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先日、一年ぶりに日本に行った。その帰り、サンフランシスコ空港の検疫の係官に
「アンタ、フィリピン人かい?」
と聞かれた。色の黒い私は昔から南方系と言われ続けてきたから、いまさら動じたりはしない。が、日本滞在中に、日本の女の子たちは色が白くなったなあとしみじみ感心してきた後だったので、ちょっとズキッとした。いいんです。私の心の友はゴクミと薬師丸ひろ子ですから。
今回の日本行きでは、例の新型肺炎に振り回された。里帰りに仕事も兼ねていた夫が成田到着の翌日から出社しようとしたら、東京の本社から「潜伏期間が終わって、感染していないことが確認できてから来ること」と言われた。人間ドックを予定していた病院からも、同様の通達。香港から飛んできたというならともかく、アメリカからなんですけどねえ。
そんなお達しが出るくらいだからさぞや日本列島は緊迫しているのだろう、と戦々恐々としていたのだが、到着した成田空港にはマスク姿はまばら。なーんだ、マスコミが騒ぎすぎてるだけだよ、と気を緩めたら、二週間の日本滞在が終わりに近づいたころに熱と咳が出始めた。
私が
日本での第一号患者
かな、と思った。そんな厄介な病原菌を持ち込みおって、と世間から冷たい目で見られてしまうのだろうか。いや、見られることなどないのか。隔離されるんだもの。この先しばらく私に接するのは宇宙飛行士みたいないでたちの看護士だけだ。優しくしてくれるといいな。無事に生還したら、手記など書きます。
などと悲壮感に浸っていたが、結局はただのたちの悪い風邪であった。暖かくなったかと思うと肌寒い日に逆戻り、という気まぐれな春の天気にやられたのだ。
アメリカ行きの飛行機に乗るべく成田に行ったときには風邪は七分どおり治まっていたが、それでもまだけっこう咳が出た。SARSのせいか、それとも不景気のせいか、連休というのに不気味なほどに閑散としていた空港では、咳をすると、周囲の人がピッと緊張するのがわかった。飛行機の中で、ゲホゲホと咳をする私の隣に座った若い男性は、成田からサンフランシスコまで、ずーっとマスクをつけたままであった。
こうしてSARSには罹らず無事にアメリカに戻った。が、実は私は伝染病の不安をもうひとつ抱えている。
日本に行く直前、しばらく留守にするから、と大慌てでほうぼうで用事を済ませていたときのこと。近所の郵便局に行ったら、入り口から少し離れたところに犬が繋がれていた。中型のおそらく雑種で、白い毛は短く、耳のところだけ薄いベージュ。いかにも手持ち無沙汰という感じのつまらなさそうな顔で、前を通りすぎる私を目で追った。
私が中で用を済ませてから出てきたときにもまだその犬は繋がれたまま。しらけたような、ふてくされたような表情に、つい「イヌ、イヌ」と声をかけながら鼻先に手を出したら、いきなり「ウウゥ」と喉を低く鳴らして歯を剥いた。「イヌ」などと異国語で呼ばれたのがよほど気にくわなかったらしい。
差し出した手はさっと引っ込めたものの、身を引くのが一瞬遅くて、右膝のちょっと上をガブッと噛まれた。「イテテテ……何てことするのよ」と言ったら、犬はちょっと戸惑ってからガウガウと吠え、やがておとなしくなった。
噛まれたところはズキズキと痛んだけれど、穿いていたパンツも破けていないし、たいしたことないだろうと思いつつ車に乗ったところ、しばらくしてシートを濡らすほどに血が出てきた。家に帰って見てみたら、ちょっと肉がえぐれた傷に、大きめの引っ掻き傷のようなものが二本。マキロンで消毒しながら、
病院に行こうか
どうしようか迷った。
我が家にある十年以上も前の「家庭医学大百科」によると、狂犬病に感染している犬は口から泡をふいて興奮状態だとか。私を噛んだヤツは、興奮どころか、倦怠というか厭世というか、そんな雰囲気をたたえていた。翌日に迫った旅行の荷作りもまだ手付かずだし、ほかにもいろいろやることがあるし……ま、いっか、とバンドエイドでその場をしのいだ。
それから三週間。傷はすっかりよくなって、もうかさぶたも取れた。体調にも変化はない。が、感染するとほぼ百パーセント死に至るという狂犬病の潜伏期間は、二週間から八週間。ドキドキの日々である。
離れていたのはほんの二週間だったのに、ポートランドの景色はすっかり変わっていた。出発する前には芽吹き始めたばかりだった庭先の木々が鮮やかな黄緑色の葉をこんもりと茂らせていたり、近所の庭にはハナミズキや八重桜が咲き誇っていたり。東京に比べるとまだまだ肌寒いのだが、それでも、春が駆け足でやってきたようだ。
旅行で家を空けるときにはいつも、エサとトイレの世話だけをひとに任せて置いていく猫のことが気がかりだ。が、今回は、友人夫婦のランディとなおさんが、ベビーシッターならぬネコシッター&ハウスシッターとして我が家に住んでいてくれたので、一年ぶりの日本滞在を気兼ねなく楽しむことができた。
アメリカで出会って結婚した彼らは、つい先日まで、ランディの仕事の都合で東京に暮らしていた。日本人のなおさんは、海外駐在員の妻として日本に住んでいたことになる。が、このほどランディが会社を辞めて、アメリカ・ニューメキシコの大学に行くことにした。彼らは学校が始まるまでの一カ月のあいだ住む場所を、ランディのホームタウンであるポートランド辺りに探していたので、それならウチに泊まってよ、留守中の猫の世話もお願いできてこちらも助かるし――というわけで、彼らは四月の中ごろから我が家に滞在しているのである。
ひょろひょろと背が高いランディは、エコロジーに並々ならぬ関心がある。それで、なおさんがつけたあだ名がエコキチ。十七年間勤めた会社を辞めて来月から通い始める学校では、エネルギーの再利用について勉強する。
三年間の滞在で、エコキチ・ランディは日本がすっかり気に入ったそうだ。普通のアメリカ人なら日本の家が狭いことを不満に感じ兼ねないところだが、彼は、小さい住宅は冷暖房の効率がいいと言って、セントラルヒーティングが始終つきっぱなしのアメリカのばかでかい住宅に眉をしかめる。
日本製の家電にもおおいに感心したそうだ。省電力化が進んでいて、冷蔵庫などはアメリカのに比べてずいぶんと消費電力が少ないという。やたらとドアが多かったり、こまごました機能がてんこ盛りだったりの日本の冷蔵庫は小賢しすぎるんじゃないかと私は思っていたのだが、なるほど、エコなのか。
そういわれてみると家電ではないけれど、今回の日本滞在では、日本のトイレは使用する水の量がアメリカに比べて少ないと思った。実際に計ってみたわけではないからあくまでも感じだけれど、ざばーっと流すアメリカに対して、日本ではしゃーっ。大と小を選ぶことができたり、タンクの上に手洗いがついていて水が再利用されたりするのも日本ならではだ。
エコキチ・ランディは、猫の世話のほかに、我が家の庭の芝刈りをしておいてくれた。一回やるだけでいいよ、と言っておいたのに、二週間のあいだになんと四回も芝を刈ったそうだ。夫と私はいつもお互いに押しつけ合って、二週に一度くらい根負けしたほうがしぶしぶ芝を刈るというのに、ランディは、四回も。伸び放題でぼうぼうだった芝生が、ゴルフ場ですかといいたくなるほどにきれいに刈られている。
「端っこも切っておいたからね」
芝刈り機ではうまく刈ることのできない縁の部分も、専用の道具を使ってきちんと処理されていた。
家じゅうの電気はこまめに消して歩くし、リサイクルにも熱心だし、洗いものをするときの水もじゃーっと勢いよく出したりしないなおさんとランディは、これからのアメリカ生活に必要だから、と車を買った。トヨタのエコーという車だ。さーすが、エコ夫婦、車もエコなんだねえ……と感心したが、よく考えてみたら、エコロジーのエコではなくて、「こだま」の意味のエコーなのであった。
若い女の子を白けさせるオジさんのダジャレレベルの発想に自分でも驚いた。日本から戻ったばかりの時差ぼけのせいか。それとも犬に噛まれて犬並みの思考力になってしまったのか。病院に行こうかどうしようか、また迷い始めた。
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