バイマンスリー/
新世代作家の心象風景

4月
30日月曜日

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 scene10: マッチ売りの少女

 

 少女がひとりで立っている。長い髪をポニーテールにして、ティーンエイジャーのファッション誌をそのままコピーしたスタイルだ。
 目はどこかしらうつろで、冷たい風に体を固くして、誰とも話すことなくまっすぐ立っている。口をぎゅっと結び、歯をくいしばっているのだろう……緊張と不安がじゃんけんして、おあいこを繰り返している表情だ。
 つい十分ほど前に、ぼくは彼女の前を通り過ぎた。そうして道路沿いのカフェに席をとって、彼女のことを見ている。待ち合わせの時間にやって来ない友人と冷め始めたカプチーノよりも気になってしかたがないのだ。
 少女は胸の前に「言葉」を掲げていた。
「チケットをゆずってください」bbA4サイズの紙にマジックインキで書かれたそのメッセージは、数メートル離れていても読み取れるように、何度もなぞり書きされて極太文字になっている。公演会場に続く道の途中で、誰かから声がかかるのを待っているのだ。人気アイドルのコンサートでもあるのだろう。
 歩行者が増えると、ぼくのテーブルから少女の顔色を盗み見るのが難しくなった。チケットを持ってホールに急ぐ人々はほとんどが彼女と同世代で、多くの者が彼氏や友人と連れだっていた。腕時計を気にして早足で歩く者、雑誌を読みながら通り過ぎていく者、肩を叩いたりしてじゃれ合う者bbそれぞれのシューズが「メッセージ」の前を通り過ぎるだけで、全員が申し合わせたみたいに黙殺している。
 ほんの短い間、信号の影響で人の流れが途絶え、少女の姿がまたはっきりと見えた。いっそう表情をこわばらせ、吹き飛ばされそうな紙を同じ位置に掲げたままだ。
 枝葉が揺れる街路樹を遠い世界にして、カフェの中をブラームスのシンフォニーがゆっくり流れている。カプチーノが残り少なくなるにつれ、ぼくは彼女を見続けることがつらくなった。そう言えば、「マッチ売りの少女」はどんな結末だったかな。ふと、そんなことを考えた。たしか、どこかの親切なおじさんがポケットの小銭で救ってあげた……いや、寒さに凍えながら、女の子は死んでしまったのだbbあいまいな記憶の引き出しから、童話の結末はするりと逃げていく。
 コンサートのチケットなど持つはずないぼくは、鞄から読みかけの文庫本を取り出した。そしてちょうどその時、携帯電話が待ち合わせに遅れる友人の言いわけを伝えてきた。通話を終える赤いボタンを押しながら、何気なく、また目線を少女に向ける。
 すると、予想外に彼女がにっこり微笑んでいた。「チケットをゆずってください」のメッセージを左手だけに持ち変えて、右手でやはり携帯電話を握っている。誰かと話しながら目を細め、体が反り返るほど笑ったりして、おしゃべりを続けていた。
 もうまもなく公演が始まるのだろう。
 人波が夕立みたいに激しくなり、ちょっと目を離したスキに、少女はぼくの前から消えていた。                                 

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