アメリカのおいしい生活
3月
20日月曜日

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  #71  真のワールドシリーズ
 
 

 ワールドベースボールクラシックが始まってからというもの、野球好きの夫がそわそわと落ち着かない。
「今日、日本が韓国に負けたら決勝ラウンドへの進出は危ないなあ。あっ、でも、アメリカがメキシコに負ければまだチャンスはあるのか!」
 試合をビデオにとっておいてくれ、とうるさいことこのうえない。
 どうせ日本は優勝なんかしないだろうから、そんなにやきもきしなくたって大丈夫だよ、と言っていたら(なにをかくそう、私はアメリカチームを応援していたのだ)、なんとビックリの決勝進出。夫の喜びようといったら、ちょっと尋常ではない。
 
 三度目の正直でようやく日本は韓国に勝ったが、そのまえ、つまり二連敗したあとには、

イチローのことが気になって

仕方がなかった。彼は、あんなことを言ったのを後悔してるだろうなあ、と。
「戦った相手に向こう三十年、ちょっと日本には勝てないと思わせる勝ち方をしたい」
 ワールドベースボールクラシック(WBC)の、アジアラウンド前の発言である。
 具体的にどこの国とは言明していないけれど、タイミングからして、第一ラウンドで対戦する韓国、台湾、中国を念頭に置いての発言だととらえられても文句はいえないだろう。
 どういう勝ち方がしたいかを表明しただけ、といえば罪のない発言のようでもある。が、アジアのほかのチームを見下した姿勢は明白。おまけに、アジア諸国と日本との歴史的背景を考えれば、ちょっと不用意にすぎる発言だ。
 ところが、ふたを開けてみれば、日本は韓国チームに負けた。しかも一度だけではなく、二度も。
 二次リーグでの対韓国戦では、
「(日本に勝てるようになるのに)三十年? 一週間しかかからなかったよ」
 というサインが客席に掲げられていた。とんだ笑いものである。
 イチローはなんであのタイミングであんな不遜な発言をしたのだろうか。対戦チームを挑発して、発奮させる材料を与える以外になんの意味もないではないか。
 私が王監督だったら、
「こーの、アホンダラッ」
 と、頭のひとつもはたかないと気が済まないところだ。
 おまけに、韓国に負けたときの彼のセリフが、
「僕の野球人生で最も屈辱的な日です」
 この期に及んで、韓国チームを見下す視線はまだ変わらなかった。だれか、イチローに口のききかたを教えてやってくれ!
 まあ、いつもクールを装いながらも、つい力が入るあまりにこういう不適切な発言をしてしまうのが彼の面白さではある(いつも謙虚で優等生的な態度を崩さないヤンキースの松井くんの発言がつまらないのとは対照的)。
 私の中ではイチローは、「前人未踏の四連覇という偉業を……」なんて自分で言っちゃうヤワラちゃんと並んで、言動には逐一注目すべし、のアスリートなのである。
 
 ところで、このワールドベースボールクラシックというイベントはいったいなんなのだろう、と考え続けている。
 サッカーでいうところのワールドカップみたいなもんか? と思っていたが、二次リーグの日本・アメリカ戦でのあの悪名高き判定――三対三の同点で迎えた八回表、三塁からのタッチアップで本塁を踏んだ西岡が、「アウト」とコールされた――を見ていたら、そんなにたいそうなものではなさそうだという気がしてきた。
 なにしろ、審判三十二人のうち二十二人がアメリカ人だというから驚きではないか。プロレスで、悪役レスラーにこっそり(というかあんがいおおっぴらに)スパナを渡したりするレフェリーをなんとなく思い出してしまう。
 それにしても、あの場面であのアメリカ人審判は、よく西岡をアウトとコールできたなあ、と感心してしまうのだ。アメリカチームの抗議により、セーフだったコールを覆してアウトにしたのだから。小心者の私だったら、ああいう場面では、えこひいきと文句が出ないようにと、かえって不必要なくらいに自国のチームに厳しくなってしまうだろうと思うのだが。
 審判もアヤシイが、選手の参加資格というのも相当にアヤシイ。普通のスポーツイベントなら、「参加選手は、その国の国籍を有していること」という一文で終わるところだ。が、WBCのそれには、オプションがいくつもある。
「または、その国の永住権を持っていること。または、その国で生まれていること。または、父親、母親どちらかがその国の国民であること。または、父親か母親どちらかがその国で生まれていること」
 メジャーリーグには外国籍の選手がごまんといるし、そもそもアメリカ人選手といったってつい一世代前にアメリカ国籍を取得したばかりという人もたくさんいる。だから、こうして参加資格にいくつかオプションを設けると、本人はアメリカ国籍を持っていても、よその国のチームから参加することができるようになる。数えてみたら、百八十人ものメジャーリーガーがWBCに出場しているのだ。
 そのほとんどはラテンアメリカの国々のチームから参加しているが、かなり極端な例もある。アトランタ・ブレーブスのアンドルー・ジョーンズ(カリブ海の、オランダ領クラカオ島生まれ)はオランダから出場。また、ずいぶん前にドジャーズで野茂の女房役といわれていたマイク・ピアッツア(ペンシルバニア州生まれ)はイタリアチームから参加している。
 こうして参加資格にオプションをたくさん設けてメジャーリーガーが各国にばらけたことで、WBCはより面白いイベントになるのかもしれない。けれど、私は戸惑うのだ。

「国対抗というけれど、国ってなに?」

と。
 ピアッツアと同じく、イタリアチームから出場したディナルドというボストン・レッドソックスのピッチャーは、
「(イタリア国歌が)あんなに長いなんて知らなかったよ。ようやく終わったときには、またウォームアップし直さなければならないほど。カッコいい曲だけどさ、とにかく延々続いたよ。『天国への階段』の国歌版って感じ」
 と冗談交じりに話していた。彼は、最初の試合直前までイタリア国歌を聞いたことがなかったのだ。
 WBCは、まるでマージャン牌をがちゃがちゃ混ぜて並べ替えたみたいに、メジャーリーガー同士がいつもの組み合わせではない形で戦っているかのようにも見える。大リーガーがたくさん出れば、アメリカ人の関心は高まるし、仮にアメリカチームが負けたとしても(今回はこの「仮に」が現実になっちゃったけれど)メジャーリーグファンの関心をつなぎとめておくこともできる。
 こうして考えていくと、WBCは、権威ある野球の世界大会というよりは、アメリカ主導のお祭りにしかすぎないようだ。サッカーにとってのワールドカップどころか、リトルリーグのワールドシリーズを髣髴させる。
 このリトルリーグワールドシリーズというのは、毎年夏にアメリカで開かれている少年野球の世界大会。アメリカとそれ以外の地域(全世界のアメリカ以外の地域だよ)がそれぞれに予選をし、その一位同士が世界一を賭けて戦うというものである。
 毎年、アメリカ対「それ以外の地域」という図式なのだ。だから、決勝戦には必ずアメリカのチームがいる。アメリカが優勝する確率は、毎年五割。
 きっとなにか事情があるのだと推測するのだが(アメリカにはリトルリーグのチーム数が多いから、アメリカ代表を決めるだけでほかのチームが決勝に行くくらいの試合数をやらなければいけない、とかなんとか)、それにしても、毎年ひとつしかない決勝進出チームの座を狙ってしのぎを削る「その他の地域」から、よく文句が出ないものである。
 なんだか、金持ちのわがまま坊ちゃん(権力者である父さんの脅しが怖くて、遊びに混ぜてやらないわけにはいかない)に都合のいいように牛耳られている、という感じ。
 こうなったらいっそのこと、大人の野球もリトルリーグワールドシリーズみたいにしちゃったほうがすっきりするのではないだろうか。
 毎年、メジャーリーグのワールドシリーズのチャンピオンが、「その他の地域」のいちばん強いところと対戦する、という具合に。どうせアメリカ主導のお祭りなら、参加資格がどうの、などとまわりくどいことをいってメジャーリーガーをあちらこちらにばらまくよりも、「毎年アメリカは決勝進出。どーだ、文句あっか」というくらいまでごり押ししたほうが、いっそ小気味いいのでは? 我こそはアメリカを倒してみせる! と、「その他の地域」のチームも燃えるのではなかろうか。
 まあ、その場合にも、審判だけはぜひとも第三国から連れてきていただきたいものだが。

 
 
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