ここのところ、もうすぐ二歳半になる娘の学校探しに忙しい。
いや、学校といっても、週に二日、半日ぐらいずつ預かってくれるところを探しているのである。託児所や保育園でも「スクール」と謳うところが多いので、すっかり教育熱心な親になってしまったような気分だ。
娘を預けたい理由は、ふたつ。
ひとつは、ぼちぼち英語を覚えたほうがいいのではないか、ということ。人見知りの時期を過ぎて、娘はいま、話しかけたがりである。公園で遊ばせていると、自分より少し大きな子について回ってはなにやら話しかけている。が、英語をよく知らない娘は日本語で話しかけるから、よその子供は「?」となるし、英語で返されれば、娘のほうが「?」となる。そろそろ英語に触れさせてやらないといけないかなあと思うのだ。
もうひとつの理由は、私が自由な時間を持ちたいから。子供はいやでもいつか手を離れていくのだから一緒にいられるあいだをなるべく楽しんだほうがいい、とはよく聞くことだ。が、私はどちらかというと「早く自立してほしい」と願っているタイプである。もうそろそろ四六時中一緒にいなくてもよかろう、と思い始めている。
そこで、どういうところが二歳半の子供を預かってくれるのか、リサーチを始めた。
アメリカの教育制度というのは多様なのでいまだにきちんと把握できているのかどうか不安なのだが、六歳で小学校に入るまえに、キンダーという一年間が義務教育としてある。そのまえは、プレスクールと呼ばれる幼稚園に、一年か二年通うのが普通のようだ。
プレスクールは、三歳から受け付けるというところがほとんどである。新たなスクールイヤーが始まるこの九月にまだ三歳にならない我が家の娘は、プレスクールにはまだ早すぎる。したがって、娘が行かれる「学校」というのは、
デイケア――日本でいうところの保育園
――ということになる。
ひとくちにデイケアといっても、個人の家で小規模にやっているものから、全国規模に展開しているチェーンのデイケアまで、いろいろ。とりあえず、ウチから二十分圏内のデイケアをしらみつぶしに見て回ることにした。
Gは、子供ふたりを通わせている友人が「とてもいいわよ」と教えてくれた、チェーンのデイケアだ。小さなショッピングセンターのなかにある。年齢別に区切られた教室は、どれも明るくてこぎれい。施設内を案内してくれた女性の歯までが真っ白なのが象徴的であった。
「それで、お値段はいかほど……?」
「四百六十一ドルです」
火曜と木曜、それぞれ朝から昼食後まで半日預けての一カ月の値段である。しかも、昼食さえもつかない(親がお弁当を用意して子供に持たせる)。
「ああ、さようですか」
と涼しい顔をしながら、内心、ぶっ飛んでしまった。おまけに、二歳児のクラスはいまいっぱいで、空きが出るとしたら三カ月先だと言われた。
「空き待ちのリストに載せてほしいなら、入学金をいま納めていただくことになります。いまならあなたがリストの最初ということになりますよ」
いったん払ったら返金しないという入学金は、百五十ドル。再び小声で「さようですか」と言いながら、このデイケアを後にした。
子供の教育にお金がかかる、とは聞いていた。が、これほどとは。現実という名の石で頭をガツーンとやられた気がした。
教室はキレイだったけど庭が狭かったからここはダメ(ショッピングセンターのデコレーション用に申し訳程度に作られた芝生のエリアだけが自由に走り回れるスペースであった)などと難癖をつけ、心を落ち着けることにした。
次に行ったのは、やはり全国チェーンのK。Gと同じくチェーンでも、こちらのほうが手広くやっているらしく、支店があちこちにある。
相手をしてくれたのは、ソニアという名の元気なおばあさん。慣れた様子で施設内を案内してくれた。G同様、ショッピングセンターのなかにあるこの学校もまた、明るくてキレイ。たぶん、全米どこのKの施設へ行っても似たり寄ったりの、均一な世界なのだろう。そこがチェーン店の安心できるところであり、つまらないところでもある。
Gと違って、庭が広く、遊具も備えている。
料金はGより少し安いくらいでほぼ変わらず。チェーン店はやはり横並びだ。ただ、返金しないという入学金は、Gの半額以下。
「空きは三カ月先です。いまならあなたが空き待ちリストの最初です」
チェーンデイケアの常套句なのだろうか。Gとまったく同じことを言われた。
ここにしようかな、とほとんど心は決まっていたが、いちおうほかのところをざっと見てからでも遅くはなかろうと思い、入学金は払わずに出てきた。
その日、ほかのデイケアもいくつか見て回ったが、チェーン店のこぎれいな施設を見たあとでは、どれも見劣りするというのが正直なところであった。教室がちょっと暗かったり(私は家でもなんでも明るいのが好きなのだ)、プレイグラウンドのすぐわきに高速道路が見えたり。
やっぱりKに決まりだな、と翌日の朝一番(九時半ごろ)に、入学金を払うべくチェックブックを携えていったところ、ソニアは、
「タッチの差でほかの人が申し込んでしまったのです」
と言う。
「次の空きは?」
「調べてみないとわかりません。今日か明日、電話します」
ソニアの言葉を信じて電話を待ったが、いっこうに連絡がない。業を煮やしてこちらから電話すると、Kの総責任者だという若い女性が応対に出た。
「ソニアから連絡がくることになっていたんですが」
「あらまあ(それはけしからん、という口調)。彼女、今日はもう帰りました。私でお役に立てるかしら」
かくかくしかじかで次の空きが出るのがいつなのかを調べてもらうことになっているのですが、と言うと、総責任者は、
「調べて明日の朝、いちばんに電話します」
と言う。
で、翌日の朝、電話を待ったが、来やしないのである。部下も部下なら上司も上司。電話を返してこないことなどアメリカでは日常茶飯事だが、教育に携わる人でもこれか、と思うとガッカリだ。
午後にこちらから電話をすると、前日に話した総責任者が出た。
「今朝、電話をいただく約束でしたが」
電話線の向こうの彼女は、私の名まえを聞いて「あら」と言い、連絡しなかったことを詫びもせずに「ちょっと待って、いま調べますから」。
一分後に出てきた彼女は、
「えーと、次の空きは来年一月ですね」
とのたまった。
バカヤロウ、である。そんなに簡単にわかることなら、もったいつけずにさっさと電話して伝えてほしい。こんなふざけた学校、こっちから願い下げだ。
仕方がない、最初に見学したほうのGに決めよう、と思い、電話で「いまから申し込んでもまだ空き待ちリストの最初かしら」と訊ねると、
「ウェイティング期間は六カ月から一年です」
という答えがすぐさま返ってきた。何歳児のクラスを希望しているのか、と訊きもせずに。
GもKも、見学しにいったときには「いま入学金を払えば三カ月先には入れますよ」とソフトな対応だったのに、ほんの数日経っただけで、まるで目のまえでぴしゃりと戸を閉めるような素っ気なさである。どちらもたまたま私の次に見学に来た人が即決したのだろうか。それとも、とりあえず甘いことをいっておいて返金不可の入学金をその場で払わせようという魂胆……? こんな穿った考えが浮かぶほど、私はすっかりデイケア不信になってしまった。
ため息をつきながらリサーチをし直した。いくつか電話をしたり見学したりして、ひとつ、これはという学校を見つけた。
それは、ファンタスティック・アンブレラ・ファクトリーというふざけた名まえの学校で、デイケアというよりは幼稚園。二歳半の子供から受け入れるので、ウチの娘はギリギリだ。しかも、オムツが取れているか、あるいは少なくともオムツが汚れたことを教えるくらいにはなっているように、というのが入学の条件。
この学校はいままでに見たデイケアのように、「ここは二歳児の部屋、あっちは三歳児の部屋」とドアで仕切っておらず、低いパーテイションで区切っているだけなのでオープンな感じである。入り口を入ってすぐの棚にはアルマジロの剥製。電子ピアノにギターも無造作に置いてある。
なにより驚いたのは、ほかの学校を見に行ったときには「おうちかえるー」と泣き泣きだった娘が、この学校では泣かず、それどころか私の手を離れてほかの生徒に混じってお絵かきを始めたことである。
「僕はね、三歳」
「僕は四歳。(ウチの娘を指差して)このベイビーは何歳?」
娘と一緒にお絵かきをしていた男の子たちが、娘と私に話しかけてきた。娘が手を伸ばして四歳の子の絵の具を使い始めても、その子は慌てず騒がず、娘のやりたいようにさせてくれた。
学校のなかを案内してくれた若い女の先生は、あまり愛想がないかと思いきや、
「私も高校のときに日本語を習っていて、そのころはけっこう話せたのよ。いまはちょっとアヤしいけど」
と笑顔を見せた。フリップフロップを履いた足の甲には、刺青。
帰りたくないという娘をテーブルからひっぺがし、見学を終えて車に乗り込むときに娘が、
「がっこう、すっごいたのしかったねえー」
と言った。
幼児にとって学校なんてどこも大差ないのでは、と思っていたが、やはり相性というか好みというものがあるのだ。
いまのところ、いちおうオムツはずしトレーニング中、ということで、このファンキーな学校に九月からの入学を許してもらえそうな気配である。
これから入学までの一カ月弱のあいだに、スカッとオムツが取れてくれるといいのだが。
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