もういいかげんにしてほしい。昨日も雨、今日も雨、明日も雨。向こう一週間の予報がずっと雨。
少しまえに友人が、もうこれで二十九日間雨降りの日が続いているらしいよ、と言っていた。ほかの人からは、今年は五十年まえの雨降り連続記録を更新している、とも聞いた。
ポートランドの冬の雨にはもう慣れたつもりだったのだが、今年の降りかたはちょっと尋常ではない。いつもの冬は、雨が降ったかと思ったらさあっと空が明るくなって太陽が顔を出し、そしてまた暗くなって雨、というような泣き笑いの天気だ。が、今年は、朝から晩までずっと暗いまま、ざあざあざあざあ雨が降る。
雨続きでなにがいちばん困るかといえば、もうすぐ二歳になる娘のエネルギーの持って行き場である。
雨が降っていると、公園や動物園に娘を連れて行かれない。外で体を動かして遊べないと、娘はあまり疲れない。疲れないとなかなか寝ない。思ったとおりに寝てくれないと、こちらの機嫌が悪くなる。母親の機嫌が悪くなると、娘の機嫌も悪くなり、そして、私たちふたりのあいだの雰囲気は最悪になる。
そういう親子の状況を察してか、地域のレクリエーションセンターに、
インドアプレイグラウンド
なるものがある。平日の午前中、大きな体育館の半分を開放するのである。マットの上に、室内用のプラスチック製すべり台やジャングルジムなどが並べられており、ほかにも、大小さまざまなボールや、乗って遊べる車のおもちゃ、三輪車などがたくさん置いてある。利用料は、決められた地域内に住んでいる人なら、毎回一ドル五十セント。
ここのところ、このインドアプレイグラウンドに娘と日参している。
ゼロ歳から六歳の子供が入れるこの施設だが、大きな子供たちはたいてい学校に行っているので、二歳から四歳くらいの子供が多い。三輪車でぐるぐる走り回る子あり、よちよち歩きですべり台に上る子あり。自分の子供だけでなく、よその子供の遊びぶりも、見ていて楽しい。
アメリカ人の親たちの様子も、なかなか興味深い。けっこう大きな子供なのに、そばについて離れない母親あり、壁際に置かれた椅子に座って「ニコラス、そっちに行っちゃダメだ」「ニコラス、小さい子がいるから気をつけろ」などと大きな声で始終、子供に注意を与えている父親あり、膝に広げた本からときどき顔を上げて我が子を探す母親あり。
遊びのマナーについて、けっこう神経質になっている親によく出くわす。
「ウチの子、おもちゃをシェアしてるかしら?」
よその女の子のすぐそばに私の娘が座ってボールかなにかいじって遊んでいたとき、その女の子の母親がどこからともなく寄ってきて、私に訊いた。仲良くおもちゃを譲り合って遊べているかどうかが気になるらしい。
「大丈夫ですよ」
私がこう答えると(大丈夫もなにも、その子もウチの子供も、まだ一緒に遊べるような年頃ではないのだ)、その母親は胸をなでおろし、
「(おもちゃをシェアするというのは)大事なコンセプトですからねえ」
と、まるで私に諭すように言ったのだった。
また、別のときには、私の娘が突然ぐずり出したら、
「ウチの子が、あなたの子を押しちゃったのかしら?」
またしても近くにいた子供の親が、すかさず寄ってきて私に訊いた。
「いいえ、違いますよ」
こう答えると、ちょっと緊張した様子だったその母親の表情が和らいだ。
子供同士で遊ぶうえでのマナーは大切だし、暴力は絶対にダメということはきちんと教えなければいけないと思う。が、子供なんてものは、おもちゃの取り合いをしたり、泣かされたりと、人に揉まれて成長していくものなのではないだろうか。インドアプレイグラウンドで出会った母さんたちは、ちょっと神経質すぎやしませんかね、という気がしている。
こういうルールにうるさい親がいるかと思うと、ちっともルールを守らない人もいる。体育館の壁には、食べたり飲んだりは禁止、と大きく書いてあるのに、子供らにお菓子やジュースをやる親の多いこと、多いこと。
壁際の椅子に座らせて食べさせるのはまだいいほう。クッキーを持って走り回っている子供もときどきいたりして、親の神経を疑うのだ。
先日は、二歳半くらいの男の子の母さんが私に寄ってきて、そばの椅子の上を指差し、
「このマフィン、あなたのですか?」
と訊いてきた。椅子の上には、食べかけのマフィン。
「いいえ、違いますけど」
「ああ、そうですか。だれのなのかしら……」
私はてっきり、この母さんは、マフィンなどをプレイグラウンドに持ち込んで、しかも椅子の上に置きっぱなしにした人に文句を言いたいのだと思った。ところが、彼女はこう続けた。
「ここに置いてあったマフィン、ウチの息子がうっかり食べちゃったんですよ」
と、言ってるそばから男の子はマフィンに手を出して、またひとかけらパクリ。
「あらまあ、もうどうしましょう。このマフィンの持ち主に謝りたくて、だれのだか知りたいんですけど……」
人のよさそうな母さんは、あたりをキョロキョロしていた。
私は娘の手を引いてそのままプレイグラウンドを出てしまったので、その後どうなったのか知らない。が、食べ物を持ってくるなというところにマフィンを持ち込んだような人に、なんで謝る必要があるのかしら、と、他人事ながら、その日いつまでも気分が悪かった。
ところで、インドアプレイグラウンドなどというのは、アメリカならではのものだろうと思っていたら、日本にもあるという新聞記事を読んで、ちょっとビックリした。しかも、日本では、略して「インプレ」と呼ぶらしい。
なんなの、それ。「インプレ」って。
どうして略すかなあ。略してしまったら、なんのことだか、一目ではわからないではないか。しかも、安っぽい。インドアプレイグラウンドと、全部いうのが面倒くさいなら、
「屋内公園」とでも
言えばいいのに。
新聞で取り上げられていた、神奈川に新しくできたという「インプレ」は、「ファンタジーキッズリゾート」という名まえだそうで、もうこれに至ってはコメントもできない。ファンタジーってなんなのよ。リゾートってどういうことよー。どうしてこんなにカタカナ(それも上滑りするような言葉!)ばっかりなのだろうか。
日本のインプレは、主にショッピングセンターに付設されているようで、遊園地と近所の公園の中間という位置づけらしい。もちつきやカルタ大会などが行われたり、英語の絵本の読み聞かせなどの教育的なイベントが開催されたりだそうで、私の娘が雨の日に仕方なく行くインドアプレイグラウンドとは、相当違う代物のようだ。
記事は、「子供の運動能力や体力の低下が叫ばれているが、全身を使って遊ぶ機会が減っていること」が受けている要因だ、という「インプレ」会社の社長のコメントを紹介していた。
断わっておくが、ポートランドのインドアプレイグラウンドは、雨が多い秋から春までに限られており、夏場にはない。「子供らは外で遊べ」というわけである。
日本の子供らも、ショッピングセンターのインプレでばかり遊んでいないで、外の空気を吸いながら遊びなさい。ポートランドほどには雨は降らないのだろうから。
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