アメリカのおいしい生活
4月
17日月曜日

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  #73  死に別れの後妻コンサート
 
 

 メジャーリーグ開幕。
 ヤンキースのゲームが毎日のように見られる日々がまたやってきた。
 ジーターくん、元気だった? なんで結婚しないの? いえね、しなくたって私は全然いいんだけどね。ヘンな女に引っかからないようにね、ってそれだけ。あ、もしかして女とは限らないのか? まあどうでもいいけどな。
 ポサダくんは、鼻、治った? シーズン前に、ボールが当たって折れた鼻。キャッチボールの時によそ見なんかしてちゃダメじゃないの。
 テレビに向かって手を振りかねない勢いで、画面に映る選手たちに声をかける。
 と、見慣れない選手がバッターボックスに。
「あれっ、これ誰だっけ?」
「デーモンだよ。ジョニー・デーモン」
 夫が、またかという顔で答える。
 ああ、そうか、デーモンか。レッドソックスから移籍してきたデーモンだ。
 彼はボストンでプレーしていたころには、ヒゲがじゃもじゃで髪も長く、もともとのサルっぽい顔にちょっとガニ股が、いかにも原始人のようであった。それが、ヤンキースに来た途端にヒゲも剃り、髪も短くして――ヤンキースには、見た目をこざっぱりするようにという決まりがあるのだ――見違えるようにすっきりしてしまった。だから、彼のことは、何度見ても見慣れない。
 それに、宿敵・レッドソックスからやってきた、というのが馴染めない理由でもある。ほんの六カ月まえまでは、にっくきボストンの一番打者で、彼がバッターボックスに立つたびに「コイツを塁に出すとちょこまか走って厄介なことになるから、絶対にアウトにしろ!」と画面に向かって叫んでいたのに、気がつけば味方になっているのだ。応援しなければいけないところではあるが、昨シーズンまでの憎々しさがまだ心の奥底に残っているというか、急に手のひらを返したように声援を送るのが気恥ずかしいというか。
 そんなこんなで、シーズンが始まってしばらく経つというのに、デーモンを目にするたび、「あっ、この人、いまやヤンキースだったっけか」といまだに軽くビックリしているのである。
 
 クイーンのコンサートに行ってきた。ボーカリストのフレディ・マーキュリーは十年以上前に亡くなっているので、正しくは、「Queen + Paul Rodgers」というコンサート。
 一緒に行ったのは、友人のタクミさん。七歳、五歳、もうすぐ三歳の三児の母である。彼女も私も、夕飯を作ってから夫に子供を押し付けて、家を飛び出した。
 前座もなく、ほぼ予定通りの八時過ぎからコンサートは始まった。一階席の前から二列目。すぐ目の前の席の人たちが演奏が始まる前から立っているのを目にして、「邪魔だから座ってて欲しいよねえ」などとけだるく言っていた主婦ふたりであったが、ひとたび会場が暗くなってブライアン・メイのギターを耳にしたら、私たちも思わず立ち上がってしまった。
 ボーカルのポール・ロジャースという人は、バッド・カンパニーというバンドのボーカリストだそうで、このコンサートの直前に読んだ新聞記事によれば、フレディが生前、憧れていたというか、歌い方を真似てみたこともあった人なのだそうだ。小柄で筋骨隆々。
「からだはムキムキだけど、顔は、なんだかボブ・ディランっぽいよねえ」
 と私が言えば、
「角度によっては、寺尾聡じゃない?」
 とタクミさん。
 ああ、たしかに。小さな目とカッパみたいな前髪が似ている。
 そういう目で見ると、ブライアン・メイは、「できるかな」のノッポさんみたいだし、ドラムのロジャー・テイラーはデニス・ホッパーみたいである。
「私たち、喩える人がいちいち古いよねえ」
「そうだねえ」
 それにしても、ロジャー・テイラーの老けぶりには驚いた。太ったというか、むくんだというか。しかも、白人の年寄りにありがちな赤ら顔になってしまった。昔は女の子みたいに華奢だったのに。
 男は年を取ると、

腐っていくタイプと枯れるタイプ

がある、と言ったのは、いまはサンタフェに住むナオさんだが、そのタイプ分けによれば、ロジャー・テイラーは確実に腐っているといってよかろう。水分が多くて、輪郭がだんだんぼやけていっている感じ。若い頃がシャープな印象だっただけに、その落差には愕然とする。
 しかも、彼がドラムセットから離れ、前に出てきて歌い始めたときには、下半身の細さに驚いた。大きくなっていっているのは上半身だけで、足が妙にかぼそい。この上下のアンバランスが、老けた印象にますます拍車をかけるのだ。
「あー、マーロン・ブランドみたいになっちゃってるね」
 タクミさんは、またしても古い人を持ち出してきた。
 ギターの響きに「おおっ」と立ち上がって始まったコンサートは、しかしながら、その後、私のなかで思ったほどに盛り上がらなかった。
 ロックやポップスのライブパフォーマンスというものは、音楽半分、その場の雰囲気半分、と私はいつも思っている。小さな会場でのライブはいざ知らず、大きな劇場やスタジアムでのコンサートでは、どんなに音の配分に気を配っても、楽器の音同士(どれも大音響)がガチャガチャと混ざり合い、ときにボーカルの声をかき消してしまうことさえある。純粋に音楽だけを楽しみたいなら、ヘッドフォンでオリジナルのCDを聴くほうがよっぽどいい。
 それでもコンサートに出かけていくのは、普段CDやテレビでしか触れることのできないアーチストたちが実際に目の前で動いている(というか演奏している)姿を見たいからだし、同じ場所に身を置いて同じ空気を吸いたいから、である。音楽はおまけ、とまではいわないけれど、多くの場合、大音響のなかに、自分がCDなどで聴いてすでに知っている旋律をなぞることになる(だから、たいして聴いたこともないアーチストのコンサートにうっかり行ってしまうと、どういう曲を演奏しているのか、旋律さえわからない)。
 今回のクイーンのコンサートでも、頭のなかにすでにある旋律をたどることになったわけだが、それに並行して耳から入ってくる声が、いつも私の頭のなかでクイーンの歌を歌う声ではなかったものだから――つまりフレディ・マーキュリーの声ではなかったから――ちょっと奇妙な感じがした。
 寺尾聡似のポール・ロジャースは、ちょっとハスキーな声がセクシーで歌もたいそううまかったけれど、ぞわーっと鳥肌が立つような、オペラ歌手みたいな声のフレディとはまったく別物なのだった。
「死に別れの後妻はツラい」
 とは、まえの奥さんを病気で亡くした父と結婚した私の母がときどきボソッという言葉だ。伴侶に先立たれると、残された者には想いが残されている(しかもその想いは時とともに美化されていきがちだ)。だから、先妻と死に別れた人のところに嫁ぐと、なにかにつけてまえの妻と比べられてしまうから大変なのだ、と。
 死んでしまったフレディの代わりにクイーンの曲を歌うポール・ロジャースは、まさに「死に別れの後妻」であった。
 彼自身、フレディの代わりになり得ないことを知っていたようで、フレディの物まねは決してしなかったし、いかにもフレディらしい曲(「キラー・クイーン」とか「愛にすべてを」とか「プレイ・ザ・ゲーム」など)はあえて歌わなかった。さすがに「ボヘミアン・ラプソディ」をやらないで済ませることはできなかったらしく――といってポール・ロジャースが歌うわけにもいかなかったようで――この曲を歌っているフレディの映像を正面のスクリーンに流し、それに合わせてロジャーとブライアンが演奏する、という仕立てにしてあった。まるでフィルムコンサートのようであった。
 チケットを買うときから、フレディなしのクイーンだとは承知していた。それに、「フレディがいないクイーンなんて、ほとんどコピーバンドみたいなもんだけどね」と周りに自嘲気味に言っていたくらいだから、私はたいした期待もしていなかったはずなのだ。それでも、実際にコンサートに行ってみると、見知らぬボーカリストが歌うのを目の当たりにしながら、「もしかしたら次の曲は」「この次の曲こそは」とフレディの片鱗を探してしまった。そして、ついに見つけられずに終わって「やっぱりフレディなしのクイーンなんてあり得ないんだね」と嘯いたとき、不思議な満足感があった(もしもポール・ロジャースがフレディそっくりに歌っていたとしたら、「フレディの物まねじゃないか」と酷評したに違いない)。
「ボヘミアン・ラプソディ」のバックに流された古い映像のなかで、フレディは若いときの姿のまま、はつらつと歌っていた。そのスクリーンのまえで演奏しているブライアン・メイとロジャー・テイラーの老いが、余計に際立った。
 なんだか

見てはいけないものを見てしまった

ような、そんな気分になった晩であった。

 
 
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