アメリカのおいしい生活
6月
9日月曜日

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  #9  パレード好き
 
 

 ポートランドの人々がここのところ浮かれている。五月下旬ころから天気がよくなって初夏めいた日が多くなってきたところにもってきて、

ローズフェスティバル

が始まったのである。
 九六年の歴史を持つこの催しは、ローズシティという別名を持つポートランドの街のお祭りだ。四月の終わりころから音楽イベントなどがちょこちょこ始まっていたようだが、盛り上がりを見せ始めたのは、五月二十九日のローズクイーンコンテストと、翌晩の花火のあたりから。ダウンタウンが見下ろせるローズガーデンには数え切れないほどの種類のバラが咲き始めたし、ウィラメット川沿いのウォーターフロントパークには大規模な移動遊園地が開園して賑わっている。
 フェスティバルのハイライトは、六月七日の土曜朝に行われるグランドフローラルパレードだ。ウィラメット川が東西に分けるポートランドのイーストサイドから出発し、バーンサイドブリッジを越えてウェストサイドへ。四・三マイルの道のりを、フロートと呼ばれる山車やマーチングバンド、馬などが練り歩くらしい。
「らしい」というのは、この原稿を書いている時点では、グランドフローラルパレードがまだ行われていないからである。花で飾られたフロートがそれはそれは美しいと評判のパレードの様子を今回お伝えできなくて残念だ。が、その代わりといってはナンだが、先週の土曜に行われたスターライトパレードというのを見てきた。
 ポートランドに住んで二年という日本人の友人が、「ディズニーランドのエレクトリカルパレードみたいでオススメ」と言っていたこのパレードは、まあ、ディズニーランドというよりは高校の文化祭的なノリであった。ハイスクールのマーチングバンドや、地元の様々な団体が趣向をこらした山車など、全部で九十二の出し物が、ポートランドの西側のダウンタウンを一・五マイルほど練り歩いた。
 マスコミでの取り上げられ方もグランドフローラルパレードに比べると地味で、いわば前座的な匂いの漂うスターライトパレードなのだが、そうはいってもけっこうな人気で、土曜の昼過ぎくらいから、人々が沿道にチョークやテープでしるしをつけたり、椅子やブランケットを置いたりして場所取りが始まり、パレードが始まる一時間前には、最前列はほぼ埋まった。パレードを待つ人たちは、折りたたみ椅子に座って本を読んだりお菓子を食べたり。子供たちは歩行者天国になった車道にチョークで思い思いに落書きをしたり、ティーンエイジャーが人込みを縫うようにキャッチボールをしていたり。
 日中は二十三度くらいまで気温が上がって気持ちのいい天気だったが、日が翳ってからはひんやりとした。前日の花火を見に行ったときにずいぶんと寒い思いをしたので私はしっかり防寒していった。パンツを二枚穿いた上からジーンズを穿き(二枚目のパンツには貼りつけるタイプのカイロ)、上は七分袖のババシャツにセーター、その上からトレーナーにレインコート。お腹のあたりはパンツやシャツが交互に重なり、まるで現金書留封筒の閉じ口のようであった。
 おまけに首にスカーフを巻き、ひざ掛けまで持ち出して、それでも私は洟を垂らしていたのだが、隣にいた白人の太っちょのおじさんは、ずっとランニングシャツに短パンであった。おじさんの娘(十歳くらい、やや小太り)もTシャツに短パン。アラスカにでも行かない限り寒さが骨身に沁みることはない、という雰囲気の親子であった。
 事前に新聞でチェックしていたパレードの出し物のなかで、私が注目していたのは、十四番目の「オキナワダンスグループ」と六十一番目の「イタリアンビジネスメンズクラブ」だ。
 オキナワのほうは、美しい衣装に身を包んだ娘さんたちが、沖縄の地方色豊かなダンスを可憐に踊りながら練り歩く姿が目に浮かんだ。沖縄出身の日本人が始めたダンスグループなのであろう。異国での同胞の晴れ舞台とあっては、無条件に応援したくなるではないか。パレードの数時間まえには、「オキナワダンサーズたちは、いまごろ最後の練習に余念がないことだろう。緊張しすぎて大勢の観衆のまえで失敗などしないといいが」と心配したほどだ。
 しかし、である。私の期待を裏切り、オキナワダンスグループは舞わなかった。二、三十人くらいの日本人と思しき女性が、

提灯を持って歩いていた

だけ。しかも、ほとんどがトレーナーにジーンズなどの平服で、申し訳程度にほんの数人が、黄色に赤の沖縄の民族衣装をまとっていた。私たちが陣取っていた場所はパレードルートの終わりのほうだったから、疲れてしまって踊るのをやめたのかとも思ったが、疲労の色はあまり窺えなかった。
 そのずいぶん後に、「スクエア&ラウンドダンスクラブ」というのも出てきたのだが、こちらはオキナワとは違って、紛れもないダンサーたちであった。山車の上に、チロリアンという感じの素朴な衣装を身にまとった初老のアメリカ人男女が何人もいて、音楽に合わせてフォークダンスみたいな踊りを披露していたのである。単独で踊るおばちゃんなんか、満面の笑みでスカートをたくし上げて、カンカンみたいなダンスをしていた。
 これはこれで、すごいものを見てしまった、というか、どこか私たちの目に触れないところでひっそり踊ってもらっていてけっこう、という気がしたが(太ももを見せていたおばちゃんは特に)、同じダンスクラブの名を掲げていてこの違いは大きすぎる。
 オキナワにも来年はぜひがんばってもらいたいものだ。山車などはいらないから、踊りながら歩けばいいのだ。沖縄舞踊が歩きながら踊るのに適さないというのなら――いっそ、徳島の阿波踊りを取り入れてみてはどうだろう。あれなら音楽も賑やかだし、振りもエキゾチックでアメリカ人には受けるのではないか。いや、もちろんオキナワダンサーズが沖縄というアイデンティティを捨ててしまってはいけないわけだが、とにかく、平服で歩きながら沿道の観衆に手を振るだけというのは、あまりにも芸がなさすぎる。手なんか振っている場合ではない。
 そんなわけで同胞の活躍が見られずに落胆した後は、「イタリアンメンズクラブ」をひたすら心待ちにした。その響きからなんとなく、アルマーニのスーツなんぞをぴしっと着込んだイタリア系のビジネスマンがわんさか乗っているフロートをイメージしたのである。
 が、待ちに待った末にやってきたのは、アメリカ国旗とイタリアらしい赤、白、緑の三角旗で飾られたベニスのゴンドラみたいな形のフロート。その上で、フニクリフニクラみたいな音楽に合わせて体を揺すりながら沿道に向かって手を振っているのは、イタリアンアメリカンと思しき中年男女であった。
 うーん。ワールドシリーズ優勝チームのパレードとか大統領就任パレードとかいうのならわかるが、こういう小さなパレードで、フロートに乗っている人(一般人)からしきりに手を振られてもねえ。
 オキナワにもイタリアにも裏切られたし、洟水も出てくるし、もうそろそろ帰ろうか、とパレードが終わるまえに人をかき分けてパーキングまで戻った。車に乗ったのまでは首尾よくいったが、その後、車がびっちり繋がって身動きが取れず、ダウンタウンから脱出するのに普段の十倍くらいの時間がかかった。警官が道路のあちこちにいるのに、交通整理もしていない。「まったく、人さばきがなってない」とか「ヤンキースの試合後のブロンクスの道のほうが空いてるくらいだ」とか、さんざん悪態をつきながら家に帰った。
 もうパレードはいいや、と帰りの車の中では話していたのだが、翌日、この週末に迫ったグランドフローラルパレードの指定席にまだ空きがある、と聞いて、思わずチケットを購入してしまった。どうしたことだろう。いつのまにかパレード好きになってしまったのかもしれない。

 

 

 
今週の2枚

バラが咲き始めた。
 

パレードを待つ人々。
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Photo: (c) Yoko Oishi
 
Copyright 2003 by Yoko Oishi, Boiled Eggs Ltd. All rights reserved.