バイマンスリー/
新世代作家の心象風景

1月
22日月曜日

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 scene5: 分速120m

 

  恵比寿はオフィス街ではない。スーツにネクタイ姿の者は少なく、代わりに学生やカップル、主婦が多い。にもかかわらず、ガーデンプレイスに続く「動く歩道」は、腕時計に支配されたサラリーマン以上に忙しい。
 その原因は速度感だ。人がA地点からB地点に移動する異様な速さは、「動く歩道」をほとんどの者が「歩く」ことで起こっている。ガラガラの空間をハイスピードの人間が往来する有り様は、まるで未来空間にいるようだ。
 そもそも「動く歩道」は、歩かずに水平移動する目的で作られた乗り物であり、法定速度は毎分50mだという。なんでも利用者の安全を見越して、普通は分速30〜40mで動いているそうだ。そう、一般人の歩く速度が時速4〜5キロ(分速70〜80m)だから、この乗り物は速さでなく、あくまでも楽さを優先するのんびり屋さんなのだ。
 勤勉な都市生活者たちは、そうした本来の意義を無視し、上を歩くことで分速120mという驚異的なスピードに乗り、通常歩行の1.5倍の早送りで流れる風景を眺め続ける。
 もちろん、「動く歩道」は恵比寿だけではない。
 新宿駅の西口など、人出の多い設置場所では、右側と左側で人種がまっぷたつに分かれている。歩く者は右に、「歩く者は右に、止まる者は左に」というエスカレーターのマナーが活かされているのだ(両者のスピード比は3:1)。そしてここでもやはり、圧倒的に右側派が多いことに気づく。
 なぜ人は、「動く歩道」を歩くのだろう。
 理由その1:動きが遅すぎるから(それなら、最初から乗らなければいい)。
 理由その2:他人のスピードを見て、つい羨ましくなるから(いったい何に対する羨望だろう?)。
 理由その3:時間短縮という単純な行動欲求から(交差点の信号待ちで結局みんなが並んでしまうのに)。
 ぼんやりそんなことを考えながら、恵比寿の「動く歩道」を歩いていると、思いがけず足が止まった。
 いや、無理矢理止められた。前を行く急ぎ足の背中が止まり、分速120mのスピードから一気に分速30mにまで減速した。
 覗き見ると、おばちゃんが三人、行く手をがっちりと塞いでいる。40代後半だろうか。三人ともよく似たヘアスタイルで原色系の洋服に身をくるみ、絶え間ないおしゃべりを続けている。中年太りのたくましい体型で追い越し車線を潰し、後ろにつかえた歩行者などお構いなしに、「動く歩道」を満喫しているのだった。おそらく、これからガーデンプレイスの三越で気ままにショッピングして、階上のレストランでランチでも楽しむつもりだろう。
 五メートル、十メートル……止まったままの移動を余儀なくされ、高速道路で渋滞にハマったモノ哀しさを受け入れたとき、歩道脇に並んだポスターに、ふと目が止まった。
 駅構内では見かけないサイズのポスターだ。キャッチコピーの上で、老夫婦が温泉にゆったりとつかり、立ち上る湯気の中で、急ぎ足の者を諭すような笑みを浮かべていた。
 ジャンボジェット機、リニアモーターカー、新幹線……スピードの向上を追求してきた20世紀に棹さして、たまには歩くよりも遅いスピードで移動するのも悪くないですよbb老人の瞳に、ぼくはそんな思いをみつけた。
「動く歩道」を降りたあとの恵比寿の街は、なぜかとても白く見えた。
 時間が穏やかに、静かに流れていた。
 都市に住み、毎日の騒々しさを作り上げるものの正体は、自分の足なのかもしれない。                   

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