今月のゆでかげん(受賞作家 競作エッセイ)

お題:卒業 
小嶋陽太郎 2018年3月19日

来月のお題:櫻の樹の下に
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お題:卒業/小嶋陽太郎 2018年3月19日
Taiko Super Kicks のちヨシキ


 二月初旬、YouTubeで音楽を聴いていたら、あなたへのおすすめみたいなところにTaiko Super Kicksというバンドのミュージックビデオが出てきた。
 バンド名から推察するにバスドラムを蹴りまくって破るタイプの暴力的な音楽集団でしょうね、おっかねえなあと思いつつクリックしたところ、クールで幽玄で気怠くてセンス横溢って感じの、太鼓破壊とは無縁のドンピシャリに好みの音楽だった。僕は一聴してファンになった。ちなみにそのとき僕が着ていたトレーナーにはNIRVANAすなわちタイコに限らずいろんなものをぶっ壊す人たち。のグループ名が大きくプリントされていた。
 Taiko Super Kicksのファンになった僕は二月中旬に彼らがフリーライブをやるという情報を入手し、当日、勇んで駆けつけた。
 会場は渋谷キャストというよくわからんところで、事前に得た情報によるとデザイナーの人とかイラストレーターの人とかが自分の作品を展示・販売しとるような会(?)が催されているところで演奏するらしい。
 挙動不審な感じでそろそろ〜っと建物に入っていくと、作家の人たちが作品を販売するための細長いテーブルがいくつかあり、丸テーブルもいくつかあり、おしゃれっぽい人がぽろぽろといる。なんかこわい。のでバーカウンターのお兄さんに金を払い真昼のビールドランカーになる。
 数分後、メンバーのみなさんがのそのそーっとステージに出てきて、するするっと演奏した。おそらくのそのそーっと出てきてするするっと演奏する人たちだろうと僕は事前に予想していた、慧眼。
 ライブははっきりいって素晴らしかったので素晴らしかったと言うしかないが、それをみたことによって身体に生じた現象という側面からひとつ述べると涙が出そうになった。出そうになっただけで出なかったのは反射的に出ないように頑張るという習性がはたらいたからである家じゃないし。
 実は僕は大学時代バンドをやってギターを弾いたりなどしていた。でも四年生か五年生くらいのときにぼやーっとした感じでやめてしまった。ギター自体はいまも家でひとりでめちゃ弾いてるけど。
 Taiko Super Kicksはおそらく僕と同じくらいの年である。同世代の人がこんないかすバンドをやってるんだなあ、俺はバンドをやったようなやらんようなぼやーっとした感じでやめちゃったなあ……と思うと眩しくて直視できない感じ、四文字で言うと、あこがれ。みたいな感じすらあって、ステージを見ながら僕はなんつーかうらやましいのとぐっときたのとで泣きそうになっちゃったんです、応援してます。
 といった意味のことを終演後の物販でCDを買いながらメンバーの人に一方的に言って、そのうえ勇気を振り絞って自分の本まで渡してきた。のだがこれはいま思い出してマジ恥ずいんですけど、と書きながら高二女子になるくらいには恥ずかしい行動である。
 それはともかくこのバンドみんな聴けよ〜楽曲も音もすべて気持ちよく心地よくなおかつどきっとするので。と僕は言いたい。
 ヨシキに再会したのはその帰り道のことである。
 会場を出て少し歩き、線路の裏側の人通りの少ないがらんとした道をふらふらしていたら「手品 無料」という張り紙つきのテーブルとともに立っている青白い顔の目のくりっとした男がいた。僕は横目でちらりと見て一度通り過ぎたが、三十メートルくらい行って何か引っかかるものを感じて彼のところまで戻った。
「あの、手品、やってくれるんですか」
「あっ、はい、ありがとうございます」と手品無料は言った。
 テーブルの上にはトランプがあった。テレビでよく見る「この中から一枚引いて僕に見えないように数字とマークを覚えてください。はい、じゃあ、ぱらぱらっとやるんでストップって言ってもらえますか、ありがとうございます。ここに入れてシャッフルして……」みたいななんやかんやをやって最終的に「あなたが引いたカードはこれですね」というやつをはじめとしていくつかの手品を披露してもらった。
 カードマジックを目の前で見るのは初めてで、一つ終わるたびに、え、わ、超すげえ、といちいち驚く上客だった、僕は。あと驚きながら終始、「顔色の悪い人だなあ、つーかやっぱなんか引っかかるような」と思っていた。
 なぜこの場所で手品をやっているんですかとたずねると、学校はトランプを持っていけなくて人に見てもらう機会がないので、と彼は言った。
「学校? 学生さんですか?」
「はい」
「大学生?」
「中三です。ここ、お父さんの会社の前なんです」
 手品無料はそう言いながら背後の雑居ビルみたいな建物を指した。
 独特の雰囲気を醸し出していたので、そこまで子どもではないだろうと僕は思っていた。が、言われてみればまあ中学生くらいか、と納得できるあどけなさもあるような、いやないような、いやあるような……わからん。というか年齢以前にもっと別の何かがおかしいような。
 ともかく手品を楽しませてもらった礼を言って僕はまた歩き出し電車に乗った。
 電車に揺られながら、あの子、仮に一日じゅうあそこに立っていたとして、何人の人に手品を披露できるのだろう、と考えるとなんだか胸打たれるものがあるような気がして、フレーフレー手品無料と心の中で旗をぶん回していたのだが、ある瞬間唐突に脳におとずれたニューロンだかシナプスだかがアレしたようなビュワッとした感じ(曖昧)に思わず、ワ、と声をあげた。
 というのは手品無料がヨシキだったからである。
 ヨシキを知らない人は僕がこことか幻冬舎プラスで過去に書いたヨシキに関するエッセイを読んでほしいのだが(ゆでかげんだったら2017年7月の「ヨシキ」っつー回)、簡単に言えばヨシキは僕の小中学校の同級生で、しかしおそらく人間じゃなくて人形、つーかピノキオに違いないと僕が考えていた男子である。細くて目がぱっちりしてつるんとした白い顔をして、全体的にピノキオじみていた。ピノキオだから成長できないので学年が上がると体のパーツを取り換えてみんなと同じように成長しているかのように演出し、それでも中学生くらいになるとさすがにごまかしきれなくなるので転校してまたどこかで小四からやり直す。それを繰り返してヨシキは生きている。いまもどこかで小学生か中学生をやっているはずだから自分の学校にピノキオがいる/いた、という人は僕に報告してください。
 と僕は過去に書いたが、なんということでしょう、一年もたたないうちに自分自身でヨシキを見つけてしまったのである、渋谷で。
 年齢不詳な感じといい、見ていてソワソワするようなあの雰囲気といい、目のくりくり感といい、手品無料はどう考えてもヨシキだった。そしてヨシキであるところの彼は中三だと言っていた。中三とはヨシキの上限である(と僕は思っている)。
 なぜ見た瞬間に「これヨシキじゃね?」と思わなかったかというと、そんなところでヨシキと再会するとは思わないし、路上で「手品 無料」という突飛さに気をとられていたからである。でも冷静になるとまぎれもなくヨシキ。トイストーリーのキャラクターが多量にちりばめられた目がチカチカするパーカーを着てた(たしか)し、あれは「人形なのに人形がプリントされた服を着ちゃう」というヨシキなりのジョーク、人形ジョークに違いない。ヨシキ=小学校高学年から中学生を繰り返す人形、という僕の推理が正しかったことが証明された瞬間である。
 しかし僕が勝手に人形だと思ってエッセイのネタにしていたぶんには問題ないが、こうなってくると一気に現実味つーかホラー味が出てくる。でもヨシキはいい人形だから怖がる必要はないです、手品無料でやってくれるし。
 来たる四月。中学を卒業した手品無料ことヨシキは、どこかでまた何度目かの小学校四年生になり、人間の子どもたちにまぎれ込んで勉強したり遊んだり手品をしたりするのでしょう。
 次は何県に行くんだろう。


著者プロフィール

近況:
何度か書いてるけどニルヴァーナも大好きです。中二のとき家に帰ったら姉が台所で『You Know You're Right』を流していて「暗っ」と思ったのが俺のニルヴァ―ナ初体験だった。

小嶋陽太郎(こじま・ようたろう)
1991年長野県松本市生まれ。2014年『気障でけっこうです』(KADOKAWA)で第16回ボイルドエッグズ新人賞を受賞しデビュー。その後、在籍していた信州大学人文学部を中退。第二作は15年『火星の話』(KADOKAWA)、第三作は『おとめの流儀。』(ポプラ社)、第四作は16年『こちら文学少女になります』(文藝春秋)、第五作は17年『ぼくのとなりにきみ』、第六作は『ぼくらはその日まで』(以上ポプラ社)、第七作は『悲しい話は終わりにしよう』(KADOKAWA)。文庫化作品に『気障でけっこうです』『今夜、きみは火星にもどる』(『火星の話』改題/いずれも角川文庫)、『おとめの流儀。』(ポプラ文庫)がある。「小説すばる」「小説新潮」にそれぞれ連作短篇を発表。2018年4月、「小説すばる」の連作短篇をまとめた単行本を集英社から刊行予定。

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