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scene3:
信号待ち
もう数年も前のことだ。
北風の吹く、師走の日曜日の午後だった。
いつものように、ぼくは場外馬券売場に急いでいる。
目的地が鼻の先の横断歩道で、信号待ちの歩行者たちが、じっと事の成りゆきを見守っていた。片側三車線の大通りだ。
中央分離帯に、3、4歳くらいの男の子がひとりで立ち、こちら側に背中を向けて落ち着かない様子で足踏みしている。十五メートルほど先の向かい側の歩道では、その子の母親らしい紺色のピーコートを着た人物が、叱るように声を張り上げていた。
「動かないで! そのまま、そこにいなさい!」
隣にはその夫らしいひどくやせた男が立っている。ともに年は20代前半の感じだ。紺色のピーコートを着た母親が、手袋の手を口に添えたメガホンにして、しきりに怒鳴っていた。
休日の大通りはクルマの流れが絶えない。乗用車、大型トラック、宅配便のクルマ……どれもがエンジンの性能を競い合うスピードで、右に左に行き交っている。
太い道路が急流の川なら、さしずめ中央分離帯は中州だ。それは、短い時間に川を渡れなかった者の安全地帯のはずなのに、そのときばかりは濁流に飲み込まれてしまう砂のかたまりになっていた。
ドライバーに見えるのは時速六十キロの景色だけで、たとえ中州に取り残された男の子に気づいたとしても、ブレーキを踏むことなどしない。「中央分離帯に小さな子がいる場合は停車すること」――そんな教則マニュアルは、残念ながら存在しないのだ。
ぼくは少し冷めた頭で考えた。なぜ、この男の子は両親とはぐれてしまったのだろうと。
弟か妹だろうか、父親の支える乳母車では別の子が泣いている。きっと両親は赤ちゃんに気を取られ、男の子の手を引かずに渡ってしまったのだろう。普段から横断者の多い信号で、ましてや師走の日曜日、人出はいつもより多くなっている。人波にもまれ、幼い子は母親の背中を見失い、そして、中州にひとり残された。
親の不注意、それ以外の何ものでもない。
男の子は足踏みを続けている。スタートを待つマラソンランナーかトイレを我慢する子供みたいに。何かのきっかけで走り出し、いまにも道路を渡ってしまいそうな気配だ。
信号はそしらぬ顔で、規則どおりの時間を刻み続ける。
女子高生、老人、ペアルックのカップル……川岸の誰もが、彼を助けることができずに、時間の過ぎるのを待っていた。ぼくだけでなく、みんなも心配していることが、無言の空気からうかがい知れた。
ようやく、赤信号が青に変わる。
すべてのクルマが停まり、同時に母親が横断歩道を駆けてきた。ハイヒールで足をくじいてしまいそうな不格好な走り方だったけれども、どうにか男の子にたどりついた。
ぼくらは見て見ぬふりをしながら、中央分離帯を越えて、横断歩道を渡った。
そして、何も「事件」は起こらなかった。
いつからか、子供は親に手をひかれることなく横断歩道をひとりで渡るようになる。親もいつからか、子供の手を引かなくなる。それが何歳くらいからなんだろうと、馬券売場で、ひどく真面目に考えてしまったせいで、「男の子の背中」はぼくの記憶に居座り続けた。師走の景色に飲み込まれることなく。
信号を渡りながら、子供連れの横断者を見ると、いまでもぼくはそんなことを思う。
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