アメリカのおいしい生活
10月
17日月曜日

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  #61  鍵は車の中
 
 

 その日は、私の車を修理に出していたので、夫の車を私が使っていたのだ。私の九十六年型の車は最近あちこちガタがきて、ディーラーに持ち込むことが多くなってきた。
 昼どきになって、夫のオフィスに行こうとした。その日の夫には足がなかったので、私が彼を迎えに行き、オフィスのそばで一緒にランチをしようという手はずになっていたのだった。
 もうすぐ一歳八カ月になる娘は、最近、外出するときには必ず車を「運転」したがる。見よう見まねで、自分でもハンドルやギアやラジオをいじってみたいのだ。
 その日も、私は娘をまず運転席に座らせた。

「ちょっとのあいだだけよ」

 私の言うことなど耳に入らないようで、娘はハンドルをおもちゃに遊び始めた。
 そのとき、私は忘れ物に気がついた。娘の外食用のエプロンである。あれがないと、服が食べこぼしでどろどろになってしまう。キッチンカウンターの上に置き忘れてきたから、取りに行かなくては。
 私は、車のドアを閉めた。ガレージのドアが開いているから、車のドアまで開け放しておいたら、私がエプロンを取りに家に入っているあいだに、娘がひとりで外の通りに出て行ってしまいかねない。
 娘が車の鍵を手に持っているのは、知っていた。鍵についているリモコンのボタンを娘が押したら、車の鍵が閉まってしまうことも。
 まあ、万が一、閉まっちゃったら、合鍵で開ければ大丈夫。
 そう思いながら、私はエプロンを取りに行った。
 数十秒後、車に戻ると、車の鍵が閉まっていた。やはり娘は、リモコンのボタンを押したらしい。
 私は再び家に入り(このときはまだ平常心)、合鍵が入っている引き出しを開けた。えーと、夫の車の鍵、鍵……。
 いくら探しても見当たらない。あらやだ、どこいっちゃったのかしら。
 電話を手に、ガレージに戻った。鍵が閉まった車のなかで、娘はまだ機嫌よく運転を楽しんでいる。
「ね、あなたの車の合鍵ってどこにあるの?」
 私は夫に電話して訊いた。
「車のなか。グラブコンパートメント」
 それまでは落ち着いていた私だったが、このあたりから急に胸がざわざわしてきた。
「ということは、鍵屋を呼ばないと車は開かないってこと?」
「そういうことだな」
 私は再び家に入り、電話帳でlocksmithを探した。我が家にいちばん近そうなところを選んで、早く来るよう頼んだ。
「鍵を持ってみて。か、ぎ」
 鍵屋が来るを待っているあいだ、私は車のなかの娘に声をかけた。娘はとっくの昔に飽きたとみえて、鍵は助手席のシートの上に転がっている。私が声をかけると、遊んでくれているのだと思っているらしい娘は、いちおう鍵を拾い上げる。
「ボタンを押してみて。ピッて。ボ、タ、ン。ね、押してみて」
 娘はニコニコしながら鍵を振り回す。が、ボタンまで押す気はないらしい(押さないでほしいときにはいともたやすく押したくせに)。そのうち、このゲームにも飽きて、鍵を放り出した。
 電話から二十分後に、鍵屋が到着。このころには、娘は泣き出していた。
「ハーイ」
 鍵屋は、痩せた、グレイハウンドみたいな顔のおじさんだった。胸にBillと名まえの刺繍が入ったシャツを着ている。
「車はガレージの中か。暑い日なたじゃなくて、まだよかったよね」
 その日は珍しくいいお天気で気温が上がっていた日だったから、たしかにそのとおりであった。が、そんなことはどうでもいい。早くドアを開けてほしい。こちらが焦れるのも気にせず、ビルは、やおらマニュアルみたいなものを取り出して読み始めた。
 電話したときに車種と年式を訊かれたので、私はてっきり鍵屋というものは車のモデルごとにマスターキーのようなものを持っているのだと思っていた。だから、鍵屋が到着したらすんなりドアが開くものだ、と。
「マスターキー? そんなもの、ない、ない」
 ビルは、会社名が書かれたバンに戻って、妙な具合に折れ曲がった太くて長い針金を持ってきた。右後部の窓枠のゴム部分をこじ開けてスペースを作り、そこから針金を器用にするすると差し込んだ。折れ曲がった針金の先が、ドアの内側、ちょうどロックのあたりに到達した。
「さて、ここからが問題」
 最近の車は、盗難防止のための機能だの、子供用の安全機能だのがいろいろとついていて、鍵屋でも開けるのが難しいらしい。娘が閉じ込められてしまった夫の車も、子供が勝手に内側からドアを開けないようにという機能がついているらしく、針金で後部ドアのロックを開けようとすると、すぐにパタンと自動的にロックが戻るように作られているそうだ。
「針金でロックを開けたら、その瞬間にドアを開けないといけないから、ほら、アンタも手伝ってよ」
 六分の一秒くらいのあいだにドアを開けなければならないらしい。ビルと私は、それからしばらく、「いいか? いいか? いまだ!」とか「いち、にの、さん!」とか声を掛け合いながら、二人並んでドアを開けようと奮闘した。
 しかし、私たちが無理に開けようとしているのに気がついた車は、まるで助けを求めるみたいに、アラームを大音響で鳴らすばかり。それを聞いて、娘はますます激しく泣く。顔が真っ赤だ。
「うーん、無理かなあ。子供用の安全機能がついてると開けられないんだよねえ……」
 ビルは、頭を掻きながら言った。
「前のドアならその安全機能はついてないんでしょ? 前のドアを試してみましょうよ」
「と、思うだろ? でもね、この年式だと……前のドアにはサイドエアバッグがついてると思うんだよね。ヘタにいじくってエアバッグが出てきちゃうと大変だよ」
 娘は泣きわめきながら、後部座席に取り付けられたチャイルドシートに座ったり、運転席に戻ったり、車のなかをぐるぐるしている。
「窓ガラス割ったら、修理にいくらぐらいかかるのかしらね?」
「それは、やめといたほうがいいな。えっらく高いよ」

 あれもダメ、これもダメ。

ガラス一枚隔てた向こうに娘がいるのに、なんとももどかしい。
 六年ほど前、東海岸に住んでいたころ、ニューヨークで車を盗まれたことがあった。マンハッタン、アップタウンのホイットニー美術館のそば。土曜の昼下がり。
 美術館から出て、近くの路上に停めていた車に戻りかけた夫と私は、「この辺でなんか食べてく?」とあたりをくるりとひと歩きした。「やっぱりいい店がないから車で移動しようか」と戻ってみたら、ほんの三分ほどまえまでそこにあったはずの車が、なくなっていたのだった。雨上がりの道路には、水たまりから私たちの車が出て行ったらしいタイヤの跡がまだ残っていた。
 あのときの泥棒は、いったいどうやって私たちの車を盗んだのだろうか。盗難防止のアラームを鳴り響かせることもなく、ほんの数分のあいだにいともたやすく、いともスマートに盗んで行ったのだ(ちなみに車は数日後に、部品をすっかり取られて車体だけになってハーレムで発見された)。
 アメリカの車泥棒はいまや組織化していて、自動車メーカーが次々に開発する盗難防止のハイテク機能に、やはりハイテクで対応するという。
 鍵を開けるのが商売の鍵屋が「開けられないなあ」と首をひねっているのもおかしな話だ。企業努力が足りなさすぎる。少しは泥棒を見習いたまえ、と言いたくなる(泥棒と勉強会でもすればいいのに、と思ったが、それはちょっと行き過ぎか)。
 結局、いちどはあきらめかけたビルが、ローテク鍵屋の意地を見せた。バタンとドアが開いたときに、彼は宝くじでも当たったみたいな、呆けた顔をした。
 娘はこうして、無事に救出された。自分で鍵を閉めてしまってから、小一時間。顔は洟と涙でぐしょぐしょ。頭も、汗で風呂上りのように濡れていた。
 子供を家のなかや車に閉じ込めてしまった、とか、車に子供を乗せてエンジンをかけたままちょっと郵便を取りに行った隙に車を子供ごと盗まれてしまった、などという事件を耳にするたびに、「なんて親!」と思っていたものだったが、まさか私がそういう親になってしまうとは。
「どうして合鍵をグラブコンパートメントに入れてたの?」
 ほとぼりがさめてから、夫に訊いた。
「いや、最近、我々の娘は車の鍵で遊びたがるから、それ用のをひとつ常備しておこうかなーと思って」
 もちろんいまは、合鍵は家のなかにしまってある。アメリカがもう少しのどかだった時代には、合鍵というものはバンパーの裏側に磁石で貼り付けておいたりしたらしいが、いまはそういうわけにはいかない。
 さんざん泣いたにもかかわらず、娘はいまも懲りずに車を「運転」したがる。
 すっかり懲りた私は、車のドアを閉めるときには必ず、鍵の所在を確認するようになった。

 
 
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