アメリカのおいしい生活
3月
10日月曜日

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  #3  ドーナツカットの謎
 
 

 久しぶりに風邪をひいて寝込んだ。子供のころにはあまり熱が出なかったものだが、最近は、三十七度くらいの熱がなかなかひかないのがパターン。今回はそれに加えて後頭部がズキズキと痛んだので咳をするたびに辛かった。何度となく鼻をかんでいるとそのうち盛大に鼻血が出るのもいつものパターンだが、私の場合、これが出てくると治りかけのしるしである。
 風邪でちょっと弱っていたけれど、先週の土曜日、裏のお宅にランチに呼ばれていたので行ってきた。お近づきのしるしにとお手製のブラウニーをくれたお宅である。
 黒いハンチングをかぶり、顔の下半分にごま塩のひげをたくわえているゲイリーと、生まれてこのかた一度も声を荒げたことがないんじゃないかというほどに穏やかなロリは、ふたりともユダヤ教のラバイ、つまり牧師だ。ユダヤ系の学校に通っているという十三歳の息子ミハエルは、もみ上げを長く伸ばして縦ロールに巻いており、後頭部にはヤマカと呼ばれる手のひら大の丸いお皿みたいな帽子をかぶっている、というか、つけている。よく見たら、ロリの頭にもヤマカがついていた。女性でつけている人を見たのはこれが初めてである。
「土曜はサバスだから……」
 とは、ランチに誘われるときに言われたことだが、サバスってなんだっけ? 下調べもせずに行ったら、

Sabbathとは安息日

のことであった。神が六日間で天地のあらゆるものを創造し七日目は天地の創造を祝して休んだとされる古代イスラエルの神話にちなんで、その日は仕事をせず、家でのんびり過ごすそう。テクノロジーをなるべく使わないようにするとかで、ランチの間に鳴っていた電話は取らなかったし、電気も極力つけないそうだし、オーブンだけは使うものの調理はせず、前もって作ったものを温めるのみにとどめる、と言っていた。また、車も使わないので、以前、サバスの日に集会があったときには、何人かの信者と共にポートランドの中心街まで二時間半かけて歩いたとか。そういえば、映画「炎のランナー」で安息日には走れない、という選手がいたなあと思い出したが、あれはキリスト教徒であったか。あとで調べてみたところ、キリスト教では日曜、そしてユダヤ教では金曜の日没から土曜の夕方までが安息日なのだそうだ。
 イスラエルで買ってきたという白いクロスのかかったテーブルにつき、ゲイリー、ロリ、ミハエルの三人がいきなり安息日のお祈りを歌い始めたときには正直いって面食らった。水で清めた両手を、ちょうど手術前の外科医みたいに顔のあたりまで持ち上げ、そしてヘブライ語の歌を歌うのである。ミハエルによるソロもあり。歌が終わったところで、パンをみんなでちぎり合い、その昔の赤玉ポートワインみたいに甘い赤ワインを飲み干した。
 このままユダヤ教に勧誘されてしまうのかしら、とやや心配になったのだが、儀式っぽいことはここでひとまず終わり。あとは普通に食事と会話を楽しんだのだが、テーブルに並んだのはいずれも今までに私が口にしたことのないユダヤの食べ物ばかりであった。
 まず、最初に出てきたのがマッツォボールの入ったスープ。マッツォとはパン種を入れずに焼いたパンというかクラッカーだそうで、これで作った団子が野菜スープの中に入っている。見た感じはジャガイモのようだが、口に入れた感触は、もちもちしていないすいとんという感じだ。
 オレンジとアボカド入りのグリーンサラダの後には、ミハエルが焼いたというクニッシュが出てきた。これは、ちょっともそもそした皮にポテトのあんが入ったもので、手に持ったときのずしっと持ち重りのする感覚は、中国の月餅を思わせる。続いて、ピーナツバター入りのスイートポテトのパイに、ほうれん草とレーズンを巻いた舌平目。付け合わせには茹でアスパラガスとイチゴが並んだ。
 珍しいものばかりだったので興味深く食べたが、正直なところ、どの料理ももうひと味ほしいというか、パンチが足りないかなあという気がした。日本の酒飲みのオジさんがいうところの、「酒が飲めない食べ物」といってもいい。ニンニクや香辛料などが使われていないし、塩味もかなり控えめである。信仰に厚いお宅の禁欲的な食べ物、という図式が頭のなかで出来あがってしまったせいかもしれないし、風邪のせいで食欲がなかったからかもしれない。が、どうもいまひとつ燃えんのう、というのがユダヤの家庭料理初体験の感想であった。
 次はウチで集まりましょう、といって別れてきた。ユダヤ教の食物に関する戒律を調べなければならない。ブタを食べないとか、魚介類はヒレとウロコのついた魚のみとか、いろいろと制約があるらしい。「私たちは食べ物の戒律に関してはあんまりうるさくないほうなんですよ」とゲイリーは柔和な顔で言っていた。でも、不勉強な私がうっかり掟破りのものを食べさせてしまって、それが原因で破門……なんてことになったら大変だ。粗相のないように、慎重にメニューを選ばなければならない。
 
 さて、話はまったく変わるのだが、買い物にスポーツクラブに、と私が日々よく使う道沿いに、ちょっとというか相当風変わりな床屋がある。店の表に大きくドーナツの絵が描かれており、DONUT CUT $8とある。ドーナツの穴の中には、磯野家の波平さんのような感じにハゲた男の横顔。赤地に白抜きで

BALDER IS CHEAPER
(ハゲてるほど安い)

という看板もある。どうやら、後頭部から放射状に広がるハゲをドーナツの穴に見立てて、ドーナツカットと命名したらしい。
 初めて発見して大笑いして以来ずっとこの店のことが気になっていたのだが、開いていたためしがなかった。ただのジョークなのかなあ、と思い始めていたところ、ある日、店内に人影を見たので思わず車を止めた。
 興味本位で飛び込んだ私を手招きで店のなかに迎え入れてくれたのは、サンディという五十代初めの女性経営者であった。車一台分のガレージくらいのスペースに、散髪台がひとつ。その後ろにプラスチックの白い椅子が数個並べてあるのが待ち合いだ。シャンプー台はない。
「外には8ドルって書いてるけどね、髪の残り具合によって値段が違うのよ」
 と、サンディは言っていた。ドーナツカットとは、ドーナツの穴周辺の髪を切り揃えるカットのことで、お代がたったの4ドル、というお客もいるそうだ。リーズナブルでしょ、と彼女は言う。たしかに散髪代が4ドルというのは経済的でうらやましい限りだが、しかし当の本人はあんがい複雑な気持ちなのではなかろうか。例えば、前回までは、チョキチョキッと切ってもらって「ハイ、5ドルです」だったのが、いきなり「今回から4ドルでいいです」と言われたら。ちょっと心穏やかではいられないかもしれない。
 そんな低価格で儲かるんですか、とはさすがに聞けなかったけれど、十六年もこの店をやっていると聞けば、はやり具合もわかるというものである。革新的な毛生え薬というのもまだ開発されていないようだし、ドーナツカットの需要は安定しているといえよう。
 後頭部に帽子をかぶっているユダヤ教徒と親しくなったり、ドーナツカットの床屋に飛び込んでみたりの一週間。
 気になるのは、ドーナツカットの人がユダヤ教の信者だった場合、ヤマカを後頭部にどうやってつけるのか、である。神に対する尊敬のしるしというヤマカは、普通は、ヘアピンやパッチンどめで髪に留めてあるものなのだ。今度会ったときに、ラバイ・ゲイリーに聞いてみるとしよう。

 

 

 
今週の1枚

ハゲてるほど安い店。
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Photo: (c) Yoko Oishi
 
Copyright 2003 by Yoko Oishi, Boiled Eggs Ltd. All rights reserved.