我が家の近所に小さなショッピングセンターがあって、そこにちょっとした食料品屋がある。そう広くない店内の左側がワインの棚で、真ん中には量り売りの肉やシーフードのショーケース。右側には申し訳程度に置かれた野菜が少々と、卵や牛乳、ヨーグルトにビールなどが並べられた冷蔵コーナー。そして棚には、そのへんのスーパーではまず見かけないような、外国産の缶詰めや瓶詰めが並ぶ。夕方にはときおり、ワインテイスティングの会が催されている。
この店の入り口の上に、大きなサインが掲げられているのだ。
「Big Beefy Bentos」
――大きくて牛肉たっぷりの弁当。
家から歩いていける距離にあるこの店にちょこちょこ通っているうちに、このサインが気になりだした。アメリカ人の作った「牛肉弁当」ってどんなの?
テイクアウトもできるが、ワイン売り場に設けられたカウンター席で食べていくこともできるという。店で食べてみることにした。
やがて出てきたのは、大きな皿に載せられたワイルドライス、そしてその上に、シシカバブのように串に刺してグリルされたビーフと赤ピーマンと玉ねぎ。ややショウガが香る醤油の味付けは、アメリカの「テリヤキ」にありがちなべったりした甘さがなく、さっぱりとしておいしかった。量もアメリカにしてはあっけないほど少ない。
郊外の住宅地の店で思いがけなく出会った洗練具合に感心したが、しかし、「弁当」というには品数が少ない気がして物足りなかった。弁当というとどうしても、あれこれちょこちょこと入っている、あの箱庭的な感じを求めてしまう。だいたい、弁当箱に入っていないではないか。
「bento」という言葉は、hibachiやfutonと並んでアメリカ人の日常語に入り込んでいる数少ない日本語なのだが、どうやら本来のboxed lunchという意味からboxedが取れて、ただランチという意味だけで使われ始めているようだ。ちなみにいまのアメリカでは、ヒバチスタイルのレストランといえば鉄板焼きのことだし、フトンは、日本でいうところのソファベッドを指す。
弁当といえば、娘が通っている幼稚園の子供らが持ってきている弁当がなかなか興味深い。
アメリカ人の子は、たいていサンドイッチを持ってきている。ジップロックのビニール袋入りだ。別の袋にブドウなどの果物が入っており、またさらに別の袋にはポテトチップがガサガサと入っていたりする。
マクドナルドで買ってきたハンバーガーとポテトのセットを、店の袋のまま持ってきている子もいた。ジップロックの袋のなかに、コーンドッグ(日本ではアメリカンドッグというのだったか。棒を差したソーセージに衣をつけて揚げたもの)が二本、というお弁当の子も見かけた。
スーパーでよく売っているランチパックを食べている子もときおり見かける。平たいビニールのパックに入っていて、中にはハム、チーズ、チキンナゲット、クラッカーなどの手軽につまめる食べ物が入っているものだ。ちょっとしたオマケのおもちゃが入っているので、子供には人気なのだそうだ。
ピザを食べている子を見たときにはちょっと驚いた。それも、小さなデリバリー用の紙箱に入った直径二十センチくらいのピザまるごとである。幼稚園のすぐ裏手にピザ屋があるのだが、どうやらそこから配達されてきたらしい。お昼どきを見計らって、親が電話で注文したようである。
お弁当を持たせるのを忘れたのか、それともなにか特別な理由があるのか(誕生日とか)。
ピザ屋の店員が注文の品を今まさに届けに来た、という瞬間にたまたま出くわしたことがあったのだが、幼稚園の受付の人も、「あ、これは○○ちゃんのランチだわ」とまるで抵抗なくピザを受け取っていたので、ビックリであった。
というわけで、アメリカ人の子供のお弁当は手間いらずという感じのものが多いのだが、エドワードという中国系の男の子のお弁当は、逆を行っている。
ある朝、娘を幼稚園に送り届けたとき、受付のところでエドワードのお母さんが私に近づいて、
「あなた、日本人?」
と訊いてきた。
彼女は私が日本人だとわかると、
「ちょっと教えてもらいたいことがあるんだけど」
と言って、つい今しがたお弁当置き場に置いたばかりのランチボックスを取り上げ、開け始めた。複雑そうな作りの二段重ねのタッパーは、保温タイプのものだ。
彼女は、プラスチックのフタを手に、
「これ、なんて書いてあるの?」
と訊いてきた。覗き込むと、フタの内側に、「カチンとなるまで閉めてください」と日本語で小さく書かれていた。
それを英語に訳して伝えると、
「ああ、そう書いてあったのね。間違った使い方をしていたらどうしよう、ってずっと気になっていたの。どうもありがとう」
と彼女は言った。
「立派なお弁当箱ね」
私がそう言うと、
「ウワジマヤ(このあたりにある日系スーパー)で買ったのよ。保温できるのよね。二十五ドルくらいしたかしら。温かいご飯を食べさせたいから」
中国訛りの英語を話す彼女は、少し誇らしそうに見えた。
ちらりと見えた弁当の中身は、具がたくさん入った韓国風の巻き寿司であった。
幼稚園から渡されたお弁当に関する注意書きには、「チョコレートやガム、甘いものなどは禁止。たんぱく質と野菜や果物を必ず入れること。オレゴン州では、生徒たちの持ってくる弁当の栄養面での質を、われわれ教育機関が監視することになっています」と書かれている。ちなみに、お弁当を持たせるのを忘れると、幼稚園にあらかじめ用意してあるスナック類(クラッカーやヨーグルトなど)で簡易ランチを作って食べさせてくれるとのこと。一度めはタダだが、二度め以降は三ドル払わなければいけない。
私が作る弁当はワンパターンだ。小さなタッパーウェアに、おにぎりと肉類(晩のおかずの残り)、プチトマト、それにブロッコリーかインゲンの塩茹でしたものを詰めるだけ。
ふと気が向いて、直径二センチほどの小さな海苔巻き(中身はすりゴマだけ、巻き簾も使わない手抜き)を作って持たせたときには、アメリカ人の先生たちが、
「小さいスシが入っていた!」
と無邪気に喜んでくれた。お世辞も含めてだろうと知りつつも、私はちょっと得意になった。
最近の日本では、母親がピンセットやカッターなど使いながら一時間ほどかけて園児のために作る、かわいらしい「キャラ弁(キャラクター弁当)」なるものがあるらしい、と少しまえに日経新聞で読んだ。弁当箱をキャンバスに、キティちゃんやアンパンマンなどのキャラクターを作り上げていくのだそうだ。
キャラ弁のウェブサイトを覗いてみたところ、食べ物で作ったとはにわかに信じがたいような、キャラクターショップをぎゅううっと弁当箱に詰めました、というような、キラキラしたお弁当の写真が満載だったのでビックリした。私の手抜き海苔巻きに喜んだアメリカ人の先生たちがそんなラブリーな弁当を見たら、腰を抜かしてしまうのではないだろうか。
私が作る弁当は、キャラ弁とは似ても似つかぬマンネリ弁なのだが、受付のシンディはいつも感心してくれるのでこちらが恐縮してしまう。小さな弁当箱を仕切っておかずを入れてあると、なんとなく手が込んでいるように見えるのだろう。
四人の子持ち(一番下は小学二年生)で、すでに孫が七人いる彼女は、
「あなたが作るお弁当はいつもおいしそうね。私がこれまで子供に持たせてきたランチなんて、そこらへんにあるものを適当にジップロックに放り込むだけって感じだから比べようもないわ。でもね、ひとつだけ心がけているのはね……」
目元をくしゃくしゃにして微笑みながら私に言った。
「ランチにメモを入れること。『Have a nice day!』とか『I love you』なんて書いて入れておくの。これだけは忘れたことがないわ」
そばで私たちの会話を聞いていた若い先生も、
「私のランチボックスにも、よく母のメモが入っていたものよ」
と言っていた。
いずこのお弁当にも、作り手の愛が溢れているらしい。
当地のランチボックス愛情表現は、いかにもアメリカらしい「直球ズドン!」という感じなので、私は思わず心の中で膝を打ったのであった。
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