この時期には珍しく、いい天気の日が続いている。
雨が降ると、外で遊べない子供のエネルギーの持って行き場に困るので、晴天はうれしい。
が、少しまえ、ポートランドのびしょびしょの秋から冬を初めて体験する人に「雨が来年五月まで続くのよ」と、したり顔で言ってしまった手前、雨が降ってほしいような気もしている。
先日、動物園に行った。オレゴン・ズーはウチから車で二十分くらい。一年間有効のメンバーになっているので、一カ月に一度は子供を連れていくのだ。
トド、ラッコ、シロクマ、サル、といつもの順路で見て回って、ゾウの手前のちょっとした公園で娘は遊ぶ。動物をかたどった小さな石像に登ったり降りたり。
しばらくして、ゾウの檻のほうからなにやら鳴き声が聞こえてくるのに気がついた。いままでに聞いたことのない、「パアッ、パアッ」という甲高く短い鳴き声だ。
「ゾウさんが鳴いてるよ、行ってみようか」
好奇心に勝てず、まだ遊びたそうな娘を石像から引きはがしてゾウの檻のほうへ行ってみた。ちょっとした人だかりができている。
檻のなかでは、二頭のゾウがあっちに行ったりこっちに行ったり、小走りで忙しそうにしていた。いつもは、枯れ草を鼻で吹いて集めて口に運んでいたり、隅っこのほうでのんびり砂をかぶっていたりと、あまり大きな動きがないのに、その日のゾウたちは活発であった。
「ほらー、ゾウさんたち、仲良く遊んでるよー」
抱っこした娘に話しかけながら、「あれ?」と思った。走り回っている二頭のうち、からだが大きなほうのゾウさんには、
お鼻がふたつある……?
ゾウたちは遊んでいるのでなく、その気になったオスがメスを追い掛け回しているのだった。二本めのお鼻に見えたのはオスのペ○スだったのだ。
パアッとしきりに鳴き声を上げているのは、オスのほう。再び周りを見ると、子供たちはニコニコ顔でゾウたちを見ているが、大人たちは一様にニヤニヤ笑いを必死にかみ殺したような顔をしている。
やがて二頭のゾウは、からだをぴったり寄せ合って壁際に立った。なにやらごしょごしょ話し合っているふうであった。オスはときどき鳴きながら、しきりにメスのからだに砂をかけている。
派手な動きがなくなってつまらなくなった娘がぐずり始めたそのとき、オスのゾウだけが、どどどっとすごい勢いで向こうのほうに走っていった。水があるらしく、ばしゃっ、ばしゃっとしぶきだけが見える。
固唾を呑んで見守っていた人だかりは、そのままそちらのほうに移動。
オスのゾウは、小さな池から水を鼻で吸い上げては、自分のからだに何度となくかけていた。「二本めのお鼻」が、見る見る小さくなっていく。
どうやら、メスに誘いを断わられてしまったらしい。「こんちくしょう」という感じで、からだの火照りを鎮めている。ついには、「えーい、面倒だ」と池のなかに入り込んだ。
「Poor guy」
と、観衆のひとりが言い、笑いをこらえながらみんなが頷く。
ヤケ気味に水を浴びるオスの後ろで、誘いを断わったメスが、オスの様子を窺っていた。いかにも、「ああどうしよう」と困った様子だったのが、また苦笑を誘ったのだった。
という顛末をその日の晩に夫に言うと、ちょっとガッカリした顔をした。
「そういうこと聞いちゃうと、今までどおり『ゾウさんだ〜』なんて無邪気ではいられなくなっちゃうなあ」
「なに言ってんの。ゾウにだって事情があるのよ。種の保存とかいろいろ」
「それはわかるけど……でもなあ、ゾウさんにはゾウさんのままでいてほしいじゃないか。そういう感情って、ほら、親にも持ってただろう。自分の親はそういう生々しい世界とは無縁であって欲しいというか。なにかの拍子にひょこっと自分の親の『男』とか『女』の部分が見えると、嫌な気がしたもんだよ」
「あなたの父さんと母さんが、そんな部分を見せたことあるの!?」
十二年前に初めて会った夫の両親は、そのころすでに六十代の終わりのほうに近かった。もちろん彼らだって普通の人間なのだということはわかっているが、彼らの若いころを見たことがない私には、彼らとそういう世界とがちょっと結びつかない気がしたのだ。
「いまでも覚えてるんだけどさ」
夫が中学生か高校生のころ、父親と一緒に宇和島に行ったときのこと。ターミナルでバスを待っていたら、どこかの母娘が父親に愛想よく話しかけてきたそうだ。
「ただの世間話だったんだよ。でも、ウチのオヤジもあのとおり愛想がいいから機嫌よく受け答えをしててさ。いま考えればなんでもない普通のことなんだけど、でもあのときはすごく嫌だったのを覚えてる」
「多感な時期だからねえ」
「そう、そう。オヤジに、というよりは、むしろその母娘のほうに腹が立ったんだよ。いつまでも馴れ馴れしく話しかけてくるなよって」
「自分はそういう男女のことにものすごく興味があるくせに、自分の親には
やたらと潔癖を求めちゃう
んだよね。そういう年頃だよね」
夫は、遠い目をしながら頷いたのであった。
それで思い出したのだが――いや、思い出したというよりは、いつも頭の隅にあるといってもいいのだが――私の父が亡くなる三カ月ほどまえだったか、電話で話した母がこんなことを言って私を慌てさせた。
「お父さんにね……誘われちゃったのよね」
「ええっ」
かなり進行した肺の腺ガンと診断されてから半年ほど経ったころで、抗ガン治療を受けるために入院を繰り返していた合間に、ひととき家に帰ったときのことだったそうだ。もうすぐ七十という父と、六十代半ばの母である。
返事に、困った。
「それで……?」
「ん? したよ。私は気乗りがしなかったけど」
私たち母娘は、昔から性に関することをかなりオープンに話すほうであったが、ここまでオープンというかストレートなのは初めてだったので、本当になんと言ったらよいのか、言葉を探した。
「そういうことができるくらい元気があるって証拠だよね。よかった、よかった」
「まあね……」
母は、こういうことがこれからもたびたびあっては困る、とでも言いたげであった。
また別のときには――これは父が亡くなったあとだが――、母はこんなことも私に言った。
「お父さんはねえ、私が妊娠してるあいだも……したがったのよ。臨月まで」
生前、性に関して語ることはほとんどなく、ストイックという雰囲気さえ漂わせていた父であったが、それは娘に見せていた顔で、母に(というか妻に)対しては、また別の顔を持っていたようだ。
当たりまえといえば至極当たりまえではある。
が、父の『男』としての顔をいきなり明かされた娘は、戸惑う。
母は、続けた。
「それなのに、お父さんは、私のお腹が大きいときには一緒に外を歩くのを嫌がったのよ。いかにも自分が『しました』って喧伝して歩いてるみたいだから、って」
もう四十年以上もまえのことを、母は遠くはなれたところに住む私に電話で明かすのだ。
私が幼いころには、私の両親は、亭主関白な夫におとなしく従う妻という感じに見えたが、年を経るごとに母が強くなっていき、最後のほうは力関係が逆転したように思えた。
若いころには、父の誘いを母が断わることなどなかったのではないかと――つまり不承不承ながらも応じるほかなかったのではないかと――推察するのだが、年を取ってからは母もそれなりに主張していたのではないか。自分の両親のそういうことに思いをめぐらせるのもどうかと思いつつ、そんな気がして仕方がない。
動物園のゾウを思い出しながら、父のことを思う。
父の最後の誘いを母が断わらなくてよかったな、と。
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