すこし前のこと。
我が家で飼っている猫のはなこが、トイレから動かなくなった。砂を入れた猫トイレに三分以上もじっと座っているが、お尻のほうからはなにも出ていない。いったいなにがどうしたのだ、と、当の本人も困惑気味の顔である。
ああ、またか、と私も困惑した。
去年暮れで十五歳になったはなこは、おしっこ方面に問題を抱えているのだ。七、八年まえにも、腎臓と膀胱を患った。そのときは、エサをぱったり食べなくなり、水ばかり飲んでいるのに、トイレに行くとおしっこが出なかった。当時、診てもらっていた獣医に、「腎臓移植も視野に入れてください」と言われてビックリしたものだ。
結局、そのときには腎臓移植までは踏み切れず(肥満体のはなこが全身麻酔の手術に耐えられるかしら、という不安と、いくら家族同然とはいえ猫に臓器移植までするかなあ、という戸惑いが八対二ぐらいで入り混じっていた)、それならというわけで、
フルイドセラピーという点滴療法
を、十日に一度の頻度で自宅にてすることになった。
なんという液体だったかは忘れてしまったが、透明な液体を二百CCほど猫の体に入れるのである。腎臓の機能を活発にさせる働きがあるらしい。猫の首の後ろの皮を持ち上げて、点滴の針をぶすっ。そして点滴のスピードを「点」どころか、つつーっと「線」になるくらいの勢いに上げる。猫の首のところが、見る見る膨らんでいく。冷たい液体が体のなかに勢いよく入ってくるので、猫はぶるぶる震えだす。
先端恐怖気味でおまけに血が苦手な私だが、この猫のフルイドセラピーは冷静にできた。皮膚に毛がたくさん生えていて、針が刺さっていくのを見なくて済むからだろうか。いっぽう猫のほうはいつまで経っても慣れずに、フルイドセラピー用の液体やら点滴の器具やらがしまってある物入れを私が開けるや、ソファの裏やカーテンの陰に隠れたものだ。
三年くらいまえまでは、けっこう几帳面にスケジュールを守って、この点滴ならぬ「線滴」をはなこに施していたのである。そのおかげで、はなこの腎臓はすっかり落ち着いていた。
すこし前に、またはなこのおしっこが出なくなってしまったとき、私は「しまった」と思った。娘が生まれてからというもの「新生児の世話で大変だから」と、フルイドセラピーをすっかりさぼってしまっていたのだ。その娘ももう三歳。とっくの昔に新生児ではなくなった。つつーっと十分ほどで終わるはなこの「線滴」の時間くらい、いつだって作れたはずなのに。
はなこの具合が悪くなったのは夕方で、動物病院がもうすぐ閉まるという時間だったが、事情を話し、なんとか頼み込んで診てもらうことになった。ここ数年の度重なる引越しではなこの主治医はころころ変わってしまっていた。昔からの病歴を知っている医者は、二軒まえに住んでいた家のそばだ。ポートランドのダウンタウンを北から南に突っ切って、三十分の道のり。逃走中の犯人みたいに車を飛ばした。
二年ぶりくらいに会ったDr. Gは、相変わらず太めであった。そして、話すときに目をぱちぱちさせ、白目を剥いたようになるのも。
すぐに撮ったレントゲンの結果、尿管結石が原因で尿が出ない、とのことだった。
「ほら見て、ここ。オスに比べると尿管が短くて太いメスの猫ではこんなところに石が詰まるなんてことは滅多にないんだけど。珍しいわねえ。ちょうど、BBガンの玉くらいの大きさの石かしらね。ほら、同じくらいの大きさの石が、膀胱にもあとふたつ。これも後から動いてきて、また尿管に詰まっちゃうかもねえ」
うっすらと白く写ったはなこの臓器に、ひときわ明るく白く写っていた三つの玉を指差しながら、Dr. Gは新しい発見でもしたかのようにすこし興奮気味に話した。
「すぐに手術ができればいちばんいいのだけれど、あいにくいまは手術ができる時間ではないので、とりあえず溜まった尿を注射器で抜きましょう。これで今夜はたぶん大丈夫なはず。もしかしたら尿を抜いて膀胱が縮んだことで、石が外に出るか、動くかして、自力でおしっこできるようになるかもしれません。明日の朝いちばんにレントゲンを再び撮ってみて、もしもまだ同じところに石が詰まっているなら、手術です。開腹手術か、あるいは腹腔鏡で。ダウンタウンに腹腔鏡手術の専門医がいるので、もしもあなたがそちらを希望されるなら、そこに紹介します」
以前に腎臓移植と聞いたときにもビックリしたが、今回の、猫の腹腔鏡手術にも面食らった。猫の腹腔鏡手術の専門医というのが、この世の中に存在するのだ。ものすごく手先の器用さが要求されるのではないだろうか。猫の尿管に腹腔鏡を入れて、モニターを見ながら手術――考えただけで、肩がばりばりに凝りそうだ。
猫の腹腔鏡手術というものには興味があるけれども値段が高そうだなあ、でも十五歳という年齢を考えると、開腹よりも体に負担が少ない腹腔鏡を選ぶべきなのだろうか――思いが千々に乱れた。
飼い主のそんな葛藤を思いやったのか、はなこはその晩、自力でおしっこした。血の混じったピンク色の尿であった。ベージュのカーペットの上にされたのは痛手だったが、でもとりあえず尿管に詰まっていた石が動いて自力で排尿できたのは幸いであった。
結局、翌朝のレントゲンで、石が外に出たことが確認された。膀胱に残るふたつの石が同じように悪さをする可能性は大いにあるけれど、さしあたり手術の必要はなくなった。
「以前に腎臓を壊したときに、いい水を飲ませたほうがいいんじゃないかと思って、それ以来ずっとボトル入りのミネラルウォーターをやっているんですが……もしかするとそれが結石の原因でしょうか」
ふと思い当たって質問すると、Dr. Gは「うーん」と唸ったあと、
「たしかにそれはあるかもしれませんねえ。水道水のほうがいいかもしれない。ポートランドの水は軟らかいから」
ぱちぱちと白目を剥きながら、丁寧に教えてくれた。
ペットの病気というと、思い出す話がある。友人が飼っている、コーギーという小型犬についてだ。
その犬の名も、ウチの猫と同じくはなこという。
犬のはなこは、ある日、飼い主から桃をもらった。遊びながら食べているうちに、種まで食べてしまった。
しばらくして、はなこの具合がおかしくなった。獣医に見せたら、お腹のなかの桃の種がいけない、と言われ、すぐに開腹手術をすることになった。
手術が無事に済んで、数日後、飼い主夫妻ははなこを迎えに行った。はなこは退院するのがうれしそうであった。
動物病院から自宅までは徒歩で行ける距離。飼い主夫妻は、久しぶりにはなこと一緒に、散歩がてら歩いた。
そのうち、はなこが「くぅーん、くぅーん」と小さな声で鳴き始めた。
「なんだろう?」
飼い主夫妻は首を傾げた。縫い痕が痛むのだろうか。足が短い犬だから、傷が地面に当たって痛いのだろうか。
「もう少しだからね、我慢だよ」
「くぅーん、くぅーん」
小さく泣き続けながらよたよたするはなこの後ろを歩いていた奥さんが、
「あっ」
と素っ頓狂な声を上げた。
はなこのお腹の下から、なにかが出ている。
よく見ると、内臓だった。縫い合わせた傷が開いてしまって、
内臓が路上に出てきてしまっていた
のだ。
だんなさんが慌ててはなこ(と内臓)を抱えて動物病院へ走った。獣医は、内臓をしかるべきところに収めて、今度は念入りに縫合した。
驚くべきことに、はなこは、その後何事もなかったように元気になったそうだ。
このはなしを思い出すたび、私は思わず身をよじらずにはいられない。そして、しばらくののちに、動物の生命力の強さというものに感嘆するのである。
ほつれた縫い痕から内臓がずるずると出てきてしまった犬のはなこが、「開腹手術の体への負担を考えると、やっぱり腹腔鏡手術のほうがいいかしら」などという私の葛藤を耳にしたら、きっと、「けっ」と言って笑い飛ばすに違いない。
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