叶泉『お稲荷さんパワード』刊行記念

著者インタビュー/Q:ボイルドエッグズ・村上達朗 A:叶泉

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『お稲荷さんパワード』著者インタビュー


Q:『お稲荷さんパワード』はボイルドエッグズ新人賞受賞作『お稲荷さんが通る』の続編にあたります。刊行までに二年もかかっているのですが、その間、なにしていたんですか?(笑)
 
A:著者略歴にも書かれていることですが、小説は二十八歳の時に初めて書き始めた。それまでずっと舞台をやっていたけれども、とにかく金がない。劇団をつくりたかったけど(一度つくって失敗した)、自分の生活すらままならない状態だった。しかも、気がつけばもうすぐ三十歳。体力にも衰えが出てきて、奴隷のような現場仕事をするのも難しくなってくるのでは? と、頭をよぎるようになり、何か別の方法で金を稼がなければいけないと思うようになった。自分にできて、何億円も稼ぎ出すことができる方法を考えた末、小説家になることを決めました。
 小説家になると決めてすぐに大塚英志氏の『キャラクター小説の作り方』と公募ガイドを買いに行った。そしたら大塚氏の著書に「小説を読んでいなくても小説家になることは可能である」といった内容が書かれていた。生まれてから今まで百冊ぐらいしか小説を読んだことがなかった自分にとっては、敬愛する大塚氏がそう書いているんだから小説家になれる! と、根拠のない自信を持ったのを覚えています。
 参考までに自分が小説を書くにあたってとても影響を受けた本は、あかほりさとる氏・天野由貴氏の共著『オタク成金』、岡田斗司夫氏の『遺言』、押井守氏の『勝つために戦え!』、保坂和志氏の『書きあぐねている人のための小説入門』、岩井志麻子氏の『自由戀愛』です。
 そして運良く(?)第九回ボイルドエッグズ新人賞をいただき、なんとか小説家という肩書きを手に入れたわけですが、そこからが大変だった。
 受賞してから発刊されるまでに十カ月以上も間があいているわけですが、その間、ひたすら朱と格闘していた。
 本当に大変だった(朱を入れていた村上氏は自分の百倍大変だったと思います)。そもそも朱が入っている部分になぜ朱が入っているのかがまったく理解できない。「てにをは」もわからない。「いい文章」みたいなものも自分のなかで構築されていないから、言われるがままに直してみても、文章バランスがまったくとれない。それまでは小説の書き方指南の本を参考にしながら、心おもむくままに書いていたけれど、自分の感覚で直していては朱が通らない。
 これはまずいと思い、BOOK OFFの百円文庫本を、あ行から順番に買っていった。バイトの合間をぬって八カ月で三十冊ぐらい読んだけれど、何がいい文章なのかはさっぱりわからない。しかし、とにかく直して送るしかない。睡眠時間を満足に確保できないけれど、バイトもしないと生きていけない。そんな状態で『お稲荷さんが通る』は出来上がりました。もちろん、納得いく出来のはずがない。
『お稲荷さんが通る』が発刊されたあと、これはちょっと根本的に考えたほうがいいと思った。出版不況の現在、次が売れなければ作家生命も危うい。
 とりあえず、無理に小説を読むことをやめた。どうせ多読の作家には読書量で勝つことはできないし、バイトが忙しいので時間もとれない。それに同じ方法で文章力を磨こうとしても、猿真似になってしまう。
 勉強が大嫌いで高校中退して今まで生きてきたのに、今さら勉強じみたことなんてできないんですよ。自分がやりたいことしかやれないし、やりたくない。だから自分が今までやってきたもので勝負するしかないと思った。
『お稲荷さんパワード』を執筆するにあたって、自分にとっての「いい文章」の方法論を構築することに力を注ぎました。そしたらあっという間に二年経っていた……なんて、かっこつけて書きましたが、怠慢な性格が発刊の遅れたもっとも大きな原因です。
 
Q:今作は前作より小説としての魅力が数段UPしています。力作だと思いました。前作を知らなくても違和感なく「桐之宮稲荷の世界」を楽しめるところにも感心しました。文章も僭越ながら、ずいぶん上達しているように見受けました。答えにくいとは思いますが、自身ではどう思いますか?
 
A:自分としても、確実に文章が上手くなったと思っています。
 今までやってきた約四十職種ほどのバイトを通して、本当にいろいろな人に出会った。小説の登場人物のほとんどは、今まで出会った人をモデルにしています(複数混ぜる場合もありますが)。生の人間を見て、接して生きてきたという自負があるので、小説の中のキャラクターが生きているということに関してはそれなりに自信がありました。
 問題は筆力。映画のコンテの方法論(アニメではダメ)が小説を書くことに凄く似ていると気づいてから、「よい文章」というものが少し見えた気がした。それから、なんとなく上手く文章が書けるようになった。もちろん、まだまだなのは自覚しておりますが……。これからも精進していきたいと思っております。
 
Q:主人公の桐之宮稲荷は、中国の統治下にある世界で最低辺の生き方を強いられているせいか、社会をずいぶん息苦しく感じているようです。「あとがき」にも、エピソードとして「最下層の代表として、社会に訴えかけるような作品をいつか書いてみたい」と話したということが書かれてますが、稲荷さんには自身の心情などが反映されているのですか? いまの日本の状況を百年後の京都に投影させようというもくろみもあったりしますか?
 
A:『お稲荷さんが通る』は最初、岡崎京子氏の『東京ガールズブラボー』をイメージして書いた話だったんです。稲荷が娼婦仲間とご飯食べてお茶して買い物して男の話して(菅原道真を祓うってエピソードはあったけど、シンプルなものだった)、ただそれだけって内容だった。世界観だけ特殊だけど、あとは日常って話のつもりだった。
 けれど、直していくうちにどんどん内容を変えていったら収集がつかなくなった。最終章でどう落とすか九章まで書き終わった時点でまったく思いついていなくて、一週間ウンウン唸りました。半ばやけくそであの落ちになってしまった。
 だから、最初の投稿したときの稲荷と今の稲荷は違います。もっと言えば、『お稲荷さんが通る』と『お稲荷さんパワード』の稲荷も微妙に違う。『お稲荷さんが通る』では自分の信条とは違う部分が実力不足のせいで入ってしまった。その部分を不自然じゃないように上手く修正しながら、『お稲荷さんパワード』を書いていきました。
 実は稲荷のキャラクターの原点は、裏モノの女子高生ビデオなんです。買われた女子高生が「大きいですね」って言ってる姿や、シャワーを浴びながらの会話が、老獪な娼婦みたいでグッときた(いろんな意味で)。『お稲荷さんが通る』第一章の冒頭の会話は、ほとんどビデオのまんまです(笑)。
『お稲荷さんパワード』は自分自身の心情がかなり反映されていると思います。ただ、稲荷が最底辺の生き方を強いられているせいで、息苦しく感じて生きているのかは少々疑問です。読んでいてそう感じてしまうのなら、自分の実力不足ですね。
 多分、大半の人は今の生活に満足していないと思うんです。多かれ少なかれ「苦しい」と感じながら生きている。そして、どちらかというと社会の上よりも下のほうが外から見ていて「生きている」感じがする。だから、人間ドラマ的な作品は社会の下層を描いた作品が多い。
 なぜ底辺のほうが「生きている」ように見えるんでしょうかね。問題が多いから? 感情的な人が多いから?
『お稲荷さんが通る』の中に「弱者たちが求めたものが、さらに弱者たちを苦しめるという、世界の残酷な仕組みを、いったい誰が変えられるのだろう。そして、それを悲しいと思うなら、神さまを信じるしかないのだ。だから、あたしは神さまを信じない」という一文があります。これが自分の中で『お稲荷さん』シリーズのテーマだと思っております。
 いまの日本の状況を百年後の京都に投影させようというもくろみは、もちろんありましたけれど、いろいろな問題に警鐘を鳴らしたいとは思っていません。作品のなかで食品や宗教、自然や遺伝子問題などに触れてはいますが、それらを否定する気も肯定する気もないです。いろんな職種に携わってきて(メシが食えなかったので、飲食関係とのつながりはとくに深い)、とにかくお客が求めたものを提供するしかない。でなければ商売として成り立たない。消費者が悪いのか経営者が悪いのか、問題は難しいけれど、自分は消費者のほうが少し悪いような気がする。
 一例をあげると、震災のときに電池が高騰した。アマゾンで一万円とかで売られている。それに対してレビューで「人としての良識を疑う」とか散々に書き込まれている。けれど、それがあなたたちが求めた自由経済ってやつでしょ。怒っている人は今まで定価でしか商品を買ったことがないのかな? 最安値で商品を売り続けなければいけない経営者の苦しみをわかっていないし、その連鎖が自分たちにもはねかえっていることに気づいていない。飲食業界でいうならば、二百円とかの弁当に、品質を求めるほうがおかしい。それは作っている側も十分わかっている。ほんとだったら品質(儲け)をあげたい。けれども、安くなければ売れないから仕方がない。けっきょく、突き詰めて考えると経営者ってのは消費者なんですよ。何を買うかで社会が動いていく。
 どうするべきなのかということを、提示したくはないですね。どうせ、正しい答えなんてないんですから。自分がいいと思ったことをやっていくしかない。それが世界をつくっていくんだと思っています。
 
Q:そうなると読者としてはやはり、作者の日常をすこし知りたくなるのではと思います。顔写真を出さなかったり、性別を不詳にしたりしていますが、なにか理由があるのですか?(笑) 差し障りのない範囲で、作者の日常を教えてください。
 
A:顔を出さない理由は、十八歳から絶賛家出中で、現在も親族に追われているからです。性別は「顔を出さないなら性別も不詳にしたほうが面白い」と言われたから不詳にしているだけで、自分自身としては顔と、本人だとわかるような経歴さえ伏せてくれればいいかなと思っております。
 家出人ですので、保険はなく住所も不定。住民票の住所を移すと親族が定期的にチェックしていて、すぐに襲撃がある。現在はダミーの廃屋に住所を置いている状態です。
 十代の頃は家がなくて、バイト先のラーメン屋の更衣室に三カ月ほど住んでいたこともあります。その店は昼の十一時から朝の五時までやっているお店だったから、ひっきりなしに人が出入りする。そんな中でグーグー寝てた。バイトの人も変わり者が多く、更衣室に住み着いていることを気にしていなかった。
 自転車で野宿しながら岡山県の友達の家まで行って、その足で沖縄に新しい暮らしを求めに行ったこともありました。沖縄には仕事がなくてどうにもならなくなって、飛行機で成田に戻って、友達の家に転がり込んだ。その後、軽井沢で住み込みのバイトをしていた時期もありました。
 なんか変わり者によくめぐり合うんですよ。
 最初のまともなバイトはハンバーガー屋だったんですけど、店長が中国拳法の達人で、しかもゲイ(正しくは両刀)の人だった。ほんとうに強い人で、手刀でオーダー票を切ったりするし、ヤクザのボディガードをしていた時代にドスで刺されたという傷が三カ所あった。自分を採用した理由は「好みのタイプだったから」。ハンバーガー作っていると後ろから尻触ってきたり、乳首摘んだりしてくる。バックヤードにはサンドバッグが吊ってあり、休憩中はそれを叩いていた。それだけでも十分おかしい状況なのに、他のバイトが三ツ星のフレンチシェフとカリスマ美容師だった(もちろん、普通のアルバイトもいた)。なんでこんな所でバイトしてるの? って感じですよ。その三人に挟まれていつも働いていた。
 当時、演劇界では平田オリザ氏の日常をそのままやる「静かな演劇」ってのが流行っていたけど、それを観ながら「自分の日常をそのままやっても、静かな演劇にならない。日常ってなんだ?」って思っていました。
 その店ではアルバイトリーダーだったので、月末は店を閉めたあとで店長と二人きりで在庫を数えなきゃいけない。倉庫で在庫数えていると店長が後ろから抱き付いてきて耳元で「お前をこのまま押し倒して、犯すことなんて簡単だ。お前は俺に絶対勝てない」と囁いてくる。脅えている人をみると嗜虐心がくすぐられて、さらに苛めてしまう超ドS店長だった。まさにBL店長(鬼畜攻め)。今思うと貞操を守りきれたのは奇跡だったと思います。
 言い出すときりがないんですけど、こんな感じでひとつの職場に必ず変わり者がひとりいた。当時はほんとに大変だったけど、今になってみれば人物造形やネタになって助かっています。
 体が丈夫なことだけが取り得で、それだけで今までなんとか生きてこられたって感じです。なんせ保険も何もない状態で十六年間生きている。その間に行った医者は歯医者だけ。それ以外は気合でなんとかしてきました。市場で働いていたとき、魚の毒に手が侵されて肘のところまで真紫色に腫れ上がったことがあった。そのときも自分でカミソリで切って毒を出した。
 小説家らしくない肉体派な人生を送ってきております。
 
Q:今後はどのような作品を書いていこうと思っていますか。『お稲荷さん』は第三弾もあるのでしょうか。
 
A:小説を書こうと決めたときから、目標は「身体性のある文章」。ずっと舞台をやってきたので、とにかく身体性のあるものを書きたい。もっと言うと、文章の向こう側に行きたいですね。
 つい先日、岐阜県多治見市で行われた『灼熱オドリタイム 2012 in Tajimi』というダンスフェスティバルを観に行った。複数のダンサーが出演していて、みなさん素晴らしかったのですが、その中でも谷よう子氏のダンスが特にすごかった。ほんとに素晴らしいダンスは身体を超えて、その向こう側に行くんだということをはじめて知った。テクニックや振りが凄いのは当たり前で、そこから一歩先にいけるってことが才能なんだな、と思った。その境地に到達したいものですが、いったい何年かかることやら……そもそも到達できるのかも疑問です。
『お稲荷さん』シリーズ、第三弾は、書けるものなら書きたいですね。
『お稲荷さんパワード』を書いているときに、『お稲荷さん』シリーズは全四巻構想になってしまいました。そもそも『お稲荷さんパワード』では問題は何も解決されていない。
 それと、どうしても廃仏毀釈を書いてみたいという思いがあります。廃神毀釈という概念を出したのだから、やはりきちんと廃仏毀釈とは何かということを提示せねば、と思っております。第三弾が出るとしたら廃仏毀釈の話です。
 
Q:『お稲荷さんパワード』に興味をもってくださる読者、購買を迷っている(笑)読者に、作者から一言お願いします。
 
A:自分としてはあまり作者が「買って損はありません」的なことを言うことが好きではないです。まあ、まずは立ち読みして、面白そうだと思い、お金に余裕があったら買ってください。良くも悪くも好みが分かれる本だと思いますので。読むと人生が豊かになったり、賢くなった気になれるような本でないことは保障いたします。

装画・石居麻耶
装幀・カマベヨシヒコ
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