アメリカのおいしい生活
4月
18日月曜日

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  #50  結婚してください!
 
 

 ひさしぶりに、ジュンコさんに会った。彼女は、私より少し年下で、現地の企業に勤める会社員だ。髪を切る暇がなくて……とこぼしているわりには、なんだかキレイになった。去年からつきあっているアメリカ人のボーイフレンドと、うまくいっているらしい。なんでも、近々、彼を連れて日本に行くとか。
「ええーっ、ご両親に彼を会わせる、ってこと?」
 私が思わず勢い込んで訊くと、
「いや、そんなんじゃなくて。ただ、彼が日本に行ってみたい、って言うから、じゃあ一緒に行こうか、みたいな感じ……」
 ジュンコさんは、淡々としているのであった。
「そうなの? あのね、私の髪を切ってくれてる日本人の美容師さんも、アメリカ人男性とつきあってるんだけど、この秋に結婚するんだって。プロポーズはね、彼を日本に連れて行ったときにされたって言ってたよ。しかも両親の前で。『親の前でそんなんされたら、断われないやん』って言いながら、あんがいうれしそうだったよ。どうする? ジュンコさんの彼も同じこと考えてるんじゃない?」
 私が興奮して言うと、ジュンコさんは、そんなこと考えてもみなかったよ、という顔をした。
「どうするの? どうするの?!」
 と、詰め寄る私に、
「さあ……」
 んもう、ジュンコさんたら、煮え切らないんだから! さっさと、「はい」って言っちゃいなさい!
 実際にプロポーズされたわけでも、そういう予兆があるわけでもないのに、私だけがひとり先走るのであった。若い人たちをくっつけたがるおせっかいおばさんの気持ちが、よくわかる。
「あのね、彼があとで登場しますから」
「へ?」
 アペタイザーを待ちながらベリーニを飲んでいた私は、ジュンコさんの言葉に素っ頓狂な声をあげた。
「あとで、彼がちょっとだけ顔を出します」
 ジュンコさんの彼には会ったことがなかったので、初のご対面だ。思いがけなく会えることになってうれしいけれど、なんだ、彼を紹介してくれるなら、前もって言っといてよー。もっとちゃんとお化粧してくるんだった……いや、私の見かけなんてどうでもいいのか。
 予告どおり後ほどやってきたジュンコさんの彼は、トム・ハンクスに三割くらいハリソン・フォードを混ぜた感じの、素敵な人だった。低くて液体のようになめらかな声が、アナウンサーのようだ。
 さっきまでクールだったジュンコさんは、彼が現れると、ほんの少し女らしい表情になった。くーっ、かわいいのう。
 アメリカのカップルらしく人前でも愛を隠さないふたりは手なんか握り合ってみたりするのだが、かといって、ベタベタしているわけでもなく、落ち着いたいい感じであった。
 じゃあまた、と彼が立ち去ってから、
「ジュンコさん。いい人だね。なんかふたりの間に愛が溢れていたよ」
 私がそう言うと、
「へ? そうかな?」
 またクールなジュンコさんに戻った。んもう、「そうかな?」じゃないよ! 
 私は、プロポーズも近いとみた。

 ジュンコさんの彼がどういうふうにプロポーズするのかはわからないけれど、アメリカ人はけっこう

プロポーズに工夫を凝らす

ようだ。
 まえにクラシックコンサートに出かけたとき、幕間の席で、彼女にプロポーズしていた人を見かけた。公衆の面前でやおら指輪を差し出し、
「Will you marry me?」
 とやっていたのだ。彼女はもちろんふたつ返事でOKし(そんな状況で断われる人がいるだろうか?)、周りの人々――彼らとは面識のない人々だ――は、拍手で祝福した。私もいちおう拍手したけど、ちょっとこっ恥ずかしかった。レストランで、店員に囲まれて「ハッピーバースデートゥーユー」と歌われているお客さんをなんとなく思い出した。
 空港では、こんな人を見かけたこともある。
 我が家に遊びに来る友人夫婦の到着を待っていた私たちの目の前に、その人は座っていた。東洋系の女性。風船を二つ、三つ持って、人待ち顔だ。三十代前半くらいだろうか。アイボリーのタートルネックセーターに、茶系のジャンパースカート、それに低いヒールの靴。品行方正といういでたちであった。
 彼女は風船のほかに、厚紙でできたサインを二つ折りにして持っていた。そわそわと落ち着かない。なにかの拍子に、折っていたサインがぱたんと開いて、中の文字が見えた。
「YES! I will marry you!」
 そう書いてあった。
 彼女にプロポーズした男性が返事を聞きにやってくるのだ、と合点がいった。
 飛行機から降りてきた彼が、サインを掲げた彼女を認める。駆け寄り、抱き合うふたり。彼女の手から離れた風船が、ふわりふわり、天井に上っていく……。
 その劇的瞬間を見たいなあと思ったが、私たちの友人夫婦が先に到着したので見ることはできなかった。まさか、彼が現れずに――結婚をエサにお金を貸してくれ、なんていう悪いヤツだったりして――風船とサインを持って彼女はしょんぼり帰った、なんてことになっていなければいいのだが。
 しかしまあ、いままでに見聞きした求婚話のなかで文句なくナンバーワンなのは、お向かいのジョンのプロポーズである。
 ジョンとキャリルは、職場で知り合った。彼らがオレゴンに移るまえ、カリフォルニアにいたときのこと。デートには、会社の近くのチャイニーズレストランに行くことがしばしばだった。
 その日も、いつもと同じようにふたりはそのレストランに行った。いつものように食事を終えた彼らのテーブルに、ウェイターはいつものように勘定書きとフォーチュンクッキーを置いた。
 キャリルはクッキーを開け、なかの小さな紙を取り出して「予言」を読んだ。
「あはは、これおもしろいわ。『あなたはいま目の前に座っている人と結婚するでしょう』って書いてある」
 彼女は、笑った。テーブルの向こうで、ジョンはニヤニヤしている。
「で、結婚するの?」
 彼は彼女に訊いた。あはは……と笑っていたキャリルは、このあたりから、「もしや……」と思い始める。
「もしかして、私にプロポーズしてるの?」
「そう。返事は?」
 彼女が恥ずかしそうに頷くと、中国人のウェイターがすかさずシャンペンを持ってきた。幸せに包まれたふたりは、ウェイターたちが拍手するなか乾杯した、というわけ。
 ダウンタウンのスシバーで寿司をほおばりながら、ジョンは、この凝ったプロポーズの話を披露した。その場にいた私たち夫婦もケリーとアラン夫妻も、ぶっ飛んでしまった。
「そのフォーチュンクッキー、どうしたの? 作ったの?」
 訊きたいことが、山ほどある。
「そ、自分で作ったの。なかなか大変だったよ。小さい紙に、小さいフォントで印刷してさ。いまみたいにコンピューターが普及してない時代のことだから、会社で作ったんだ」
「それを前もってお店の人に渡しておいたの? 食事が終わったらこれを持ってきてくださいって?」
「そう、そう」
「ふたつクッキーがあったら、どっちをキャリルが手に取るかはわからないじゃない?」
「そう、だからふたつとも同じ紙を入れといたんだ」
「シャンペンも用意しておいたの?」
「そう」
 いつもジーンズ姿の、ロマンチックという世界からはいちばん遠そうなジョンが、こんなプロポーズをしていたとは。その場にいたみんなは、ほんとうにビックリしたのだった。
 考えてみればアメリカ人はサプライズのバースデーパーティーなんていうのもよくやっているわけで、あれこれ工夫を凝らしてだれかを驚かせるのが好きなのだ。しかしまあ、誕生日などとは違って、ことは求婚である。クラシックコンサート会場で指輪の箱をぱかっと開けたり、チャイニーズレストランの店員に協力を仰いだりするのはいいけれど、

「断わられるかも」という考え

は頭をよぎらないのだろうか。
 ジュンコさんの彼は、いったいどんなふうに彼女を驚かせるのかしら、と早くも気になるところである。彼らが結婚するとすっかり決めてかかっているところが、我ながら、おせっかいで気の早いおばさんくさい。

 
 
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