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awkward (形)居心地の悪い、気まずい
週末、ダウンタウンにあるイタリアンレストランに行ったら、見たことのある男性が給仕をしていた。だれだっけ、としばし考え、ああそうだ、O,
Cielo!の主人だ、と思い出した。
O, Cielo!は、ポートランド図書館のすぐそばにあるイタリアンカフェ。イタリア人とアメリカ人の夫婦が経営するその店には、私は去年二月に子供を産むまで、ほとんど毎週のように行っていた。週に一度、イタリア語のクラスで知り合った人たちとランチをしていたのだ。イタリア語で話すという前提の集まりだったが、たいていの場合、自分たちのイタリア語のヘタさ加減にいらついて、最後は英語で話すことになった。
その店の主人――名前が思い出せないのだが――は、ナポリ出身とかで、私たちのイタリア語を茶化しつつも、熱心に相手をしてくれたものだ。いまどき珍しい大きな黒ぶちのメガネに、なぜかいつも二、三日剃っていないように見える無精ひげ。彼の英語はイタリア訛りが強くていまひとつ何を言っているのかわからなかったが、たいてい最後に「ぐわっはっは」と笑っていたので、私も景気よく笑ってごまかしていた。
別の店で給仕をしているということは、彼の店はつぶれてしまったのだろうか。一年以上も行っていないので、事情がまったくわからない。
彼は、テーブルのあいだをすり抜けて忙しく立ち働きながら、一歳になった私の娘の世話を焼いてくれた。ストローを差した水のコップを持ってきたり、落としても割れない木製のボウルをおもちゃ代わりに貸してくれたり。訛りが強い、ちょっと怒ったような英語が相変わらずだ。
あなたの店はどうしたんですか――訊こうかと迷ったが、やめた。彼は、私のことを覚えているふうがなかったので。
しばらくして、テンスアヴェニュー沿いのO, Cielo!のまえを通りかかった。ランチタイムなのに、Closedのサイン。テーブルや椅子がそのままになっており、以前は外に掲げられていた店の看板がテーブルに立てかけて置いてあるのが、ガラス越しに見えた。
ポートランドのレストラン事情に詳しい人が、O, Cielo!は閉店したのだと教えてくれた。夫婦のあいだに問題が生じて、一時は奥さんがひとりで店を開けていた。少しして、主人が戻ってきたと思ったら、すぐに閉店してしまったのだそうだ。
イタリア人の彼が給仕をしていたレストランに、再び行った。彼がいたらまた居心地が悪いなあ、といまひとつ気が進まなかったが、週末の昼を軽く済ませるにはちょうど手ごろな店なので、また足が向いてしまったのだ。
彼は、もういなかった。どこに行ってしまったのだろう、と思いながら、ほっとした。そんな自分に、少し嫌気がさした。
cell phone (名)携帯電話。cellular phoneの略
私の携帯電話がどこかに失せてしまった。もう二週間くらい姿を見ていないのだが、いったいどこに行ったのだろう。見たものをなんでも触らないと気が済まない娘に貸してやって、それきりのような気がする。たぶん家のなかのどこかにあるのだろうが、どうしても見つけられない。
失せた携帯を見つけるにはその番号にかけてみればいいのだ、と聞いたことがあるが、私の携帯電話はオンになっていたためしがない。それに、オンになっていたとしたら、とっくの昔に電池が切れているはずだ。
もう五年くらい使っているその電話は、いまのスタンダードに比べると大きくて、人前で使うのがちょっと恥ずかしい。緊急のときのために持っているだけで、たいてい車のグラブコンパートメントに入れっぱなしだから、時代遅れもさして気にしていなかった。が、最近、物騒な事件が多いし、子供もいることだし、もっとコンパクトなものに買い換えて、私も「携帯」しなくては。そう思った矢先に、見当たらなくなった。お払い箱になるのを察知して家出したのだろうか。
携帯電話がこんなに当たり前になったのはいつごろからだろうか。十年まえは、さほど普及していなかったと思う。
私が初めて携帯電話を見たのは、東京で勤めていたころだから、十五年くらいまえか。出入りの広告代理店の社員が、辞書くらいの大きさの電話を持っていて得意げに話していた。同じくらいの時期、浦安のホテル群の駐車場でやはりこれ見よがしに大きな電話を使っている男を見かけて、「ギョーカイの人ですかね」などと、友人とこそこそ話したのも覚えている。
それから携帯電話はあっというまに小さくなり、街角で配っているんですか、というくらいにみんなが持つようになった。アメリカのに比べると日本のは特に小さかったから、日本のメーカーの技術力に感心したり、あんまり小さくするとアメリカ人の大きな指では間違い電話ばかりかけちゃうからかな、と思ったりしたものだが、最近はアメリカのも日本のと同じくらいコンパクトになった。
日本では、車の運転中に携帯電話を使うのは禁じられているそうだが、アメリカでは州ごとに決まりが違う。禁止にする州が増えてきているなか、オレゴンではいまのところはOK。ふだん、「安全」に関しては血眼になるアメリカが、こういうのをすっぱりと全米レベルで禁止しないところがいささか不思議である。
毎日、携帯を片手にとろとろと運転する人たちを見ながら、「いい加減にしろ」と憤ったり、「私の車にぶつけないでよ」とハラハラしたりしている。それにしても、私の携帯電話はいったいどこに隠れているのだろう。
judgemental (形)決めつけがちな
オレゴンは、失業率が高い。五・四の全米平均に対し、六・六パーセント。CNNによれば、全米で六番目に失業率が高い州だ。
ポートランドあたりは、ハイテク産業が盛んであった。ITバブルがはじけて、失業した人が少なくないという。
職にあぶれた人が、道路わきに立って物乞いをする。「家がありません。空腹です」とマジックで書かれた段ボールの切れ端を持って立っている。ポートランドのダウンタウンにもいるが、郊外部の、幹線道路が交差しあうあたりにもいる。若い人。年を取っている人。犬を連れている人もいる。女性もたまにいる。家族連れも、一度見かけた。
ああいう人たちにお金をあげても、どうせ酒を買ったり、煙草を買ったり、ドラッグを買ったりするだけなんだから。そんなふうに言う人もいる。たしかに、一度、こんなサインを掲げて立っていた男を見かけたことがある。
「ウソついたって仕方がない。ビールが飲みたいんだ。金をくれよ」
ニューヨークでは、車が赤信号で止まったところにどこからともなく寄ってきて有無を言わさずにフロントガラスを拭いて、代金を要求する人がいた。ポートランド界隈の人たちは、そんな押しつけがましいことはしない。ただサインを持って、立っている。雨のなかでも、じっと立っている。
彼らにお金をあげる車は、一回の信号待ちのあいだに一台あるか、ないか。信号が青に変わって動き出してから、わざわざ止まって渡すような人もいるが、たいていはそのまま行き過ぎる。
私は、列の最初のほうに止まったときに――つまり彼らのすぐそばに止まったときに――財布に一ドル札があれば、窓を開けて手渡すようにしている。犬を連れている人には、特に弱い。
「ありがとう。God bless you」
お金を渡すと、彼らはたいてい、こう言う。
先日、女性が立っていた。私の車の窓が下がり始めたのを見て、こちらに歩いてきた。肩にかかるくらいの金髪、中肉中背。近づいてみたら、思ったよりも年を取っている。
「ありがとう」
私の手から一ドル札を受け取る彼女の指先。パールがかった朱色のマニキュアがきれいに塗られているのが見えた。
信号が青に変わり、私は窓を閉めて、流れに乗りながら左折した。私の爪は、マニキュアを塗っていない。マニキュアどころか、赤ん坊の世話をするせいで日に何度も洗う手は、指先のほうが荒れてがさがさだ。
一瞬、思った。道に立って人にお金を乞いながら、マニキュアをつけているなんて、と。
それからすぐに思い直した。そんなことは、私が目くじらを立てるすじあいのことではない。もう少し経済的に余裕があったころに買ったマニキュアが残っていたから塗っただけかもしれない。あるいは、一食抜いてもマニキュアを欠かしたくない人なのかもしれない。なにが大切なのかは、人によって違う。
私がするべきは、ほんの少しのお金をあげること。そして、彼女が段ボールのサインを捨てて自分で生活できる日が早く来るのを願うこと。それだけ。
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