去年の夏、「この冬はきっと風邪をひかないだろう」と書いた。娘の外遊びにつきあって、毎日イヤというほど日に当たったからだ。
私のそんな予想は、あっさりはずれた。去年の九月以来、風邪をいったい何度ひいたかわからない。
インドアプレイグラウンドや学校など、子供がたくさんいるところに出入りしているのがいけないのである。手洗い、うがいを励行して風邪の菌をもらわないように気をつけてはいるのだが、それでも私か娘かどちらかが鼻ズルズル、咳ゴホゴホの風邪ひきになり、やがてそれを母娘の間でうつし合う。
高校のときの数学教師、小松先生は、
「キミたちね、トシ取って風邪ひくとどこが痛くなるか知ってますか。ベロですよ。ベロが痛くなるんです」
と言っていたが(トシといっても、あのときの小松先生はまだ三十代だったはずだ)、私は喉が痛む。風邪のひき始めにはなにかが刺さっているように痛んで食べ物を飲み込むのが辛く、そして治ったと思っても、喉にいつまでもイガイガ感が残り、痰がからむのだ。
その昔、私がまだ若かったころ、その辺のオジさんたちが「ううーん」とか「ががーっ」などと喉の奥からイヤーな音を立てているのを聞いて、「オジさんってホントにやーね」と眉をひそめていたものだ。が、いまや、喉が始終ゴロゴロするオジさんたちの事情が、なんだかよくわかってしまうのである。
去年の九月から娘と一緒に毎週金曜に通っている学校(というか保育園というか幼稚園というか)が、今度はプラントセールなるものをやる、というので、「またですかあ?」とげんなりした。
このプラントセールというのは、去年秋のオークションに続く寄付金集めイベント第二弾だそうで、要するに、生徒の親がプラント――草木の苗――を売って、その利益を学校運営の資金に当てようというものだ。各家庭に課されたノルマは、七十五ドル。
「大丈夫です。プラントは飛ぶように売れますから」
そう言わんばかりに、いかにも楽しいイベントであるかのように書かれたセールの手引きには、
「Just ask FRANK」
とあった。
FRANKとは、
Friends
Relatives
Acquaintances
Neighbors
Kids activities
の頭文字で、「友だち、親戚、知り合い、ご近所さん、そして子供の遊び仲間(の親)に声を掛けてみて」ということらしい。むずかしく考えず、「フランクに」という意味でもあるのだろう。こんな語呂合わせ、気がきいているつもりなのだろうが(考えついた人は得意満面なのに違いない)、プラントを売らされる側の私としては、腹立たしいというか神経を逆なでされるというか。
こぢんまりとしたこの学校の子供をのびのび教育するという方針が気に入って通わせ始めたものの、正直なところ、親があれこれやらされることに辟易し始めている。
私の娘が通っているクラスではミニミールと呼ばれるスナックの時間があるのだが、このスナックも、親が持ち回りで用意しなければならない。クラスが終わった後の教室の掃除も、当番制で親の仕事だ。
学校で子供たちが使ういろいろなもの――糊、クレヨン、ボールペンからティッシュ、紙皿、紙コップに至るまで――も、親たちが買って用意する。自分の子供の分だけを用意するのではなく、みんなで使う分を買ってくる。たいした量ではないのだが、ブランドが指定されているものが多くて、買い集めるのにひと苦労。店を何軒か回って、ようやく買い揃えた。
また、Work Partyと称して、六週間に一度くらいの頻度で、土曜日の午前中に親たちが大掃除に駆り出されたりもする。教室内の掃除をしたり、庭の遊具を直したり作ったりするのだそうだ。九月から五月までのスクールイヤーの間に、少なくとも二回参加することが義務づけられている。参加しなかった場合は、なにがしかのお金を払うことになるのだそうだ(いくらなのだか知るのが怖くてまだ調べていない)。ただの大掃除を「パーティー」などと名づけるところが、またしゃくにさわる。ちなみにウチは、まだ一度も参加していない。
そして、なんといっても大変なのは、秋のオークションと春のプラントセールという、二大資金集めイベント。どちらも、学校側に言わせれば、「楽しいイベントですよ」なのである。が、彼らが楽しがれば楽しがるほど、私は白けてゆくのである。去年の秋のオークションは、ノルマの寄付金七十五ドルが集められず、結局、自腹を切ったわけだし。
この近辺に友だちも親戚も多くいるアメリカ人にとっては、プラントを売るのなどたいした手間ではないのかもしれない。が、外国人として暮らす私たちは、友だちや知り合いの数も少ないし、そもそも、なにかを買ってくれないかとひとに話を持ちかけるのが苦手なので気が進まないのである。私自身、これまでにそういう話を持ちかけられたことが何度かあったから、たいして必要でもないものを義理とかつきあいで買わなければいけない居心地の悪さというのを経験してもいるし。
学校側の説明では、こういうイベントで資金を集めるおかげで月々の授業料を安く抑えることができる、とのことである。
たしかに、授業料は安い。ただ、その安さを享受するためには、親は週末の掃除にせっせと参加したり、オークションの寄付集めに奔走したり、プラントを売り歩いたりして、そうとう努力しなければいけないのである。このからくりに気がついたのは、子供を通わせ始めてしばらくしてからであった。ぼーっとしていると財布からどんどんお金を抜かれてしまう……というか、五千円ぽっきり、というから入ってみたら、実は、あれこれ理由をつけては次から次へと追加料金をチャージする
ぼったくりバーだった、というような感
が拭えないのである。
教室で子供らを遊ばせながら話していたとき、娘のクラスメイトの母さんたちは、プラントセールのことをあまり負担に感じていないように見えた。「ノルマの七十五ドルなんて、自分の家の庭に植えるプラントを買っただけですぐに達成できちゃうわよ」などと言っていた人もいたくらい。よほどのガーデニング好きとみた。
そのあと、やはりクラスメイトの母親であるジェニファーが、
「来年度の入学申し込みが始まったけど、お宅はどうするの? この学校にまた通わせる?」
と訊いてきた。私が声をひそめて、
「うーん、ウチはどこかほかに行かせようかなあ、と思って。この学校、嫌いじゃないんだけど、寄付集めが大変だから」
と言うと、彼女は、
「あ、やっぱり? ウチも同じ」
とさらに小声で言った。
地元に親戚や友だちがたくさんいるアメリカ人でも、こういう寄付集めを負担に感じている人もいるのだ――てっきりみんな「楽しいイベント」にわくわくしているもんだ、と思っていたので、ちょっと意外であった。やはりこういうイベントには、向き、不向きがあるということだろう。
セールでプラントをいちばんたくさん売った人は、一カ月分の授業料(ただし百二十五ドルまで)がタダになるのだそうだ。二番めの人は、サマーキャンプの授業料が一週間分タダ。三番めは、大きいサイズのプランターがもらえるとのこと。
ノルマきっちり七十五ドル分のプラントだけを買って、庭に植えたり友だちにあげたりしようかな、と思っている私には、そんなご褒美はまったく関係ない。が、それにしても、目の前にニンジンをぶら下げられて走らされる馬のようで、なんとも情けない心持ちなのである。
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