バイマンスリー/
新世代作家の心象風景

3月
19日月曜日

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 scene7: 会釈

 

 郵便局に現金書留を受け取りにいった帰り、トイレが我慢できなくなった。見渡すと、二車線道路の反対側に母校がある。在校生のフリをして、いそいそと懐かしい校舎に足を踏み入れた。
 高校はちょうど試験日か何かで、まだ昼過ぎなのに下校ラッシュを終え、校門付近のざわめきが一段落したところだった。帰宅を急ぐ生徒たちがまばらに通り過ぎるだけで、向けられた冷たい視線はひとつもない。
 ジャンパーにジーンズ姿のぼくは、意気揚々と高校生になりすました――制服のない都立高校は、歩きタバコに口ヒゲ、それに白髪頭さえなければ、来校者は誰だって「一生徒」を演じられるのだ。警備員の呼び止めもなく、まるで公園でも横切るように門をくぐった。校舎に向き合うのは十五年ぶりだというのに、不思議と「昨日の繰り返し」の気がした。
 見慣れた景色と歩き慣れたアスファルト――ルーズソックスの女子学生が下駄箱に上履きをしまい、ブラスバンド部の生徒が花壇の縁に座って金管楽器の手入れをしている。ドアを開けたままの生徒会室では何人かの男女が仲良く談笑していた。
 にわかにぼくはSF映画の主人公になった。案内板や廊下の貼り紙といったディテールこそ異なるものの、紛れもなく十五年前の空間を歩いているのだ。
 そうして、人気のない校舎の二階で、口笛を吹きながらトイレを拝借した。タイル貼りの床に斜めに落ちる午後の陽が、薄黄色の光のキャンバスを放射状に伸ばし、目に見えない塵や埃を踊らせていた。
 グランドではラグビー部の部活動が始まったようだった。茶色や緑、赤や黄色といった色とりどりのラガーシャツが大きな輪を作って上下左右に動いている。テニスボールがラケットに跳ねる音と校舎から漏れるブラスの音がぎこちなく重なり、授業から解放された生徒たちが、思い思いに自分たちの音を発散させていた。
 大きく深呼吸して、ぼくは懐かしい空気を思いっきりふたつの肺に導き入れる。
 何気なく体育館の方に目をやると、一組の男女が階段に座っているのに気づいた。隣り合う二人は、それぞれの鞄を体の横に置き、小柄な女生徒が男子生徒の肩に顔を預けている。無言でグランドを見つめる彼らの視線の先は、柔軟体操を続けるラグビー部の生徒たちだ。スタジアムの指定席でスポーツ観戦する様子で、静かにじっと座っていた。
 と、そのとき、甘い飴玉からレモン汁が出てきたときみたいに、「とまどいの感情」がいきなりぼくをノックした。それは十五年前にはあり得ない光景だった。共学とはいえ、男女交際する者は、「校庭や校舎の影でこっそり」というのがあの頃のルールだったはず。
 下校する生徒を装い、何も見なかったふりで校門を抜けるぼくに、忘れ物を取りに返ったらしい女子学生が会釈した。「いまどき」を絵に描いたような茶髪とミニスカートだった。
 再び郵便局の前、4WD車の窓ガラスに映る顔に向き合った。そこにはもう二度と高校生にはなりきれない年相応の自分がいた。                   

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