アメリカのおいしい生活
12月
20日月曜日

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  #44  おっぱいの悲喜こもごも
 
 

 今年ももうすぐ終わり。早かった。あっという間だった。なんだか、二〇〇〇年を過ぎたあたりから、時が経つのがめっきり早くなった気がする。私が知らないあいだにこっそり一日二十三時間になってた、とか、二十一世紀からは二月を飛ばして十一カ月でやることにしました、とかいうことになってないだろうか。
 アメリカ人みたいにクリスマスを派手に祝うわけでもないし、かといって日本的なお正月を迎えるわけでもないし。私の年末はさっぱりしたものだが、それでもクリスマスカードを書いたり、ご近所さんたちへのプレゼント探しに奔走したり(どうせあげるのなら日本的なものを、と思うのでけっこう苦労する)、それなりに忙しい。
 もうすぐ十カ月になる娘が寝ているあいだに、家のなかをコマネズミのように走り回っていろいろな用事を片付ける。まるで、

「底抜け脱線ゲーム」のよう

である。あー、風船が割れるまえに積み木を積み上げなくちゃ……そんな心境。司会は金原二郎だったな、などと余計なことを思い出す。どうでもいいけど、赤ん坊の昼寝の時間は、この先どんどん短くなるらしい。怖ろしいことだ。
 
 年の暮れとともに、懐かしい友人、フィルが我が家に来た。
 彼は、私たちがニュージャージーに住んでいたときに最初に友だちになったスーザンの夫で、夫婦同士でお互いの家をよく行き来しては、一緒に飲んだり食べたりしたものだ。彼ら一家は、いまはワシントンD.C.近郊に住む。今回、出張でシアトルに来たフィルは、火曜の夜六時に仕事を終え、それから二百マイル近くの道のりをレンタカーを飛ばして、私たちに会いに来てくれたのであった。
 ああ、よく来たねえ。久しぶり。懐かしいねえ、ぜんぜん変わってないねええ。
 ひとしきり再会を懐かしんだのだったが、よく考えてみたら、最後に会ったのは二年まえ。そんなに大げさにいうほど久しぶりではなかった。変わってないはずだ。しかしまあ、かつては車で五分のところに住んでいたのが、いまや何千マイルも離れて暮らしているのだ。距離が、会わない時間をいっそう長くしているように感じる。
 夜九時ごろに着いたフィルは、翌日、テキサスへの飛行機に乗るために正午に我が家を出ていった。年末は、友人との再会までが慌しい。
 お互いの近況についての報告がひととおり終わると、我が家の時節柄、どうしても赤ん坊関連のことを話すことが多くなってしまったわけだが、今回、彼との話のなかでいちばん印象に残ったのは、おっぱいの話である。
 フィルとスーザン夫婦の娘、モーガン(現在八歳)が赤ん坊のころ、満一歳になるまで母乳以外の食べ物を口にさせなかった、という話から始まった。生後六カ月ごろから離乳食をスタートさせるのが普通だから、これはちょっと驚きである。
「母乳以外の食べ物を与えるのが遅ければ遅いほどアレルギーになりにくい、とどこかで読んだんだよね。その説が本当かどうかは知らないけど、なんとなく理にかなってる気がしてそうしたんだ。体重の増え方もそれでちっとも問題なかったし。そのおかげかどうかは知らないけど、いまやモーガンはアレルギーなしだよ」
 モーガンはころころとした赤ん坊であった。あれが、母乳だけだったとは。その昔、彼らと一緒に松山を訪れたとき、道後温泉で見たスーザンの立派な胸を思い出した。
「で、モーガンにはどのくらいの時期までおっぱい飲ませてた?」
 私は訊いた。私はまだ授乳中なのだが、ホルモンの関係で一時的に更年期障害っぽくなっているらしく、体のあちこちにガタがきている。そんなわけで早くおっぱいを止めたいと思いながら、いつが止めどきなのかを決めかねており、ほかの人がいつまで授乳を続けたのかが気になるのだ。
「二歳半くらいかな。それまでは泣き止ませるのにおっぱいが有効だったけど、おっぱいを止めてからは、なにで機嫌を取ればいいのかわからなくて、スーザンはけっこう困ってた」
 ふうむ。二歳半か。けっこう長い。あ、でも、私は、もっと長く授乳していた人を知っているのだ。
「ウチの近所には、息子が四歳になるまでおっぱいやってた、って人がいるのよね」
 えっ、それはすごいな、というフィルの反応を期待しつつ私がそう言うと、彼はちっとも驚かずに、
「知ってる? 世界平均は七歳なんだよ」
「ななさいー!?」
 私はぶっ飛んでしまった。日本やアメリカでは、一歳でやめ、というケースも少なくないわけだから、平均を七歳にするには、世界のどこかでは、

十歳くらいまで母乳やってたり

する地域もあるってこと――?? 私の頭のなかには、小学校のときの同級生のアツシ君とかユウジ君とか、教室では生意気なことを言っていた子たちが、お母さんのおっぱいにしがみついている図が浮かんできた。
 ここで念のためにいっておくと、おっぱいというものは、吸われ続ければ、けっこう長いこと出るものらしい。私は、つい最近まで知らなかったのだが。ということは、母親も子供も望むなら、たとえば十五歳でまだおっぱい飲んでます、なんてことも可能なわけだ。いや、だれも望まないと思うけれど。
 七歳というのはちょっとどうかと思ったので、フィルが我が家をあとにしてから調べてみたところ、乳離れの世界平均は、四・二歳という記述を見つけた。ラ・レーチェ・リーグという、母乳育児を世界的に推進する団体のウェブサイトである。
 フィルに「七歳説の出典は?」と詰め寄ったわけではないのでわからないが、まあこういうものは調査の仕方や切り口によって結果はいかようにも変わりうるわけで、ラ・レーチェの四歳あたりが――それでもまだ驚きの長さだが――妥当なセンではないか、ということに私のなかでは落ち着いた。
 ところで、ラ・レーチェの記事を読んでいて興味深かったのは、アメリカでは、もはや赤ん坊とは呼べないくらいの年頃の子供に母乳をやっていると、「虐待だ」と警察に通報されかねない、という話である。四歳半とか六歳の子に授乳していた母親が告発された例があるそうだ。虐待とみなされる理由は明確に記されていないが、子供に母乳以外の食べ物を満足にやっていないのではないかと疑われたり、性的な行為(!)を子供に強要しているととらえられたり、ということのようである。
 子供が飲みたがるならいつまでだって母乳を与えなさい、という考え方のラ・レーチェは、授乳している母親を告発するなどばかげている、と厳しい調子で批判した上で、万が一告発された場合の対処法を挙げていた。なにかと裁判沙汰にするのがアメリカのお国柄だが、子供におっぱいやるのひとつとっても、なんだか物々しい話である。
 物々しいといえば、こんなエピソードがある。
 私の娘が生後二カ月になったばかりのころ、病院主催の育児支援クラスに出かけたことがあった。クラスとは名ばかりで、まあ要するに、新米の母親たちが赤ん坊を連れてきておしゃべりする、という息抜きの集まりであった。
 そこで会ったシャロンは、三カ月になる女の子を連れてきていた。クラスへの参加は、私同様、その日が初めてだと言っていた。
「もっと早く来たかったんだけど……。私、母乳が出なくて。病院で指導を受けたり、いろいろしたんだけど、どうしてもおっぱいが出なかったの」
 彼女の目には、うっすらと涙が。
「こういう集まりに来ると、どうしてもおっぱいの話になったり、おっぱいやってる人を目の当たりにしたりするでしょ? ちょっと耐えられないかな、と思って。いまはもう乗り越えたと思うんだけど」
 母乳は栄養の面からも、また母と子の絆を強めるという意味でも最高――そんなおっぱい至上主義がどの育児書にも盛んに謳われている。母乳がどうしても出ない人は、まるで母親失格の烙印を押されたような、そんな気持ちになるようなのだ。
 おっぱいの事情は人それぞれ。
 栄養という点だけで考えれば母乳は九カ月くらいで不要なものらしいが、その後は赤ん坊の精神安定剤の役割を果たす、とどこかで読んだ。私は一年くらいで止めたいと思っていたのだが、さて、どうしようか。

 
 
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