アメリカのおいしい生活
5月
19日月曜日

Back Number

About the Author

Mail to the Author

 

 

 

  #8  疫病神の野球観戦
 
 

 先週、シアトルへ行った。ポートランドからは車で二時間半。ルート5をひたすら北上する。
 一泊二日というなんとも忙しないシアトル行きの目的は、野球観戦であった。マリナーズ対ヤンキース。二月一日の売り出し日、きっかり午前十時にオンラインでチケットを手に入れたのだ。そういえばこの日、チケットを買うために立ち上げたパソコンで、スペースシャトルの事故のことを知ったのを思い出した。その後の戦争で、このニュースはすっかり影が薄くなってしまった。
 初めて訪れたセイフコフィールドは、新しくてきれいな球場であった。数年まえ、外野観客席の天井がはがれ落ちたヤンキースタジアムのボロさ加減とは雲泥の差。隣にはこれまたぴかぴかのフットボール場もあったりして、ブロンクスのごみごみした市場の隣に陣取るヤンキース球場とは対極にあるような、ちょっとこっ恥ずかしいくらいの清々しさである。
 観客の八割は日本人かと思うほど、日本人が多かった。イチローと松井の直接対決を観戦するために日本から飛んできた人もずいぶんいたのだろう。
 マリナーズの本拠地での試合だから、観客のほとんどはマリナーズの帽子やTシャツを身に着けていた。が、私はもちろんヤンキースのファンである。紺地に白のNYマークがついた帽子を被って行った。寒かったので、ヤンキースのスウェットシャツも着用。胸には

Back to Back World Champions

と書いてある。九十九年に二年連続で優勝したときに買ったものだ。マリナーズはワールドチャンピオンになったことがあんのか? うりうり。
 敵地にあっても私と心をひとつにしてヤンキースを応援するはずだった夫は、西海岸に引っ越すことが決まった去年の終わりくらいからさっさとマリナーズに鞍替えしてしまった。球場に着くなり、方位磁針みたいなマークのついたマリナーズの帽子を買って得意げに被り、「イチロー、イチロー」とはしゃいでいた。かつてのヤンキースファンとしての矜持は、いまや微塵もないらしい。まったく、嘆かわしいことである。
 さらに気に入らないのは、どっぷりマリナーズファンみたいな顔をしていながらヤンキースの松井のことも気にしているという点である。松井がヒットを打たずに凡退すると、夫は、「なにやってんだよー」などとつぶやく。いったいどっちを応援してるわけ? 結局のところ、ただの日本人選手ファンってこと? まあ、その日セイフコフィールドに詰めかけた日本人の観客のほとんどは、ウチの夫同様、イチローと松井(と長谷川と佐々木)を応援しにきたのだろう。一塁側外野席の上のほうに、日本語のサインを用意してきた一団がいた。イチローの打席のときには「技だ イチロー」と書いてあるのが、松井のときにはくるっと引っ繰り返って、「パワーだ 松井」となった。 
 そんなに日本人が見たいんだったら、日本でプロ野球見てればいいじゃんか……などと意地悪なことをちらりと思ってしまったのは、ゲームが進むにつれて私の機嫌がどんどん悪くなっていったからだ。その日のヤンキースにはまったくいいところがなく、エラーはするわ、チャンスにヒットは出ないわ。
 松井は、二回連続で満塁の場面に出てきた。一度めはダブルプレー寸前という冴えない当たり。ツーアウトだった二度めは内野ゴロ。あーあ。「おらおら、打てよー」と酔っ払いのオジさんのようになじりたくなるのであったが、一方では、ヒデキったらかわいそうに、とお母さんのような気持ちにもなった。満塁にヒット、ましてやホームランなんか出た日にはまるで松井がヤンキースを支えているといわんばかりにほめそやす日本のマスコミは、満塁に凡退すれば「チャンスを潰した」と、松井のせいで負けたとでもいいたげに一斉にこきおろすからである。
 それにしても、バッターボックスに立つヒデキを見ていると、日本人やのう、と思う。足が、短いのだ。よりによってやたらと足の長いバーニーの次の打順というのがつくづく不運である。松井の次の打者、キャッチャーのポサダも足は短いのに、なんでヒデキほど全体のバランスが気にならないのだろう……そうか、ポサダは頭がきゅっと小さいのだ。
 先月、東京で会った友人が、「松井が大リーグに行ってよかった」と言っていた。ようやく日本人らしい体型の選手が行ってよかった、と。イチローや新庄は日本人離れした体格でスラッとしすぎていたので、日本人はみんなあんなにスタイルがいいのだという間違った印象をアメリカ人に与えかねない、と心配していたのだそうだ。
 エラーにつけこみながらじゃんじゃん点を取るマリナーズに、ちまちまとスコアを稼いで追いつこうとがんばったが、結局、我がヤンキースは十二対七で負けてしまった。
 ガックリ肩を落とす私の隣で、にわかマリナーズファンの夫がこれみよがしに喜んでいた。そんな私たちの様子を見ていた真後ろの席のおじいさんが、「ダンナのこと、殴ったれ」と言った。ウチの夫を殴ってヤンキースが勝つのだったら、いくらだって殴るのだが……。
 これで私の今シーズンの大リーグは終わりである。というのはやや大げさだが、少なくとも、生でヤンキースを見る機会はおそらくこれが最後だ。セイフコフィールドでのヤンキースとの対戦は今シーズンはもうない。だから、プレーオフで顔を合わせない限り、シアトルでヤンキース戦を見ることはできないのだ。まだ五月、野球シーズンが始まったばかりだというのに。
 手元にマリナーズの今季スケジュールがあったのでチームごとの対戦数を数えてみたところ、大リーグのゲームの組み方がいかに偏っているかというのがわかった。マリナーズは、オークランド、アナハイム、テキサスなど西地区のチームとはシーズン中にそれぞれ十九から二十ゲーム戦うのだが、中部地区の五チームとはそれぞれ九試合、東部のチームに至っては、対ボストンの七試合なんていうのもある。ちなみに対ヤンキースは九ゲームで、そのうち六ゲームはヤンキースタジアムでの試合。
 広いアメリカを移動しながらプレーするのは大変だから、なるべくなら近場のチーム同士で戦いたい気持ちはわからなくもない。しかし、スポーツというものは正々堂々、フェアーであるべきなのに、こんなにも偏っていていいのだろうか。リーグ内のチームすべてと満遍なく対戦すべきなのではなかろうか。
 まあ、野球はアメリカの大いなる娯楽なのだからそう目くじらを立てるほどのことでもないか。だいたい、球場の大きさや形がチームによって全然違うんだし。でも、フェアーかどうかはどうでもいいから、マリナーズとヤンキースとの対戦をもっと増やして欲しい。アメリカでは、テレビ放映されるのはほとんど地元チームのゲームだけなので、オレゴンの我が家でヤンキースを見るためにはマリナーズと戦ってもらうほかないのだ。(皮肉なことに、日本にいるほうがヤンキース戦を見ることができる。アメリカにいる私が見られずにカリカリしているというのに!)
 ニューヨークから三千マイルも離れたところでこんなにも熱くヤンキースのことを想っている私に、なぜ彼らは意地悪をするのだろうか。私がわざわざシアトルまで行って見た試合はボロ負けだったのに、翌日と翌々日は、ヤンキースがスカッと勝ったのだ。三戦目なんかスターティングメンバー全員がばかすか打って、十六対五で快勝した。そういえば、ニュージャージーに住んでいたころにも、私がヤンキースタジアムに行って応援すると、どういうわけか

ヤンキースの覇気がなくなる

のであった。そんな話を同じくヤンキースファンの友人にしたら、「じゃあもう見に行かないで」と真顔で言われた。
 私が見に行くと負けるヤンキース。今年は安泰だろう――私は彼らのゲームのほとんどをテレビでさえ見ることができないのだから。万が一、サンフランシスコ・ジャイアンツとワールドシリーズで対戦することにでもなったら、がんばってチケットを取り、飛行機に乗って見に行こうかな。ヤンキースからの回し者に、羽交い締めで阻止されそうな予感はあるが。

 

 

 
今週の2枚

「敵地」にて。
 

マツイの足。
Click for the Big Size
Photo: (c) Yoko Oishi
 
Copyright 2003 by Yoko Oishi, Boiled Eggs Ltd. All rights reserved.