我が家の春の恒例イベント、引越しが無事終了。
私はあんがい引越しが嫌いではないのだが、でもやはり疲れる。手首は痛いし風邪はひくし。これからしばらくは家を替わらなくて済みますように。
引越しに伴っていろいろな業者が家に出入りしたが、みんな約束の時間をきっちり守るのでちょっとビックリであった。日系の引越し屋が約束の九時半に玄関先に現れたのはまあ当然として、マットレスや家具のデリバリーから水道工事のおっちゃん、それにケーブルテレビの作業員まで、みんながみんな決められた時間に現れるのだ。
ここはホントにアメリカ?
ケーブルテレビの作業員などは、午後一時からの約束だというのに十二時前に電話をしてきて、「これから行ってもいい?」と訊いてきた。
「えっ? だって、一時の約束じゃない? いま来られてもテレビがありませんよ。一時までに配達してもらう手はずになってるんだから」
こう答えると、
「ああ、平気、平気。オレ小型のテレビ持ってるから。それで作業のチェックができる。で、行っていい?」
という具合。
これまで、ケーブルテレビの作業員との約束というのは、この世で最もと言っていいくらいに当てにならないものだったのだ。そもそも彼らが指定してくる時間というのが、「午前八時から十二時のあいだ」とか「午後一時から五時のあいだ」というやけに不確定で長い時間だったし、おまけにそんなに長時間を指定しておいて、やってくるのは約束の時間の後だったり、連絡もなく現れなかったりというのもごく当たりまえであった。
だから、約束の時間よりもまえに来たいなどという電話を受けたときには、我が耳を疑った。最近はどの業界も競争が激しいから、サービス向上に努めているのだろう。歓迎すべき変化である。
出入りした業者のなかに、日本語を話す人がふたりいたのも驚きであった。ひとりは水道工事に来た人。七十年代の終わりに宗教の伝道のために日本に住んだことがあるのだそうだ。
「ムズカシイネー」
キッチンシンクの下に潜って水道管をいじりながら、言う。
普通、日本語が少しだけできる外国人と話すと、こちらの日本語までたどたどしくなってしまうものなのだが、彼は発音がいやに上手で、
「ヨウコサン、チョット!」
などと呼ばれると、
「はい、なんでしょうか!」
と思わず敬語で答えてしまうのであった。
その翌日に来たアラーム会社のおじさんは、八十年代にロスアンジェルスのホテルでドアマンを七年ほどしていたとかで、日本人観光客からチップをもらうために日本語を少し勉強したのだそうだ。
彼は、ガイドに連れられて一列に並んで歩く日本からの女子学生客たちにいきなり日本語で話しかけ、女の子たちが驚くさまを見ては喜んでいたらしい。
というわけで、なかなか個性派揃いの業者たちであったが、特筆すべきは電気屋のデイヴである。
彼は、テレビとそれにつなぐ音響システムの配達にやってきた。色白でひょろひょろと背ばかり高くて、まるでホワイトアスパラガスのようであった。黒い長袖Tシャツの上に、胸に店名のロゴの刺繍がある深緑色の半袖ポロシャツ。折り目がすっかり取れ、テカテカにお尻が光っている黒いズボン。
「いつもはふたりでやる仕事なんだけど、もうひとりがどこかで渋滞に巻き込まれて来ないんだ」
大きな段ボール箱からテレビを不器用に出しながら、彼は言い訳がましく言った。あまりにも痩せていて頼りなげだからテレビを取り落としてしまうのではないかと思って、そばで見ていた夫も私も思わず手を出した。
テレビをなんとか所定の位置に収めたあと、デイヴは音響システムの外箱(人がひとり入るんじゃないかというくらいの大きな箱だ)から中の箱を取り出しにかかった。
この音響システムは、私たちがテレビを買いに行ったときに、店の人にうっかり乗せられて衝動買いしてしまった代物。調子のいい店員が、「ムーラン・ルージュ」を大音響で見せながら、
「いい音だろ。今週末だけ四十パーセントオフなんだよね。来週はまた元の値段」
などと言うので、つい買ってしまったのだ。
店で接続の指導を受けたときには簡単そうに見えたのだが――店員が配線図も書いてくれたし、それに「差込口と同じ色のプラグを入れていくだけだよ」と言っていたのでたかをくくっていた――大きな箱の中から、小さな箱がいくつもわらわらと出てくるし、おまけに電線もやたらと多い。
私は、急に自信をなくしてしまった(我が家では、このテの機器接続は私の係なのだ)。
デイヴに、
「ね、接続してくれない?」
と猫なで声で訊いてみた。
彼は、表情を変えずに
「これの接続は、別料金で百四十五ドルかかるんですよ。別にアポイントメントを取ってもらわないと」
と言った。
接続に別料金を取るのは知っていた。そんなことに百四十五ドルも出したくないので自分でがんばってつなぐぞと思っていたのだが、しかし、できるかな……。
「ね、アナタ、ちょこちょこっと接続できないの? 四十ドルあげるから」
声をさらに一オクターブ上げて訊いてみた。
「うーん。できなくはないんだけど……」
彼は少し考えたあと、
「それじゃあ、今日、店が終わってから七時ぐらいにまた来ますよ」
と答えた。
体よくはぐらかされたかな、と思っていたら、デイヴは七時まえにやってきた。店を出るまえに、律儀に「これから行きます」と電話までしてきて。
彼は細長い指で箱から機器類を出し、スピーカーを置く位置を決めて私たちに見せた。
「ホントはこのふたつのスピーカーをあっちの壁の上のほうにつけると、このソファに座って見ているときに後ろのほうから音が聞こえてくることになるんだけど」
プロらしいアドバイスである。夫は「サラウンドシステムだな」とか言いながらそのようにやってもらいたそうだったが、天井に線を這わせることになり、見苦しいので却下。スピーカーはすべてテレビのそばに置くことにした。
スピーカーのレイアウトが決まったらあとは早いに違いない。デイヴの作業は三十分ほどで終わるかな――そう思って、夕飯の支度は彼が帰ってからすることにした。店が終わってすぐに我が家に来たデイヴは、きっと夕飯を食べていないはず。煮炊きをする匂いで彼の空きっ腹を刺激するのはかわいそうだと思ったのだ。
三十分経った。キッチンの隣、デイヴが作業している部屋からはなにも聞こえない。そーっと覗き込んでみたところ、彼は部屋の真ん中に突っ立って、説明書を広げていた。不吉な予感。
一時間が過ぎた。夫と私は顔を見合わせた。デイヴのいる部屋が静かすぎる。彼がいることさえ忘れてしまうくらいだ。
プレッシャーを与えたくなくて、私たちは作業中の彼に声をかけないようにしていたのだが、しかし、なにが起こっているのか気になる。
「寝てるんじゃないの? ちょっと様子を見てきてよ」
嫌がる夫を偵察に送った。
「『どう?』って訊いたら、『ぼちぼち』って」
「さっき、説明書見てたわよ」
「うん、知ってる」
「彼、ただの配送係で、実は接続の仕方知らないんじゃないの?」
「まあ、専門じゃないのかもしれないけど……。でもさっき、教会で音響関係のボランティアみたいなことしてるって言ってたよ。それに、今日、店でこれの接続の仕方をよく確認してきたとも」
私たちは、もうすぐ終わるに違いない、と言い合った。
が、それからさらに一時間が経過しても、状況は変わらなかった。彼が到着してからすでに二時間だ。作業中の部屋は相変わらずしーんと静まり返っている。
なんだか怖ろしくて
近づきにくい。
音楽らしき音が聞こえてきた。
「あっ、終わったか?」
思わず夫と目を見合わせたところ、デイヴの携帯電話の着信音だった。
「もしかして、だれかに電話して接続方法を訊いてたりして?」
「やり始めてはみたものの、どうにもこうにもできなくて、いまさら『できない』とも言い出せずに困ってるんじゃないの?」
あれこれとネガティブな想像が膨らむ。ぐう。お腹が鳴った。
結局、デイヴが作業を終わらせたのは、十時ちょっとまえ。到着から三時間である。音響機器の接続にちょっと心得のある人が、音響システム本体とDVDプレーヤーとテレビと六つのスピーカーをつなぐのになんで三時間もかかるねん!
終始淡々としていたデイヴは、「長いことかかってごめん」と悪びれたふうもなく、機器類の使い方を淡々と説明して、淡々とお金を受け取り、ホンダの古いセダンに乗って帰っていった。
やれやれ。
私たちは、テレビのまえのソファに腰を下ろした。壁に備え付けられた棚に置かれた機器類からは、黒い電線があちこちに延びていて見苦しい。これから見かけをよくするのは、私たちの仕事である。
「テレビの位置がこれじゃ低すぎるしさ、DVDと音響システムを置くためにも、テレビの下にちょっとした棚があるといいんだよね。このくらいの高さのさ」
夫は、テレビのまえで膝くらいの位置に手を置いて高さを示した。
「じゃあ、だれか雇って棚を作ってもらう?」
「彼が棚を作れるって言ってたよ」
「だれ?!」
「デイヴ。いちおう電話番号をもらっておいた」
どひゃー。デイヴに棚など作らせた日には、いったい何時間かかるんだか。そのうちウチに住みついてしまったりするかもしれない。
三時間もひっそりと作業をしていたデイヴもかなり不思議だったが、そんな彼をまた雇おうという気になるウチの夫も、相当に不思議なのであった。
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