今月のゆでかげん(受賞作家 競作エッセイ)

お題:私の読書日記 
小嶋陽太郎 2017年9月11日

お題:私の読書日記/小嶋陽太郎 2017年9月11日
来月のお題:特別料理
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仲間を作っているんだぜ


 その本とは昔から友達で、僕はよく彼としゃべった。いろいろな話をしたが、何を話したのかは覚えていない。
 本としゃべるのはたいてい真夜中から朝方にかけてだった。真夜中から朝方にかけてという時間帯は世界が幻想のモヤみたいなものに包まれて、そこに本来あるべき現実感が希薄になる。だからそのときに交わした会話などの記憶も薄らぎがちになる。僕が覚えているのは僕が本と膨大な話をしたという事実のみで、その具体的な内容は忘れてしまった。ただ、本の形状や彼がまとっていた空気のようなものは覚えている。
 本はとても厚かった。大辞泉ほどの厚さだ。縦横のサイズは大辞泉より二回りくらい大きかった。木槌か何かでぶっ叩いても傷ひとつつかないのではないかというくらいかたいカバーがついていた。茶色に近いかすれたえんじ色をしていた。開けばページとページの間から何十年分かの埃が舞い散るような古さだった。世界の秘密を記した恐ろしく重要な古文書のような、または魔法図書館の奥に厳重に保管されている禁書のような雰囲気だった。なぜそんなものが僕の家にあったのかはわからない。人にもらったのか、どこかで拾ってきたのか、とにかく子供の頃から彼はうちにいた。
 僕はその本を開いたことはあっても、読んだことはなかった。黄ばんだページに何かしらが書かれていたはずだが、日本語だったのか外国語だったのか、縦書きだったのか横書きだったのか、絵や図があったのかそれとも文字だけだったのか、それすらも覚えていない。おそらくしゃべる本を普通の本と同等に扱ってわざわざ読む気にはならなかったのだろう。
 僕が高校生のときに彼は死んだ。僕は本に年齢をたずねたことがなかったが、僕が生まれる何十年(何百年かもしれない)も前から彼は生きていて、僕と出会った時点ですでに老人だった。〜じゃ、みたいな模範的に老人的なしゃべり方をした。
 本との会話の内容は忘れたと冒頭に書いたが、彼が言うことはたいてい意味がわからなかった、ということは覚えている。奥歯に物が挟まったようなものの言い方ばかりして、僕はいつも煙に巻かれる思いをしていた。しかしRPGのゲームや漫画などの物語の中に出てくる老人はたいてい示唆的で暗示的な妙なしゃべり方をしがち、という認識が僕の中にはあったから、僕は本(彼の存在は非常に物語的だった)のそうした人を煙に巻くようなしゃべり方を自然に受け入れて彼との会話を楽しんでいた。
 ものごころついたころから本は僕のそばにいて、僕は本とともに育ってきたので(僕が育っていたあいだ本は着実に老いて死に近づいていたわけだが)、本が死んだときにはとてつもなく泣いた。
 本は死ぬ少し前に、そろそろお別れだ、みたいなことを映画的に言った。それだけは覚えている。僕も本にすがりついて死なないでと映画的に泣いたが、泣いたところで本の死をどうすることもできなかった。本は死んだあと、しゃべりかけても返事をしなくなった。本が死ぬというのはつまりただの本になるということなのだ。僕はただの本になった本の前に座り込んだまま、長いあいだ映画的号泣を続けていた。目を覚まして夢だったと気づくのと同時に目から涙が流れていることにも気がついた。
 僕は毎日のように何かしらの夢をみる人間なのだが、夢の中で泣くことはまずない。ましてや目を覚まして実際に涙が流れていたなどというのはものすごく珍しい、というかこの一度きりなので、高校生のときにみたこの夢は鮮明に覚えているし、いまでもたまに思い出す。朝、目を覚ましたら泣いていた、などという、小説か何かの一節みたいなことが本当にあるのだなあと我ながら感心した。
 いま思うのは、本は本だったのだから一ページくらい読んであげればよかったぜということである。いったい彼の中には何が書いてあったのだろう? 彼はいまでも僕の頭の中のどこかでただの本としてじっとしているのだろうか。会えたら報告するんだけど。おれいま、おまえの仲間を作っているんだぜ。

著者プロフィール

近況:
朝晩が寒い。

小嶋陽太郎(こじま・ようたろう)
1991年、長野県松本市生まれ。25歳。信州大学人文学部中退。『気障でけっこうです』で第16回ボイルドエッグズ新人賞を受賞。受賞作は7社が参加した競争入札の結果、角川書店が落札。2014年10月30日、角川書店より刊行。幻冬舎ウェブサイト「幻冬舎plus」にて、連載エッセイ『新人作家は今日も大学近くの喫茶店でぐずぐずしています。』を開始(連載は2016年2月でいったん終了)。『気障でけっこうです』で一躍人気者となった主要人物、キエちゃんが登場する短篇「ハムスターと私」が電子雑誌「小説屋sari-sari」2015年3月号に掲載。長篇第2作『火星の話』は、4月25日、角川書店より刊行。「小説すばる」7月号に短篇「空に飛び蹴り」が掲載。10月4日より、朝日中高生新聞で『銀杏の木の下で』を連載(2016年3月末連載終了)。11月24日、長編第3作『おとめの流儀。』をポプラ社より刊行。「別冊文藝春秋」電子版5号(2015年12月刊)より、長編『こちら文学少女になります』の連載を開始(2016年6月刊電子版8号で連載終了)。2016年4月より、朝日中高生新聞で『銀杏の木の下で』の続編『真夏の一番星』を連載(9月末連載終了)。「小説すばる」7月号に短篇「吠えるな」が掲載。「小説新潮」8月号に短篇「沼」(神楽坂怪談特集)が掲載。9月29日、文藝春秋より長編第4作『こちら文学少女になります』を刊行。「小説すばる」11月号に短篇「怒る泣く笑う女子」、「小説新潮」12月号に「(爆)」が掲載。11月25日、『気障でけっこうです』(角川文庫)刊行。2017年1月、「小説新潮」2月号に短篇「或るミコバイトの話」が掲載。2月、『気障でけっこうです』が第6回北陸文庫大賞を受賞。長編第5作『ぼくのとなりにきみ』をポプラ社より刊行。3月、「小説すばる」4月号に短篇「ストーリーテラー」が掲載。4月、「小説新潮」5月号に短篇「友情だねって感動してよ」が掲載。6月、「小説すばる」7月号に「僕とじょうぎとぐるぐると」が掲載。8月、長編第6作『ぼくらはその日まで』をポプラ社より刊行。

Back Number 2017

9月のお題:私の読書日記
母は、シリウス星へ里帰り………尾﨑英子
仲間を作っているんだぜ………小嶋陽太郎

8月のお題:ひと夏の冒険
ああそう、と心から思った……小嶋陽太郎
ルンルンを穿いておうちに帰る
        ……………………黒瀬陽

初肝試し……………………………園山創介

7月のお題:七不思議
ヨシキ……………………………小嶋陽太郎
弘法大師と脱糞の不思議……………黒瀬陽

6月のお題:ファースト・コンタクト
夏の夜のお姉さん………………小嶋陽太郎
ファースト・コンタクト with コンタクト
        ……………………黒瀬陽

トッピング的会話…………………園山創介
 

5月のお題:溺れる 
シェイク、プリンシェイク…………黒瀬陽
実に高度で複雑なひとりごと…小嶋陽太郎

4月のお題:春は〇〇
春はキラキラフィルター…………園山創介
虫がちになりて…………………小嶋陽太郎
春は懺悔………………………………黒瀬陽

3月のお題:私の一週間
初稲荷…………………………………黒瀬陽
日替わりの電話…………………小嶋陽太郎

2月のお題:占い
おすすめの一人遊び………………尾﨑英子
関根勤宣言……………………………黒瀬陽
見習いのおばちゃん………………園山創介
神の目標占い……………………小嶋陽太郎

1月のお題:今年の漢字
試……………………………………園山創介
超相槌としてのピース…………小嶋陽太郎

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