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scene22:
対応
テーブル、イス、シャンデリアに花瓶……レストランの中はオークションで競り落としたような格調高い調度品が並んでいる。
窓際にリザーブされた席で、僕ら四十人の日本人はランチを摂っていた。十人が横並び四列に肩を並べ、まるで飼育小屋の鶏のようだった。
南半球のオーストラリア。ぼくは世界遺産・ブルーマウンテンの一日観光コースに参加している。
「どうしてこんなに窮屈に座らせるのかしら?」
「給仕するのが楽だからだよ、まったく外国人は困るね、怠けもんで」
斜め向かいの夫婦が、全員に訴える口調で言った。小太りの中年女性はバスの中でも文句を言い続け、レストランに入るやいなや、プラダのバックをイスに投げ置いてトイレに行った。
「いやいや、われわれ日本人は狭苦しいのが落ち着くと思っているんでしょう」
人の良さそうな老人が、ハンチング帽をリュックにしまいながら、穏やかな声で彼らに答える。
ガイドが午後のスケジュールの説明を終えると、ナイフとフォークが音を立て始め、モダンなユニフォームを着た青い目のウェイレスたちがのテーブルの間を行き交った。手に持つ皿はすべて同じ料理で、観光客が「自由」を許されたのはドリンクメニューだけだった。
ガラス窓を透過した淡い初夏の陽射しが、前菜のドッレシングになっている。
「なんだか、塩っ辛いわねぇ……」
「日本のレストランの方が上だよ」
「……お皿はステキなのに、ヘンな味ね」
言葉の通じないことを味方に、隣りの熟年カップルが口を尖らせた。店の中は日本人の貸し切り状態が続いている。
時計の針は十二時を回ったところだ。
プチトマトを飲み込んで、ぼくが顔を上げたときだった。
ちょうど向かいのテーブル席の間で、ウェイトレスの持ったトレイが傾き、グラスのビールが若い観光客のジャケットに降りかかった。
彼女の「OHー!」という声に、「うわっ」「キャッ」という日本人の声が重なり、全員の視線が集中した。被害者のカップルは新婚夫婦らしく、席を立って呆然としている。周囲の者はあわててナプキンを投げたり、お皿を避けたり、イスを動かしたりして緊急事態に対処した。と同時に、別のテーブルで書類に目を通していた日本人ガイドが走ってきた。
「大丈夫ですか? 洋服が濡れた方はお二人だけですかっ?」
それまでクールに団体を引率していた彼が、男性のジャケットを脱がせながら興奮気味に言葉を続けた。
「おいおい、新婚さんがビールでびしょ濡れだろ!」
ぼくの前の席の中年男性が声を荒げて、ウェイトレスをにらみつけている。被害者である夫は、濡れた自分のスラックスをそのままにして、新妻のスカートをハンカチで拭いていた。
店の奥からやってきたスーツ姿の女性が当のウェイトレスになにやら耳打ちして、すぐにその加害者を厨房に返してしまった。「SORRY」の一言もないまま、日本人の目が届かない場所に引っ込んでしまう。
観光ガイドと店側の女性のやりとりが始まる。
最初は穏やかだった英語が駆け足調になり、一分もしないうちに夫婦喧嘩ばりの言葉の応酬に変わった。ガイドは冷静な表情だが、女性は頬を紅潮させて気持ちを昂らせていた。
ぼくを含め、テーブルのほとんどの者は食事を中断して、事の成りゆきを見守っている。
「あの……彼女はこの店のマネージャーです」
被害者ではなく、ガイドはぼくらオーディエンスに向かって話し始めた。女性マネージャーは堂々と胸を張り、異国語を聞いている。
「さきほどのウェイトレスは実は彼女の……マネージャーの娘さんで、チーフクラスのベテランだそうです。ですから、お客さんの誰かが急に振り返ったり、動いた拍子に、ビールをこぼしたにちがいないと言っています。彼女たちに非はないということですが……」
そこで、ガイドは流暢な日本語を止めて、ぼくらと視線を合わせた。
「誰も動いちゃいないよ。悪いのは向こうだよ!」
「そうよねぇ。わたしも見てたけど、彼女が勝手に手を滑らせたのよ」
「まったく、ガイジンは謝らねぇからなぁ」……
近くの日本人がいっせいに抗議したが、ガイドは顔色を変えずに被害者の目を見た。
「ぼくは動いてませんよ」
被害者の男性は聞き取れないほど小さな声で答えた。そうして着席して、グラスの水を飲む。
「こういうときは、さっとクリーニング代の十ドル札くらい持ってくるもんだけどねぇ」
いかにも海外経験の多そうなハンチング帽の老人が、場をまとめるようにポツリと言った。
「オーケー。結構です。ちょっと時間をください」
短い言葉を残してガイドは背中を向けると、離れたテーブルにマネージャーと二人で座った。
やがて、メインディッシュが運ばれ、誰もが事件を過去に変え始めた頃、彼が戻ってくる。 「クリーニング代、ひとり二十ドルずつもらいました。最初の、ひとり十ドルの提示から、だんだんつり上げました!」
ガイドはオレンジ色の二十ドル紙幣を被害者夫婦に一枚ずつ手渡して、いままで一度も見せなかった笑顔で言った。
新妻が微笑みながら小さく拍手すると、彼は深々と頭を下げて、自分の席に帰っていった。
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