アメリカのおいしい生活
7月
25日月曜日

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  #56  公園で躾指南
 
 

 今年の冬は風邪をひかないだろうな、と思う。
 夏のあいだにたくさん日に当たると風邪をひきにくくなるというが、私はここのところ毎日、日に当たりまくり。日焼けがどんどん蓄積していくタイプなので、腕なんかこんがり小麦色を通り越して、すでに黒光りしている。ヤンキースのA・ロッドやジーター君が違う人種とは思えないくらいだ。
 私みたいな大人がどうして夏休み明けの小学生みたいに黒くなっているかというと、それは娘のせいである。もうすぐ十七カ月になる娘の外遊びに毎日つきあっているのだ。
 運動と情操教育を兼ねて――というのは表向きの理由で、実は、コテッと寝てもらうために娘を疲れさせなければ、というのが本心。で、日々、公園に娘を連れまわしている。子供がいなかったころには遊具つきの公園など気に止めたこともなかったが、いまは、「おっ、こんなところによさそうな公園が!」などと、車を走らせながらキョロキョロしている。
 赤ん坊は、日に当てるだけでもまあまあ疲れるが、もっと手っ取り早く疲れさせるには水遊びがいちばんだ。プールに連れて行くとなると、自分も水着を着なくちゃいけなかったりして面倒。その点、公園の噴水なら、娘をオムツ一丁にすればいいだけなので楽である。
 そんなわけで、我が家から車で十分ほどのところにある、図書館わきの公園に通いつめている。


地面から水が噴き出す公園


 ここの噴水は、コンクリの地面にいくつもあいた穴から水が噴き出すシンプルなもの。水は、激しく出て大人の背の高さ以上になったかと思うと、赤ん坊でも手が届くくらいの高さになったり。また、急に水がぱたっと出なくなったかと思うと、いきなりびゅーっと勢いよく出てきたりする。色とりどりの水着を着て水遊びに興じる子供たちは、水が出なくなると、すかさず穴の上に座ったり、寝そべったり。そして、水が再び出てくると、お化けでも出たみたいに声を上げて逃げ回ったり、必死に穴を押さえて水を止めようとしたりしている。
 噴き出る水とはしゃぐ子供たちをまえに興奮気味の私の娘は、しぶきがかかるか、かからないかくらいのところでなぜかシコを踏む。
 どうにかこうにか娘をびしょびしょにしたあとに芝生の上でおやつを食べさせ、それから噴水の隣にある遊具で遊ばせてくったくたに疲れさせるのがいつものコースだ。
 先日、この遊具でちょっとした問題が発生した。
 ジャングルジムと滑り台が一体化したような遊具に、子供が鈴なりになって遊んでいた。けっこう大きな子供から、よちよち歩きの赤ん坊まで。そんななか、小学校低学年くらいの男の子がふたり、スケートボードを持ち込んでいた。遊具の上で、ボードを滑らせている。小さな子供に当たったらケガをするかもしれないし、遊具から落ちたボードが下にいる子に当たったりしたら、それこそ大変だ。
「それ、どこかよそでやってくれない?」
 けっこう強い調子で言ってみた。
「Maybe」
 リーダー格と思われる子が、大人を馬鹿にした答えを返してくる。浅黒い肌に、肩まで伸びた、くるりとウエーブのかかった髪。中南米系の子と見える。
 気がつくと、そばで同じく中南米系の女性が、「舗道でやりなさい」とそのガキ……おっと、その子供に声をかけている。お母さんにしては若い。お姉さんか、あるいは従姉妹とみた。注意しているのはエライが、声が小さいし迫力もなくて、「ホントに注意する気あるの?」という感じである。
 スケボーくんたちは、もちろんその姉さんだか従姉妹だかの言うことをきくはずもなく、得意げに遊具の上でスケボーに乗っている。
「やめて、って言ってるでしょ。小さい子もたくさんいるし、危ないからよそでやりなさい」
 先ほどよりも厳しく言ってみたのだが、その子たちは「けっ」という表情だ。ひとりの子は、どこで覚えてきたのか「コンニチワー」などと、すました顔で言っている。
 このガキども、泣かしたろか、と思ったが、やめておいた。子供を相手にムキになるのも大人気ないしな。

親はなにをしているのだ?

 と思うのだ。訴訟社会のアメリカで、公共の場でこんなに危ないことをしていて、よその子にケガをさせたら大変だよ、と他人事ながら心配になった。
「危ないから、ブランコやりに行こうか」
 へ? ジャングルジムはもう終わりですか? と言いたげな娘を抱き上げて、ブランコのほうに行った。
 小さい子用のブランコ二つは、ほかの赤ん坊連れが使っていた。腕に包帯を巻いている男の子と若い母親。もうひとつのブランコにはウチの娘と同じくらいの女の子が乗っていて、おじいさんとおぼしき男性が背中を押してやっている。いずれも中南米系の人たちである。
 さっきジャングルジムのほうに行くまえにチラッと見たときにもこの子たちが乗っていたなあ、と思いつつ、娘に「順番、順番」と言い聞かせて、ブランコの周りの枠に腰掛けた。
 若い母親とおじいさんは知り合いなのか、それとも親戚なのか、ブランコの上の子供らの背中を押しながら、ときどきスペイン語で話しをしている。
 最初のころは黙って私と一緒に座っていた娘が、ぐずり出した。
「順番だからね、順番」
「ぎゃーっ」
 娘はエビ反りになって暴れ始めた。こうなると、手のつけようがない。
「順番を待たなくっちゃねー」
 釣り上げたばかりのビチビチ動く魚を押さえつけるみたいにして娘と格闘しながら、若い母さんとじいさんに聞こえるようにわざと大きめの声で英語で言ってみた。彼らは、正面でくんずほぐれつしている私たちのことが目に入らないのか、それともわざと無視しているのか。自分の子供たちをブランコから降ろす気配さえ見せない。
「すいません、もうそろそろ代わってもらえませんか。あなたたちずいぶん長いあいだブランコ使ってますよね」
 ずいぶん待ったあと、さすがに頭にきたので声をかけた。
「あら、ごめんなさい。待ってたの? 気がつかなかった」
 若い母親は、スパニッシュ訛りの流暢な英語で言った。おじいさんのほうは、英語は話さないらしい。気がつかなかったって、どういうことよ? という感じなのだが、別に嫌味でもなく、本当に気づかなかったような口ぶりだ。ふたりはスペイン語で短く話して、女の子のほうを降ろすことに決めた模様。
 おじいさんがブランコから引っぱり上げようとすると、女の子は叫びながらジタバタした。するとじいさんは、
「まだ乗っていたいみたいだ。悪いね」
 と言わんばかりに私に肩をすくめて見せた。このジジイ……おっと、じいさん、こっちが甘い顔を見せようものなら、子供をブランコから降ろさん気らしいぞ。そうこうしているあいだにも、私の娘もジタバタしていて、押さえつけてる腱鞘炎ぎみの両腕が痛くてたまらんのだ。
「もうずいぶん長いこと乗せているんだし、ブランコはあなたたちだけのものじゃなくてみんなのものでしょ。たとえばあと十数えたら終わり、って具合に、子供に教えたらどうですか?」
 躾指南までするのもどうかと思ったが、かなり腹が立っていたのでまくしたててしまった。じいさんは私の言葉を理解したふうではなかったが、こちらの剣幕に押されたようで、もがく女の子をブランコから引っぱり上げた。
 ふう。
 ようやくブランコに乗ってご満悦の娘の背中を押してやりながら、私はちょっとまえに母親仲間のナオミさんから聞いたことを思い出した。
「日本にいる義母から、赤ちゃん用の絵本の雑誌が送られてきたんだけど、それの付録に、『公園デビューの心得』みたいな冊子がついてたの」
 彼女によれば、公園に子供を連れて行くときにふさわしい服装とか、持っていくもの、ほかのお母さんに話しかけるタイミングなどが事細かに書かれていたそうだ。
「アンタら、日本でならすぐさま仲間外れだよ!」
 それまでブランコを占拠していた若い母親やじいさんに向かって心のなかで叫んだ。
 あれほど乗りたがった娘は、いまやつまらなそうな顔をして、ゆらゆら揺れるブランコの上でちんとしている。腕をケガしている男の子と若い母親も、いつのまにかどこかへ行ってしまった。
 少し気持ちが落ち着いてきたら、ブランコから私が追い払ったじいさんや若い母親の

のんびり加減

を少々うらやましいと思った。私など、自分の子供をようやくブランコに乗せた瞬間から、ほかの子が順番を待っていやしないかと、周りを見回してしまう。遊具をほかの子と一緒に使うことを子供に学ばせ、社会性を身につけさせようという点では正しい態度なのかもしれないが、こまごましたルールを気にして汲々としているようで、なんだかせせこましい。
 遊具の上でスケボーをしていた子たちも、目の前でギャーギャー言っているウチの娘に目もくれずにブランコを独り占めし続けた親たちも中南米系であった。たまたまなのか、それとも彼らの文化なのか。
 私たち日本人はといえば、「公園デビュー」などという言葉を流行らせ、マニュアルを刊行する。そういう子育て文化の持ち主である。

 
 
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