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scene2:
車窓から
つい最近、停まりそうで停まらない山手線に乗り合わせた。通勤ラッシュの時間にはよくあることで、先を行く電車がつまっているため、スピードを落として運転するらしい。
その日の山手線は何とか停車だけは避けようと、徒歩と同じ程度の速度を保って、ぼくら乗客をゆっくりゆっくり運び続けた。 「停まらずに少しずつでも動き続けてるんだから許してくださいよ」――運転手のそんなメッセージが聞こえてきそうだった。
代々木―原宿間。
ピークの時間は過ぎたらしく、車内は満員というほどではなかったが、目的地に急ぐサラリーマンや学生たちの苛立ちが、それでもあっという間に空気感染し始めた。
進行方向に向かって右側のドアに、ぼくはぴったりと体をつけ、窓ガラスから外の景色を眺めている。
窓に映るのは見慣れた風景のはずだったけれど、時速四、五キロの速度が連れ添う映像は明らかにいつもと違った。電車の動きに操られて、瞼のシャッタースピードは、たとえば1/500秒の速さから1/25秒にでも切り替わったようで、普段は見えないものが確実に瞳のレンズに収められていった。
北参道入口の交差点を過ぎたあたりだ。ふと、公団住宅のような古びたアパートが現れた。四棟ある、そのいちばん南側のベランダで、ジャージ姿の中年男性がひとりで布団を干している。電車からは五十メートルほどの距離だろうか。なぜか他のベランダには洗濯物も人影もなく、十二、三戸のちょうど真ん中あたりで動く白い布団が、巨大なマシュマロみたいだった。男は慣れた手つきで、それを欄干に掛けている。車内とは全く別のリズムの時間が流れていた。
平日の午前中に布団干しする男はどんな職について、どんな時間を過ごし、どんな家族と暮らしているのだろう。いや、恋愛よりも転職経験の方が多く、ひとり暮らしをずっと続けているのかもしれない。
たった数秒間でのイメージだが、歳は四十代半ば、健康的ではない華奢な体躯だ。仕事は夜勤の警備員、タクシーの運転手、あるいは何かの理由で失業中の身分だろうか。長くそのアパートに暮らしていて、走り行く電車を煙草でも吸いながら、自分の部屋から見たりしている……と、ここまで自分勝手に推測して思い直す。実は最愛の女房子供がたまたま実家に帰っていて、久しぶりのひとり暮らし気分を満喫しているのだ、と。たくさんの想像が、中吊り広告みたいに次々とぼくの頭にぶら下がってきた。
いずれにせよ、布団はみんな知っている。しばらくぶりに日光を浴び、気分を良くした布団が、そんな「想像」をせせら笑う。
そう、もし電車が完全に停止してしまったら、ぼくは見続けることをやめたと思う。赤の他人のプライベートな生活を覗き見てしまったような後ろめたさがどこかにあったからだ。
「stop to watch(見るために停まり)、stop watching(見ることをやめる)」――そんな中学の英語の教科書に出てきそうな言葉の連結が頭の中で旋回する。
翌日はいつもの時速八十キロのスピードで、電車はアパートを黙殺した。安堵感と残念さが同居した複雑な心境……後ろめたさと裏腹に、ぼくはいったい何を期待していたのだろう。
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