今月のゆでかげん(受賞作家 競作エッセイ)

お題:櫻の樹の下に 
黒瀬陽 2018年4月2日

来月のお題:トラベル・ミステリー
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お題:櫻の樹の下に/黒瀬陽 2018年4月2日
黒瀬陽の東方見聞録


 次回作の取材のため、私は群馬県の館林市を訪れていた。作中に登場するスポットをめぐり、十二時五十二分の特急に乗らなければならない。十四時三十分に東京の神田駅で村上さんと待ち合わせしていた。
 この日、関東は肌寒く、あいにくの雨模様だった。館林の書店で地図を購入し、同じ道を行きつもどりつ神社などに足を運ぶと一時間が経っていた。すでに十二時をまわっており、三キロあまり先の分福茶釜で有名な茂林寺(もりんじ)を取材して、タクシーで館林駅に帰るつもりだった。が、このままでは間に合わない。しかたなく小雨のなか私は走って移動することにした。
 三十半ばにして街じゅう駆けまわることになるとは思わなかった。小学生のとき、自転車がなく同級生のあとを走って追う友人がいたが、そんな気分だった。ヘトヘトになって、何度も立ち止まりながら、幹線道路に沿ってマラソンをした。途中、館林城跡を見かけたが、たんに杭が刺さっているだけだった。
 国道をわたり、住宅地を抜けると、茂林寺につづく土手沿いの道にたどり着いた。土手には小川がちょろちょろ流れており、道に沿ってまだつぼみの桜の木が並んでいた。舗装されていない道は雨でぬかるみ、走ると泥が飛び散った。やがて景色は見渡すかぎりの自然に変わる。じつにのどかな風景だった。
 まもなく入口に二匹の信楽焼の狸がおかれた小さな橋と出くわす。ひとつは狸の置物で、もうひとつは分福茶釜のそれだった。道をはさんで看板が立っており、「茂林寺沼及び低地湿原」と記してある。当地は天然記念物に指定されているらしい。私はかまわず土手沿いの道を進んだ。いちいち反応している余裕はない。
 だが、しばらく行くと私は足を止めていた。川のうえを無数の鯉のぼりが泳いでいたのだ。岸をまたいで何本もロープが張られ、いずれも端から端まで鯉のぼりが吊るされていた。川岸の桜も満開で、息を呑むような美しい光景だった。時間がないのを承知で膝をつき、桜と気の早い鯉のぼりをスマホのカメラに収めた。霧雨が頬を濡らし、ジーンズに泥がついた。
 梶井基次郎は短編「桜の樹の下には」で、桜の木の下には死体が埋まっており、腐乱した死体からしたたる液を桜の根が吸い上げているから、あんなにも美しい花を咲かせているのだと書いた。
 茂林寺川の桜の下に使命を終えた〝提供者〟たちの死体をイメージしたのは、早川書房の訪問にむけてカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』を読んだせいかもしれない。奇しくもソメイヨシノは同じ個体を接ぎ木で増やしたクローンであり、だからほぼ同時期に開花して散っていくのだといわれている。臓器のない死体をすすった桜並木は、ヘールシャムの生徒たちの〝展示館〟の作品のようにはかなくも美しかった。
 そのまま土手沿いの道を行くと大通りにでた。が、茂林寺はまるで見つからない。おかしいと思いグーグルマップで調べると、先ほどの狸の橋で湿原に入るべきだったようだ。私はあわてて土手の道を半分もどることになった。五分間のロスだった。
 湿原はいちめん泥に浸っており、少しかさ上げされた木板の道がかろうじて浮かんでいた。木道をたどると、やがて左手に沼が見える。「茂林寺沼及び低地湿原」というわけだった。もう茂林寺で取材する時間は五分と残っていなかった。
 木道を抜けると茂林寺があり、走りまわって五分ほどで取材を終える。雨のせいか観光地なのに人っ子ひとりおらず、狸の置物をずらりと並べたお土産屋も閑散としている。どこにもタクシーは見当たらず、私は歩いて茂林寺駅に行くことになった。遅刻を覚悟していた。
 電車を乗り継ぎ、遅れるむねを村上さんに連絡して、神田駅に到着したのは十四時四十三分だった。駅前で落ちあい、村上さん行きつけの喫茶店で打ち合わせしたのち、神田にある早川ビルディングに向かった。表通りのガラスケースには、話題のトランプ暴露本や先日亡くなったホーキング博士の著作、「伝説の直木賞作家」原尞氏の十四年ぶりの新作とともに、カズオ・イシグロのノーベル文学賞記念講演の本がならんでいた。
 受付をすませると、早川のOBの村上さんは社員さんたちと懐かしそうに談笑している。それから一階の喫茶店「クリスティ」で、担当編集者さんや部長さんと初対面。本のタイトルや表紙、オビについて打ち合わせする。その後、編集部にお邪魔してたくさん名刺をいただいた。出版社の編集部に立ち入ったのは初めてで感動的な体験だった。
 大学図書館でいったん資料を漁ってから、夜は村上さんと編集さんと神保町で会食した。タイ人少年の物語である作品にちなんで、村上さんがタイ料理のレストランを用意してくれた。洒脱な心にくい演出である。
 私が図書館に行っているあいだ、村上さんはクリスティで早川社長とワインを嗜んでいたそうで、すでにほろ酔いだった。編集さんは村上さんが退社前に面接した最後の社員で、就活生としては三浦しをんさんと同期らしい。少々辛いがおいしいタイ料理と、料理によく合うお酒をいただいたのち、お二人と別れ、池袋のホテルに向かった。
 シングルルームのベッドで靴下を脱ぐと、左右の中指のつめが黒く変色していた。十数年ぶりに走ったとたんこのザマである。しかも雨で濡れたせいかスマホもバグって、館林で撮った写真がすべて消えていた。エッセイで使う予定だった桜の写真も散ってしまった。今月のエッセイの写真どうしよう。


早川書房前(ボイルドエッグズ村上撮影)


著者プロフィール

近況:
村上さんが早川ビルの前でiPhoneで写真を撮ってくれていて助かった。単行本のあとがきのため、往きはわざわざ高速バスに乗ったのだが、トランクに預けたバッグのカメラも壊れてしまった。なにしに館林まで行ったのだろう? おまけに風邪まで引いてしまった。

黒瀬陽(くろせ・よう)
1982年、広島県生まれ。35歳。早稲田大学人間科学部卒業。東京大学大学院修士課程修了後、会社員。日商簿記2級。電子会計実務検定2級。法人税法能力検定1級。運転免許なし。現在、新たな資格の取得に勤しみつつ、執筆に精進する日々。『クルンテープマハナコーン(ry』で第20回ボイルドエッグズ新人賞を受賞。受賞作は近く早川書房より刊行される。

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