クレイグズリストは、無料のオンライン掲示板だ。週末の新聞のclassified――「売ります、買います」というような三行広告――のインターネット版といったらわかりやすいか。九十年代半ばにサンフランシスコで始まって、それから口コミで全米の都市に広がっていったという記事を読んだことがある。
先月、引越すまえに、このクレイグズリストを使って不要なものをいくつか売った。娘が赤ん坊だったときに使っていたストローラーとカーシートのセット。授乳用に使っていたロッキングチェアー。欲しくて欲しくて大枚はたいて買ったというのに、結局二度くらいしか使わなかったクイジナートのフードプロセッサー。
売りたいものをリストに掲載するのは簡単だ。リストに登録して(無料)、それから売りたいものの紹介文を書く。現物の写真も載せられる。興味を持った人からは、メールが届く。自分から返信しない限り、こちらのメールアドレスが知られないようになっている仕組みだ。
簡単になったなあ、
と思う。その昔は――といっても、ほんの十年くらいまえまでのことだ――不用品を売るのはなかなか手間のかかることであった。
まず、地元の新聞か、あるいはコミュニティペーパーの「売ります、買います」欄に、広告を出すべくファクスを送る。有料で、しかも行が増えるごとにさらにお金がかかるから、広告の文をコンパクトにまとめようと頭をひねったものだ。写真は、もちろんなし。広告は、決まった曜日に二週だけ掲載された。興味を持った人は、直接電話をかけてくる。
こうして私は、マッサージチェアー(私たちが海外赴任でやってきたときに、前任者からひと山いくらみたいに家具を買い取ったなかにあったもの)、クルマ、掃除機などを売ったものだ。
マッサージチェアーは、白人のおじいさんが買って行った。けっこう大きな椅子で、二階のベッドルームに置いていたものだから、おじいさんのクルマまでどうやって運んだらいいかと気を揉んだが、おじいさんは見かけによらず力持ちで、あっさりとチェアーを担いで階段を下りた。私の愛車であったホンダ・シビックのハッチバックは若いインド系の女の子が、そして掃除機は、ハウスクリーニングサービスを営んでいるらしい南米系の女性が買い取って行った。
クレイグズリストで不用品を売るのは、基本的には新聞の「売ります、買います」で売るのと同じことである。広告文が紙の媒体に載るか、オンラインかだけの違いだ。
が、買いに来る人の行動は、すこし違う。
新聞のclassified欄を見て来る人はほとんどひとりで来たが、クレイグズリストを見て買いに来る人は、みんな二人組で来るのだ。
ただの偶然? いや、私は、人々がネットというものに感じている胡散臭さを表しているのではないかと思う。知らない人の家に行ってなにかを買う、というときに、新聞に広告を出していた人と、ネットに広告を出していた人とでは、やはり後者の家に行くときのほうが身構えるのであろう。前者には、売り手は「新聞を購読している(であろう)人」という前提があるが、後者にはなんの前提もない。闇鍋みたいなネット社会にうごめく有象無象であり、そんな人の家に赴くとなれば、連れのひとりも欲しいというものだ。
ストローラーとカーシートのセットは、金曜の夕方に、もうすぐ二人目が生まれるという女性が、義理の妹を従えて買いに来た。上の子供用に使っていたものがあるけれどもかなり傷んでしまっているから、安くていいものがあったらと思い、クレイグズリストで探していた、と言っていた。
クイジナートのフードプロセッサーは人気が高く、「買いたい」というメールが全部で十通来た。こうなると、値段をもっと高く設定しておけばよかったかしら――と欲が出るものだが、一度広告を出してからではもう遅い。いちばん最初にメールを寄越したハイディは、夫とともに現れた。彼女は、
「十ドルまけてくれる?」
と控えめに言ってきたが、
「えーと。ほかにも興味のある人がたくさんいるんだけど……」
と答えると、全額を慌てて払った。
授乳用のロッキングチェアーにも複数の反応があったが、最初にメールを送ってきたのは、ネイトという男性。たぶんナサニエル(Nathaniel)を省略してのネイト(Nate)だから、と白人の男性を想定していたら(ナサニエルはユダヤ色が強い名まえだ)、南米系の浅黒い肌の男性が玄関に現れたので意表を突かれた。屈強の男友達(同じく南米系)が、数歩離れて立っていた。
ネイトは、私が「気にしなくていいから」と言っているのに、玄関口で靴を脱ぎ、そばに置いてあったロッキングチェアーを見始めた。
「写真で見たときにはクリーム色かと思ったら、淡いブルーだったんだね」
椅子のクッションについて、彼は言った。私のデジカメが壊れていて現物の写真が載せられなかったから、その旨を書き、色を明示した上で、サンプルとして椅子メーカーのウェブサイトのリンクをつけておいたのだが、あまりきちんと読まずにウェブの写真だけ見たのだろう。
椅子の周りをぐるりと回ってみたり、椅子に座って揺らしてみたりする彼の左手首に、紙の腕輪がしてあった。病院でIDのためにつけられる腕輪だ。
「金曜に娘が生まれたんだ」
ネイトは頬を上気させて言った。見ると、彼のジーンズの腿のところにも、同じようなID用のステッカーが貼ってあった。
「病院から直接来たんだよ」
私は、おめでとう、と言いながら頭の中で計算せずにはいられなかった。
出産後、病院に母子が留まるのは、赤ん坊が生まれた瞬間から四十八時間、というのが原則である。その日は月曜であった。金曜に生まれたなら、週末のうちに退院させられるのが普通なのだ。月曜になってもまだ入院しているということは、彼の赤ちゃんには、なにか問題があったのだろうか。
念入りに椅子を調べたあと、ネイトは、
「買います」
そう言って、ポケットからお金を出した。
「これで妻がリラックスできるよ。どうもありがとう」
彼はうれしそうに言いながら、屈強の男友達とふたりでロッキングチェアーを玄関から運び出していった。
眠っていた不用品が売れると、ちょっと癖になる。小遣い程度の臨時収入が入って、得した気分になるのだ。元々はもっと高い値段を出して買ったものを値下げして売っているのだから「得」なはずはない。が、不要だったものが片付いてすっきりしたうえに多少の現金が入ってきて、小さな達成感がある。
それで、ひとつ売れると、もっと売れるものはないかと家のなかをきょろきょろと歩き回ってみたりする。
先日、地元紙の一面に、こんな記事が出ていた。
「小学校教員、盗みで逮捕」
今年一月の事件である。ポートランド郊外の小学校に通う八歳の女の子が校庭でジャケットを失くしてしまった。普段は学校に着て行かない、コロンビアというブランドの百十四ドルのスキージャケット。
一年生のクラスを受け持つ女性教諭が、忘れ物の箱のなかに入れられたそのジャケットを見つけた。そして、家に持ち帰って、イーベイ(オークションのウェブサイト)で四十六ドルで売ろうとしたのだそうだ。
私はそれを読んで、ネット社会が、
人のモノを見る目
というのを変えてしまったのだな、と思った。
子供用のジャケットなど、それが着られるような大きさの子供のない人にとっては無用のものであったはずだ。それが、「ネットで売れる」という時代になって、お金に変わった。
四十一歳の女性教師は、この事件により、年収六万九千ドルの職を棒に振ることになるという。悔やんでも悔やみきれないに違いない。
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