アメリカのおいしい生活
11月
20日月曜日

Back Number

About the Author

Mail to the Author

 

 

 

  #86 ポケット英単語帳3
 
 

wonder(動) 〜かなあと迷う
 このところ毎晩、まいったなあ、と思っている。寝るまえに読んでいるアーヴィングの最新刊長編、「Until I find you」のことだ。
 はっきり言ってしまおう。
 面白くないのである。
 女たらしの父親に捨てられたジャックが、父親のような男になってしまうことを恐れながらも、だんだん女たらしになっていってしまう話、というところだろうか。まだ三分の一しか読んでいないので全体像がわからないが、いまのところは、どうやらそういうストーリーらしい。
 いつから読み始めてまだ三分の一なんだろう、と思ったら、しおりとして挟んでいた紙がレシートだったことに気がついた。げ、七月十八日に買ったのか。もう四カ月も読んでいるのに、まだ三分の一かあ……。
 もちろんアーヴィングの作品だから面白く読める箇所もところどころあって、「気がついたらもう一時? あらやだ、寝なくちゃ!」という晩もある。が、そんな晩は多くなく、たいていは意地とか惰性で読み進んでいる感じだ。面白いエピソードがつながったり広がっていったりしないので、しまいには、「なんで私はこのジャック少年の幼いころからの性遍歴を読まなければいけないんだろう」という気になってくる。主人公にいまひとつ関心が持てないのだ。
 ストーリーじたいに読み進みたいという魅力を感じないことに加え、セッティングや小道具がワンパターンなのも気になるところだ。オランダ・アムステルダムの売春宿街、メイン州の寄宿学校、それにジャックが選んだスポーツ、レスリング。どれも、アーヴィングの以前の作品に登場した場所であり、スポーツである。正直言って、「またですか?」だ。
 読者というのは勝手なもので、面白い作品を読むと、同じような面白さというかエキサイトメントを求めて同じ作者の別の本を手にする。が、そこに同じような道具立てで似たような世界が描かれていると、「この人、これしか書けないの? つまんない。ぽいっ(本を投げる音)」となってしまう。
 アーヴィングなら面白いに決まってる――そう期待して読み始めただけに、落胆も大きい。
 しおりの下の厚み(まだ五百ページ以上残っている!)を見ると、ため息が出る。このペースで行くと、読み終えるのは来年の夏か。はあー。
 というわけで、読むのを止めようかどうしようか迷いながら、毎晩、アーヴィングをちびちび読んでいる。
 
craving(名) 無性に食べたくてたまらない
 体重が増えた。ウエストも増えた。
 授乳を終えた後のいわゆる産後太りに中年太りでダブルパンチ。そしていちばんいけなかったのは、この夏にさんざん食べたポテトチップだ。
 なぜだか知らないけれど、夏の初めくらいから無性にポテトチップが食べたくなったのだ。ポテトチップが私を手招きしていた、というべきか、それとも、私のからだがチップスを欲していた、というべきか。
 こういう、「無性に○○が食べたくてたまらない」というのをcravingという。薬物などに依存している人が薬物を渇望してしまうのにも使われる言葉だ。理性もなにもすっ飛ばして、とにかく、「くれ!」という感じ。
 最近のアメリカのポテトチップがまた、おいしいのだ。グルメポテトチップと呼ばれる、おしゃれなパッケージに入ったちょっと高級なチップスが。
 私が好きなのは、Kettleというブランド。ここのチップスは厚すぎず、薄すぎず――厚すぎると口の中でぎしぎしするし、薄すぎると物足りないうえにフレーバーばかりが際立ってしまう――ちょうど私の好みである。同じブランドにクリンクルカットという、ギザギザの波型にカットされたポテトチップのラインもあるが、ちょっと無骨な気がして、私は断然、波型でなく、ただ薄くスライスされたものが好きなのだ。
 Kettleのチップスにはいろいろなフレーバーがあるが、私がいちばん気に入っているのは「ヨーグルト&グリーンオニオン」。え、ポテトチップにヨーグルト? と思われるかもしれないが、よくあるサワークリーム味よりも若干酸味があって、オニオン臭さとの相性がとてもいい。
 酸味といえば、「海の塩&ヴィネガー」というフレーバーもある。これには、「ちょっと先例がないくらいに酸味が強くてつんとくる」というサブタイトルもつけられていて、そして食べてみると、看板に偽りなし。一瞬、絶句するほどの酸っぱさなのだ。まるで都こんぶのよう。これが、酸っぱいもの好きにはやめられない味というかなんというか、刺激を求めてついつい手が伸びてしまうのである。
 刺激という意味では、「スパイシー・タイ」の辛さもなかなか強烈だ。が、よくありがちな激辛を謳ったチップスとは違い、ひーひーくる辛さのなかに、ほのかな甘さとショウガの香りが隠れている。
 こうして書いていると、またまたポテトチップ・クレイヴィングの虫がうずいてくる。Kettleのウェブを見てみたら、「赤ピーマンのローストとゴート・チーズ」とか「タスカーニャの三種のチーズ」とか「チェダーチーズ・ビアー」などという、私がまだ試したことがないフレーバーが載っていた。どれも、グルメなレストランのメニューみたいな言葉遣いだ。いったいどんな味がするのだろうか(ああ、食べてみたい)。
 ポテトチップはもう食べない! と誓ったにもかかわらず、スーパーに行くと、チップス売り場に足が向く。中においしいチップスが詰まったおしゃれなデザインの袋をまじまじと見つめ、すごすごと帰ろうとしたそのとき、同じKettleのブランドから「揚げていないポテトチップ」というのが出ているのを発見。袋には大きく、「油で揚げずに焼いた――脂質が六十五パーセント低い」と書かれている。
 いつもなら、そんなものに手を伸ばすアメリカ人を発見しようものなら、「そんなまがいものでもいいから食べたいの? 本物を食べなさい! 本物を!」などとひとり憤るところなのだが、そのときの私は弱っていたので、つい手が出た。そして家に帰っていそいそと食べてみたら、やっぱりガッカリした。このブランドならきっとおいしく作ってあるに違いない、という期待はむなしく裏切られ、紙を食べているような、なんだか悲しい味がした。
 しばらくして、またしても買い物の折にチップス売り場でKettleのチップスを拝んでいたら、私と同じくらいの年恰好のアメリカ人女性がふたりやって来た。ひとりが、
「これ、おいしいのよ〜」
 と言いながら、例の揚げていないポテトチップの袋をひとつ手に取った。
 私は耳を疑ったのだが、次の瞬間、その人の手を取って、
「あなたは幸せな人だ!」
 と言いたい衝動に駆られたのだった。
 
desperate(形) 必死な
 もうすぐ二歳九カ月になる我が娘の懸案事項は、トイレトレーニングである。いや、懸案というのはもちろん親にとってであり、娘本人はオムツでなにがいけないんだろ、と思っているようである。
 夏からのトレーニングの甲斐あって、オシッコはだいたいトイレでできるようになってきた。が、ウンチがどうにもいけない。
 最近のパターンは、寝ウンチだ。
 夜九時半ごろに寝る娘は、十一時から十二時くらいにベッドの上で半覚醒状態で「ふーん、ふーん」といきんでいる。オムツのなかで用を足したあと、「かぁーさーん」と階下にいる私を呼ぶときもあり、そのまますやすや寝入っているときもあり。
 匂いのたちこめる暗い部屋でオムツを取り替えながら、寝ぼけ眼の娘に「今度はトイレでウンチしようね。したくなったら教えて」とささやきかけてみる。娘は「ハーイ」と言うけれど、いまだ実行できた試しがない(最近の娘の「ハーイ」というやたら調子のよい返事は、ほとんど条件反射だ)。
 思えば、娘の寝ウンチは、学校に行きだした九月に始まった。
 それ以前は、午前中や昼食後などに、落ち着きがないなーと思った次の瞬間、ソファーの後ろなどに行って、顔を赤くしていきんでいた。が、幼稚園に通い始めたのと同時に、べッドでの寝ウンチが始まったのである。
 学校でウンチするのは恥ずかしい、と二歳の頭で考えているのだろうか。それとも、先生の手を煩わせることになるから学校でウンチしないといいなあ、という私の思いを察しているのだろうか。
 はっきりと理由はわからないけれど、とにかく娘の寝ウンチは、学校でウンチをしないために彼女が必死に編み出した技である。
 どうせ編み出すならもうちょっと別の技を頼むよ、と思う。
 その一方で、世の中というものに触れ始めた二歳児も、それなりに考えてがんばってるんだなあ――感心しながら娘のオムツを替える日々である。

 
 
Copyright 2006 by Yoko Oishi, Boiled Eggs Ltd. All rights reserved.