでもない、と品物を選び、なるべく合計額を75ドルに近づけるように……とやっていたら、けっこう時間がかかった。自分で店に行った方がよっぽど早いかもしれない。
 ようやく買うものが決まって、合計額は75ドル23セント。これで完璧! と買い物ボタンを押したところ。
 画面に、注意書きが出た。
「お選びになったこの商品は、お近くの店にありません。代わりの品の候補には、これとこれとこれがありますが、どれにしますか?」
 だと。
 そんな注意書きが、6アイテムについていた。挙げられている代替品は、同じブランドのサイズ違いだったり、違うメーカーの似たような商品だったり。他の物を選ばなければいけなくなって、75ドルに近づけた努力が、もはや水の泡である。
 すっかり面倒くさくなり、日用品オンラインショッピングは止めた。割引を気にせずに買いたいものだけを買えばいいのかもしれないが、主婦の性がそれを許さない。
 そういえば、店のロゴが入った配達用のバンが走っているのを見かけたことはほとんどないし、店の入り口近くにあるピックアップ用の棚だっていつもガラガラだ。なんだかんだ言って、日用品のオンラインショッピングは流行らないのではないだろうか、と負け惜しみのように思ってみた。
 
 6月某日
 娘のフェンシング全国大会でオハイオ州コロンバスへ。シーズン終わりの一番大きな大会で、年齢や階級で分けられた試合のうち、娘は5試合に出場した。試合なしの日もちょこちょこはさんで、8泊の旅である。
 夏休みにコロンバスに行く、と言うと、たいていの人は「へ?」という顔をした。しかも8泊と聞くと「そんなに長いことそんなところで何をするの?」と驚く。そういう地味なところである。なんでそんな場所で大きな大会を開くのかといえば、フェンシング協会のお偉いさんがオハイオ州出身だかららしい。今大会には延べ5,400人のフェンサーが参加し、その家族や審判なども含めると、10日間の会期中にコロンバスを訪れる人は15,000人にも上ると予想された。経済効果は、決して小さくない。地元に貢献、ということなのだろう。そういえば3月にも、オハイオ州クリーブランドで全国大会が開かれたっけ。 
 全国から選手が集まるのだから、もっと真ん中あたりで開催するのがフェアーなんじゃないの? 東からの選手たちは移動距離が短くていいねえ、しかも時差もないし、などとブツブツ言いながら出かけて行ったコロンバスだったが、なかなかいいところであった。
 いや、空港と会場のコンベンションセンターとホテルを往復しただけだから町全体のことは知らないが、少なくともコンベンションセンターの周りは小ぎれいで、気の利いたレストランがたくさんあって、好印象。コンベンションの中のコーヒーショップもチェーン店ではなく、地元の人気店らしき店が入っていて、通り一遍ではない感じがした。
 が、タバコを吸う人が明らかに多かった。今やポートランドでは建物の中での喫煙がご法度なのは当たり前、建物の周りでも吸ってはいけない、というところが多いのだが、コロンバスでは、建物の出入り口のすぐ外で吸っている人がやたらと目についた。
 そんなコロンバスでの大会で、ウチの娘は14歳以下女子の枠と17歳以下女子の枠とで銅メダルを獲得した。それぞれ165人、201人という参加者の中での3位だから、大健闘である。競技人口が少ないマイナーなスポーツとはいえ、全米でだよ! しかも2回! その結果ポイントを稼いだので、2018-19のシーズンを、14歳以下枠ではランキング7位、17歳以下枠を14位で終えた。
 シーズンとか言いつつ、フェンシングは7月にシーズンが終わり、8月に新たなシーズンが始まるという一年中のスポーツだ。ひととき休んだら、またすぐに地道な練習の日々が始まる。


著者プロフィール

大石洋子(おおいし・ようこ)
アメリカ在住のエッセイスト。上智大学文学部ドイツ文学科卒。1993年、夫の海外赴任でアメリカ・ニュージャージー州へ。2003年には異動のためにオレゴン州に転居。現在は、日に日に生意気になる15歳の娘に手を焼くかたわら、本Boiled Eggs Onlineの連載と、ENGLISH JOURNAL(アルク)の「オレゴン12カ月」でオレゴンでの生活をつづる。

オレゴン州:
全米屈指の美しい景観を誇るアメリカ西海岸の州。IT、バイオテクノロジー、環境関連企業の成長が目覚ましい。ナイキなどのスポーツ企業も多い。州都はセイラム。最大の都市は人口約60万のポートランド。

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