アメリカのおいしい生活
4月
2日月曜日

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  #95 ポケット英単語帳4
 
 

ironic (形) 皮肉な
 先日、公営プールに泳ぎに行ったときのこと。
 水着に着替え、シャワーも浴びて準備万端、ゴーグルをかけて、さて……とプールの壁を蹴って泳ごうと思ったその瞬間、私のすぐ頭の上にいたライフガードがピピーッと笛を吹いた。
 思わず振り返ると、若い女性の救助員が、高い椅子から急いで下りて走り出した。手には、大きな笹かまぼこみたいな形の救助板。彼女が向かった先は、ライフガードの講習が行われていた深いプール。講習を受けていたのは、高校生と思しき男女が数人。公立校が春休みの週の午前中であった。
 別のところにいた救助員も血相を変えてそちらに走っていった。
 どうやら、ライフガード講習で溺れた人の役をやっていた人が、本当に溺れてしまったらしい。ぐったりとした男性を、何人かでプールからプールサイドに引き上げようとしていた。
 インストラクターの指示で、プールの浅いほうにいた老人の一団がプールから出された。プールの端っこにいた私とほかのふたりのスイマーも、プールから出るように言われた。子供用のプールにいた家族連れも、プールサイドに上げられた。みんなは、濡れた体を震わせながら、プールの向こう側で男性が救助される様子を見守った。
 溺れた人は、ようやくプールサイドに引き上げられて横たえられたが、動かない。水難救助といえば素人の私でもすぐに思いつくマウストゥーマウスも、胸に手を当てての心肺蘇生法もされないのは、呼吸をしていることが確認されたからなのだろうか。それとも……? 
 みんながやきもきしていると、カバかなにか、大きな動物を思わせるような妙な声が聞こえてきた。
「おぉーぅ、うぉーぅ」
 先ほどまで私の隣のレーンで泳いでいた太っちょのおじさんが、
「うめいてるな」
 言った。
 溺れたところを助けられた人がうめいているのはいいサインなのか、それともよくないサインなのかというようなことをおじさんと話しているうちに、プールサイドにいる人々は更衣室で待機するように、という指示が出た。これから救急隊員が来ますから、と。
 というわけで、結局、その日の私は泳げずじまいであった。せっかく水着を着たというのに、プールにちゃぷんと漬かっただけ。
 溺れた人はどうなったのかなあと気になるのだが、その後、新聞にもローカルニュースにも話題が出てこないので、おそらく無事だったのだろう。
 それにしても、水難救助の講習で溺れるというのも皮肉な話である。ライフガードの資格を取ろうとするくらいだから、泳ぎが上手な人なのだろうと推察する。不謹慎ながら、河童の川流れなどという言葉が頭に浮かんできてしまうのだが、河童でさえ溺れてしまうのだから、ゆめゆめ水を甘く見るなかれ、と河童でない自分に言い聞かせた。

suspicious(形) 胡散臭い
 ある日、電話に出たら、
「ヨーコはいますか?」
 と、男の声。テレマーケティングかなにかだろう。
「あの、私がヨーコですが」
 頭のなかで電話を切る算段をしながら言うと、男はいきなり、
「あー、ヨーコちゃん?」
 と日本語で言ったのでビックリした。だれだ? この馴れ馴れしいアメリカ人男は。
 話を聞いてみたら、我が家が近々引っ越すと聞きつけたセキュリティー・アラーム会社からの電話で、新しい家に防犯アラームをつけませんかという売り込みであった。
 私を「ヨーコちゃん」と呼ぶこの男は、奥さんが日本人で、彼自身も日本に何年か住んだことがあるという。要するに、ちょっと日本語ができる彼は、名まえから私を日本人だと察して、日本語で話しかけてきたというわけ。
「フジサワのほうにロクネンくらい住んでた」
 という彼の日本語はなかなか流暢なので感心した。
 しばらく雑談したあと、
「アラームのサービスはいまのところ必要ないので、用事があったらこちらから電話をします」
 私がそう言うと、彼はすらすらと日本語で会社の電話番号を私に伝えた。
 が、そんなバイリンガルの彼でも、見知らぬ女性にいきなり電話で「ヨーコちゃん?」などと言ったらどんなに怪しく響くかまではわからないのだなあ、と思った。外国語を学ぶということは、つくづくむずかしい。

embarrassing(形) バツの悪い、恥ずかしい
 私は、いつか隣の家の犬をクルマで轢いてしまうか、あるいは自動式ガレージのドアでつぶしてしまうのではないかと心配している。
 その犬は、去年の夏からお隣さんが飼い始めたコーギーという種類で、名まえはレッキー。コイツが、まだ一歳にならない子犬なのだということを考慮に入れても、ちょっと見たことがないというくらいに飼い主の言うことを聞かないヤツなのだ。
 昨日も、外出から戻った私が我が家のガレージのドアをリモコンで開け、クルマを入れてエンジンを止め、運転席のドアをガチャリと開けたら、足元にレッキーがちょこんと座ってハアハアしていたのでビックリした。ウチのガレージのドアが開くや否や、私のクルマと一緒にガレージに走り込んできたらしい。
 よそのご近所さんにも同じようなことをしているのか、それともウチだけなのかがわからないが、レッキーは私たちの姿を認めると、全速力で走ってくる。ドアが開いていれば、家のなかまで入り込んでくることもある。我が家に遊びに来た友だちの子供に飛びついて、ノックダウンさせたこともある(子供はもちろん大泣き)。
 そんな折には、隣家のおじさんの
「レッキー、レッキー? レッキィー、レッキィィィーッ!!!」 
 という呼び声が近所じゅうにこだまするが、レッキーはもちろんおかまいなしだ。
 そんなレッキーを、夫と私は愛情も込めつつこっそり「隣のバカ犬」と呼んでいるのだが、驚くべきことに、飼い主であるお隣さんは、そんなレッキーを「賢いヤツ」だと思っているらしい。
「レッキーは頭がいいんだよ。こんなに小さいのに家のなかで粗相をしたことがないんだ」
「ひとりで寝るんだよってベッドをこしらえてやったら、その日からちゃんとひとりで寝るんだ。エライよな」
 などとご主人が私に言ったことがある。ほかにも、どういう理由だったかは忘れたが、レッキーの賢さを強調されたことが何度もあり、そのたびに私は返答に困ったものだ。
 先日は、隣家の十六歳の息子が、ウチのドライブウェイから立ち去ろうとしないレッキーを追いかけ回していた。ようやく取り押さえたところで、
「レッキーってなにか芸やるの?」
 と訊いてみたところ、
「お手ができる」
 と誇らしげに言った。そして彼はレッキーに向かって、
「レッキー、ハンド」
 と命令した。
 レッキーは、ハアハアいいながら私に飛びついている。隣の息子はちょっとムッとした顔をして、
「レッキー、ハンド! ハンド! ハンドォォォー!(叫び方が親子で似ている)」
 と繰り返したが、レッキーは注意も向けずに、私に向かってジャンプを繰り返していた。
「いつもならやるんだけど。こんなにハイパーになってるとちょっとやらない」
 隣の息子はレッキーを抱いて、恥ずかしそうに帰って行った。

 
 
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