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scene12:
闖入者
新宿駅発の午後の丸ノ内線は、通勤ラッシュが同じ電車とは思えない、のんびりした空気に包まれていた。ほどよく座席が埋まり、発車と同時に乗り込んできた者がドアのそばに立っている。うつらうつらとぼくは、現実世界と夢のレールを交差させて、スピードとブレーキに体をあずけている。
地下鉄は四ツ谷駅でいったん地上に出た。ドアが開くと同時に、物憂げな五月の陽射しがねずみ色の床を照らしつけ、それに誘われるように何人かの乗客がホームに下りていく。
そしてまた、同じ加速が繰り返される。
女性週刊誌の中吊り広告が話しかけようとも、ビールのステッカー広告が誘おうとも、乗客はきまって無口で無表情だった。地下鉄の車内では、誰もが見知らぬ他人であり、「すまし顔」が礼儀のようだ。自分だけの空間で新聞や雑誌を読み、ウォークマンに耳を傾け、窓ガラスに映る顔を見つめている。後で送信するのだろうか、携帯電話のメールを打つ者もいた。
向かいの七人掛けの席に座る全員が、自分の世界に引きこもっている。
霞ヶ関駅を過ぎたときだった。
グッチのハンドバッグを持った年輩の女性が顔を反らせ、目の前で何かを振り払う仕草をした。ウォークマンを聴く隣りの青年も、続いてすぐに右手で払いのけた。次は白髪の紳士だ。新聞を読み終え、ちょうど目をつぶろうとしたところらしく、極めて不快な顔で、やはりそれを打ち落とすアクションをする。
電車の進行方向から逆向きに、一匹の蛾が気まぐれな浮遊を続けていた。
三人の乗客に同じ反応で嫌われたその虫は、すぐさま真上に飛翔し、中吊り広告の真ん中に止まった。女性モデルの白い水着の上だ。
指の爪ほどの体長で、無視するには目立ち過ぎるし、騒ぎ立てるほどの大きさでもない。羽を閉じた姿は、ハートを逆さにした愛らしいシルエットなのに、体全体が不快な茶褐色だった。
それから、再び「彼」は飛び始め、向かいの席の別の女性を目指した。「きゃっ!」という短い叫声を上げて彼女が腰を浮かせると、先の白髪の紳士が、「俺が打ち落としてやる」という表情で、新聞を丸めてみせた。
いったいどこから来たのだろう。
ちらちら飛び続け、人間どもをあざ笑う感じで天井に止まったりしている。モンシロ蝶のかわいさもアゲハ蝶の美しさも持たずに、地上では主役になれない一匹の蛾が、引きこもりの乗客相手にワンマンショーを演じていた。たまたま地下鉄に迷い込んだのではなく、好んで改札を通ってきたみたいだ。
次の駅のドアが開くと、彼は羽をはためかせ、ゲラゲラ笑うように飛んでいった。
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