アメリカのおいしい生活
11月
22日月曜日

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  #42  住んでみたいところに住む
 
 

 先週の土曜、久しぶりにアメリカ人をもてなした。夫の元部下のセスとその婚約者。来年八月に式を挙げるのだ、とうれしげなふたりであった。
 婚約者のリーは、小学校で体育を教えている。ひょろひょろと痩せ型のセスとは対照的なガッシリ型で、ひと目でドイツ系とわかる顔立ちだ。学生時代にはハンマー投げやボートの選手だった、というのがうなずける。父親がステーキハウスを経営している反動なのか、ベジタリアンだというのだが、野菜だけであんなに立派な体格を維持できるものなのか、と失礼ながら思ってしまった。
 初めて会ったリーは知的でユーモアのセンスもあって面白かったが、いちばん興味深かったのは、ウィスコンシン出身ということだった。カナダとの間にある五大湖のあたりの、寒さが厳しい地域である。
「へ? ウィスコンシンの人が

どうしてオレゴンに

いるの?」
「うーん、たいした理由はないんだけど。マサチューセッツにある大学を卒業した後、北西部に住んだことないなあ、と思って。シアトルに行こうかとも思ったんだけど、友達がいたからポートランドにしたの」
 住んだことないからって……。黒い靴はもう持ってるからこんどは茶色を買ってみた、みたいな軽いノリである。
 そんなふうに簡単に住むところを変わる人が、アメリカ人にはけっこう多い。私の友人のセアとビルの夫婦は、若かりしころ、「サンフランシスコに住んでみたい」とニューヨークから移り、数年後にニュージャージーに戻ってきた、と言っていた。東部に戻ってくるのは最初から決めていたことで、とにかくひととき西海岸に住んでみたかったのだそうである。
 別の友人のスーザンとフィルのふたりも、六年ほどまえにニュージャージーからバーモントへ移り、そしてつい最近、こんどはワシントンD.C.に移った。
 バーモントに移ったのは、「バーモントに住みたかったから」。そしてワシントンに引っ越したのは、小学生の娘の教育と自営の人材育成ビジネスのために都会に移りたくなったから。ニュージャージーに住むスーザンの年老いた両親のことを考えると、東部からは離れられない。ニューヨークはもう知っているし、ボストンは大学のときに住んだ。あと、東部にある都会といえば……ワシントンD.C.くらい? 
「地図を見ながら、あっ、ここにしよう、って指差して決めたって感じ」
 そんな調子でワシントンへの引越しを決めたのだそうだ。
 住んでみたいところに住む。アメリカ人は、けっこう簡単にやってのけるなあと思うのだ。
 
 今年もポートランドに雨の季節がやってきた。洗ったところですぐに汚れるから、と洗車に行かなくなる季節。屋根から雨どいに落ちるしずくの「こん、こん、こん」という規則的な音が耳についてなかなか眠れない季節。革底の靴を履くのがためらわれる季節。
 気分がくさくさしていつもと違ったことがしたくなって、MAXに乗った。MAXとは、Metropolitan Area Expressの略で、ポートランドを走る路面電車。ポートランドに引っ越してくるまえ、旅行者として来たときには何度も乗ったが、住むようになってからは一度も利用していない。赤、青、黄色の三つの路線があるが、私が乗ったのは、ポートランドの街なかを通って西のヒルスボロと東のグレシャムを結ぶ、ブルーライン。
 ダウンタウンの駅から、西向きの電車に乗った。平日の、ランチが終わったくらいの時間。座席のほとんどが埋まっている。
 普段は行き会わないような人たちが乗っている。教科書とルーズリーフを抱えた学校帰りの大学生。フレンチシェフみたいな白いユニフォームを着ている料理学校の生徒。パンクの若者の一群。ちょっと酒臭いおじさん。ホームレスかなと思わせるような泥で汚れた服を着た若い男は、これまた薄汚れた大きなバックパックを背負い、子供用の緑色のジャケットを着せた茶色の犬を連れている。
 ニューヨークの地下鉄では、「知らない人とは目を合わさないように」とよくいわれたものだが(もちろん目を合わせたからといってすぐさま危険な目にあうということではないのだけれど、さまざまな人がいて日々さまざまな事件が起きているニューヨークの大都会ぶりをやや誇張してそういわれる)、ポートランドのMAXにはそんな不文律はない。ないどころか、乗客はみんなフレンドリー。
 数年まえに初めてポートランドの公共交通機関を利用したとき、乗客たちの愛想のよさに私はビックリしたものだ。バスのなかで、隣に座ったおじさんがにこやかに話しかけてきた。天気のことをなにか言っているらしかったが、私は「はあ、はあ」と適当に返事をしながら、「ちょっとおかしな人なのかな」と思って肩から掛けたバッグを膝の上で握りしめた。困っているようには見えないけれど、もしもお金をせびられたら一ドルあげるか、などと頭の隅で考えたりもした。
 おじさんの話にほかの乗客も合いの手を入れたりして周りが賑やかになったと思ったら、おじさんはよっこいしょと立ち上がり、バスの運転手に愛想よくお礼を言って降りていった。ただのいい人だったのだ。ニューヨークの地下鉄ではついぞ見かけたことのない人種である。
 MAXのなかでは、二十代前半ぐらいの男性が、私が抱っこ紐で抱えている赤ん坊を覗き込んで話しかけてきた。「かわいいね、何カ月?」
 空いた席に座ったら、四歳くらいの女の子が赤ん坊を見て喜び、その子を連れていたおばあさんが私に話しかけ、私とおばあさんの話を耳にした傍の学生ふうの男の子が「僕んとこもついこのあいだ姪が生まれて……」などと会話に入ってきた。
 
 ポートランドのダウンタウンを出た路面電車は、PGEパークという野球場のまえを通って動物園を過ぎ、そして郊外部へと走っていった。お客が少なくなってくる。いつもは車で走る高速二六号線のわきをガタンゴトンと走り、やがて景色は住宅地に変わっていった。
 アパートというのかコンドミニアムというのか、真新しい三階建ての集合住宅が続く。深緑にえんじ。ちょっと変わった色合いの建物だ。
「オープンしたばかり。問い合わせはこちら」
「家賃は格安」
 入居者を募る垂れ幕がかけられている。すでに入居した人もいるようで、小さなベランダにハンギングバスケットがかかっていたり、自転車が置かれていたり。
 単身者や若いカップル向けと思われるアパート。家賃はいくらくらいなのだろう、と考えていたら、こんな話を思い出した。シアトルとロスアンジェルスのあいだ、つまりアメリカ西海岸の主だった都市のなかでは

ポートランドがいちばん家賃が安い、

と。それで、よそから――とりわけカリフォルニアから――移ってくる人が多いのだそうだ。以前からのポートランドの住人たちはそれをこころよく思っていないとかで、「オレゴンのカリフォルニア化に反対」というステッカーを車のバンパーに貼っている人もいるらしい。
 そういえば、つい最近読んだ記事には、カリフォルニアに住む人の四人にひとりは、ハウジングコストがあまりにも高いのでほかの州へ移ることを考えている、とあった。三十五歳以下に限れば、半数近くのひとが州外へのリロケーションを検討しているそうだ。
 ロスアンジェルスに住んでいる知り合いの家は、買ったときには三十万ドルだったのが、いまや八十万ドルに値段が上がったそうだ。いつ買ったのかは知らないが、三十半ばという彼の年齢を考えれば、せいぜい七、八年まえのことだろう。家の価値が上がって本人はさぞや喜んでいるかと思いきや、それがそうでもないらしい。もっと大きな家に引っ越したいけれどロスの家はどこも同じように値上がりしているから、結局手が届かないんだよ、と。
 ハウジングコストの高さに音を上げたカリフォルニアの人たちは、オレゴニアンの好むと好まざるとにかかわらず、これからもポートランドに流入してくるのだろう。それを当て込んでか、アパートが次々に建てられている。
 住んでみたいところに住む、というのが、むずかしくなりつつあるのかもしれない。

 


 

 
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