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scene9:
花から花へ
桜が満開の四月、汗ばむ陽気の日曜日だ。新宿の歩行者天国は、冬物のジャンパーやコートを脱ぎ捨てた買物客でにぎわっていた。
どこからか聴こえてくる軽快な民族音楽、パントマイムの白塗りの集団bb色とりどりに咲くストリートパフォーマンスに、気まぐれな歩行者たちが蜜蜂みたいに群がっている。一重二重の輪を描き、ひとつの花に飽きれば次の花弁へ……花と花の間にウィンドウショッピングやランチを楽しみながら、明治通りから東口までずっと群れをなしている。
大通りに面した紀伊國屋書店で、ぼくはいつものように羽根を休めようとした。
青いテントの特設売場にはベストセラー本が所狭しと積み上げられ、その横のオープンスペースには待ち合わせの腕時計たちが並んでいる。喫煙している者、コウモリ傘を持っている者、文庫本を読んでいる者など、十人十色で違う仕草をしている。
入り口付近の新刊コーナーをチェックしてから奥の外国文学コーナーに向かい、一冊の新刊本を手に取ったときだった。
ふと、ぼくは異変に気づいた。
隣りに立っているのは、白髪頭の年輩女性だ。伊勢丹の紙袋をさげ、薄いクリーム色のカーディガンを羽織って、『朗読者』を持っている。はす向かいの長身の若者は、麻のジャケットに片手を突っ込んだまま、サリンジャーの『ライ麦畑をつかまえて』を熟読中だ。真面目な大学生といった感じだろうか。日本人作家のコーナーには背筋をピンと伸ばしたスーツ姿の紳士とその連れらしき小柄な女性が、やはり行儀良く単行本に向き合っている。カウンターの女性店員はよほど暇なのか、じっとうつむいたまま、スリットの整理か何かの細かい作業に没頭していた。
……人が少ないのだ。奇妙に売場が空いている。
表通りは無数の人がうごめき、入り口に差し込む光は、まぎれもなく日曜午後の陽射しだった。ガラス一枚を隔てたビルの通路はひっきりなしにカップルや家族連れが行き交っている。外の喧噪に較べると、書店の中はまさに別世界だ。巨大な掃除機が余分な人と物音を吸い込んでしまったように。記憶のスケッチがたしかなら、つい二、三週間前の同じ時間、間違いなくこの場所は、歩行者天国以上の人混みがあったはず。その情景をありありと思い出し、ぼくはゴクリと唾を飲んだ。
心もとなく米作家の新刊本を手に取り、薄気味悪い気持ちでカウンターに向かった。
そして、キャッシャーの上に掲げられた大きな筆文字が、いきなり目に飛び込んでくる。
「雑誌売場は二階に移りました」
知り合いに腰のあたりをコツンと小突かれたような感覚で、ぼくは苦笑した。数週間前に蜜蜂が群がっていたのは「書籍」ではなく、無数のタレントが派手に着飾る「雑誌」だったのだ。そんな簡単な花の変化に気づかずに、群れから取り残されるなんて……すっかり気恥ずかしい思いに囚われたまま、新宿駅の雑踏に身を委ねた。
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