今月のゆでかげん(受賞作家 競作エッセイ)

お題:夏への扉 
尾﨑英子 2018年6月4日

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お題:夏への扉/尾﨑英子 2018年6月4日
イマジナリーフレンドと『くらげホテル』


 四歳の次男にはイマジナリーフレンドがいる。
 イマジナリーフレンドというのは、幼少期の子供が空想の中に作り出す架空の友達のことである。
 はじめて登場したのは、二歳頃だっただろうか。
 単語をつなげて話せるようになった頃から、「かめおつくん」という名前がよく出てくるようになった。
 たとえば、
「今日は何して遊んだの?」
 とわたしが訊くと、
「『かめおつくん』とお庭で遊んだ」
 という返答だったり、
「○○はエビが好きだね」
 とわたしが言うのにたいして、
「『かめおつくん』もエビが好きなんだって」
 という感じで、何気ない会話の中に出てくるので、当初は、「かめおつくん」という友達が、現実に、たぶん同じクラスにいるのだろうと思っていたのだ。
「かめおつ」だなんて、変わった名前だな。
 ファミリーネームなのか、それともファーストネームなのか。亀乙と書くんだろうか。
 そんなふうに考えていたのだが、ある時、それがリアルに存在するのではないのだと判明した。
 それは、家で昼寝をしていた次男が目を覚ました時のこと。
「あれ、『かめおつくん』は? さっきまでいたのに」
 と言うので、わたしは首を傾げた。その日は休日で、朝から次男はずっと家にいたので、友達には会っていなかったからだ。
「『かめおつくん』どこにいたの?」
「どこって、ここだけど」
 次男は答えた。
 そこで、もしかして? と気づきはじめた。
「『かめおつくん』って、よくお話に出てくるけど、いちごぐみ(園のクラス)さんのお友達?」
「ちがうよ」
「じゃあ、どこで会うの?」
「どこって、いえとか?」
 家に「かめおつくん」という友達が来たことはない。
 そこでようやく、合点がいった。
 なるほど、「かめおつくん」はイマジナリーフレンドなるものだったのか。
 イマジナリーフレンドというのは、本人の空想の中だけに存在し、ときには会話をしたり、子供によっては視界に擬似的に映し出して一緒に遊んだりもするらしい。
 次男が「かめおつくん」とどこまで密にかかわっているのか知りたくなって、わたしはあれこれと質問した。
「『かめおつくん』って、どんな顔してるの?」
「えっとね(しばらく考えて)顔はまん丸でしょう、目も丸くでしょう、めがねしてる」
 ほほう、めがねをしているとは意外だった。ここまで描写できるということは、次男も擬似的に見えているのかもしれない。
「『かめおつくん』はいくつなの?」
「えっとね(しばらく考えて)六さい」
「年上なんだ?」
「そうだよ」
「年長さん?」
「がっこうに行ってるよ」
「へえ、そうなんだ」
「妹はようちえんだけどね」
「かめおつくん、妹いるの?」
「いるよ。『びーだまちゃん』」
「ビー玉?」
「ちがう、『びーだまちゃん』だってば。びーだまちゃんは、めがねしてない。『かめおつくん』と『びーだまちゃん』はお風呂に入らなくてもいいの。よごれないんだって」
「へえ、よごれないんだ? 生きてるのに?」
「えっ?」
「だって、生きていたら普通は汚れるよね。泥んこで遊んだら黒くなるし、汗かくこともあるでしょう」
 わたしが少し意地悪くそう言い返すと、たしかに、そこはおかしいと思ったのか、
「あっ、でもよごれることもあるんだって。だから、お風呂にも入るって」
 と、次男は訂正する。
 たぶん、わたしに「生きていない」と思われたくないのだろう。
 こんな感じで説明できるほど、次男は「かめおつくん」&「びーだまちゃん」兄妹と頭の中で遊んでいるようだ。
 
 子供には大人の目には見えないものが見えていることがある、という話はよく聞く。
 今年で十歳になった長男も、四歳くらいまで、人のオーラの色が見えていたようだった。
 親や先生や友達の絵を描くのに、いちいち色を変えて描いているので、なぜだろうかと思っていたのだが、わたしの似顔絵がオレンジ色と紫色だったのを見て、ピンと来た。
 オカルト好きのわたしは、かつて三人の方に(チャネラーとサイキッカーと作家)、オーラがオレンジと紫だと言われたことがある。三人に言われるのだから、きっとそうなのだろうと思っていたので、長男の絵を見て、この子はオーラが見えているのかもしれないと気づいたのだ。
「ねえねえ、お母さんってオレンジと紫なんだ?」
 と訊くと、
「そうだよ」
 と即答した。
「じゃあ、えりこ先生は何色?」
「赤だよ」
「ゆか先生は?」
「うーんと、水色」
 と答えるのだ。
 しかしそんな不思議な力も、喋るのが上達するとともに、少しずつ薄まってしまった。
 五歳になる前には、「あの人は何色?」と訊いても着ている服の色を答えるようになり、親としてはホッとするような残念なような、複雑な気分になったものだ。
 なので、次男も幼少期限定の不思議な「目」を持っているのだとわかり、わたしとしてはおおいに嬉しいわけだ。
 どんどん「かめおつくん」と遊んでくれよ。
 そんな気持ちで、次男の口から「かめおつくん」の名前が出てくると、思いっきり会話に乗るようにしている。
 そして言葉の発達とともに、今のところその存在が消えてしまうことはなく、「かめおつくん」の設定はどんどん詳細になっていくのだった。
 たびたび我が家に来ていたらしい「かめおつくん」だったが、最近はなかなかこちらに来られなくて遊べないらしい。
 なぜかというと、
「だって『かめおつくん』、中国にいるから」
 と言うのだ。
 なんでまた中国?
 っていうか、中国という国を知っていたことにも一瞬驚いたが、おそらく父親が中国出張に行ったので、その話が次男の頭にインプットされているのだろうと推測できた。
「中国に住んでるの? 家族と一緒に?」
「そうだよ。すごく広いんだよ。大きな池とプールがあるからいっぱい遊べるって」
 なんと、「かめおつくん」は中国の富裕層のご子息だったのか!
 ひょっとして華僑出身?
 もっと早く言ってくれよ。
 そんなことなら家族ぐるみでお付き合いしたのに……などと言いたくなる。
「『シムラちゃん』も、お水遊びが好きだって」
「えっ、『シムラちゃん』?」
 誰それ? 
 新しいキャラが登場して、ドキドキしながら聞き返した。
「『かめおつくん』の妹だけど」
「もう一人妹がいたんだ? ってことは『びーだまちゃん』の妹?」
「違うって。びーだまちゃんのお姉ちゃんだって」
 そんなことも知らないのかと言いたげに、次男はため息まじりで教えてくれる。
 知らなかったよ、三人兄妹だったなんて。
 それにしても「シムラちゃん」という名前はスルーできない。
 そもそも「かめおつくん」と「びーだまちゃん」という名前もどこから来たのか知りたいところなのだが、今のところよくわからない。次男のネームミングセンスが、謎である。
「シムラ」といったら、わたしの頭には志村けんさんの顔しか思い浮かばない。志村けんさんのご親戚とか?
「シムラ」がファミリーネームなら「かめおつくん」のフルネームは「シムラかめおつ」となるのか。
 しかし「かめおつくん」と「びーだまちゃん」をファーストネームで呼んでいるのに、「シムラちゃん」だけ業界人みたいに苗字にちゃん付けというのはおかしいか。
 なかなか深いぜ……イマジナリーフレンド。
 
 さて、話は変わって、こちらも少し不思議な世界の話。
 KADOKAWAから新刊『くらげホテル』が、五月三十日に発売された。
 このたびの舞台は北欧、フィンランド。
 白樺の森の奥にある「ホテル・メデューサ」。
 年齢も経歴もばらばらの四人の日本人が、ある噂を信じて引き寄せられるようにこの土地にたどり着いた。
 ある噂というのは……。
 ここに異次元の世界に通じるルートがあるというもの。
 いったい異次元の世界というのは、どういう場所なのか?
 多次元宇宙? パラレルワールド? それとも死後の世界?
 四人の日本人は、どうして異次元の世界を求めてフィンランドまでやって来たのか?
 それぞれの胸のうちに秘められた事情が、少しずつ明らかになっていくのだが……。
 
 わたしは、この地球上のどこかに異次元に通じる場所があるだろうと思っており、もしあるとするならフィンランドの森の奥あたり? と勝手に見当をつけていて、そのことが、この物語が生まれる手がかりとなった。
 果てしなく広がる白樺の林で木漏れ日の美しさに誘われるように歩いていくと、いつしか方向感覚を失い、知らぬ間に異次元の世界に踏み込んでいた……そんなことがあっても、おかしくない。
 だって、ムーミンが生まれた場所ですよ? 
 少なくとも妖精(妖怪?)はいるはずだし、異次元の世界と繋がっていても不思議ではないでしょう。
 異次元の世界だなんていうとSF小説の類だと思われそうだが、オカルト文系のわたしがゴリゴリの理系小説に挑めるはずもなく、どちらかというと子供の頃から敬愛してやまない藤子・F・不二雄先生が描く『すこし(S)ふしぎ(F)』に近い世界観になっていると思う。
 何気ない日常の中でちょっとした不思議なことに出くわし、何か見えないものの力に背中を押されるように動いてみたら、いつのまにか異界に迷い込んでしまった人たちというのを描いてみよう……そう決めて、書き進めてきた。
 なので、小説の中で藤子・F・不二雄作品が重要な鍵を握る存在として登場する。
 ドラえもん? お化けのQ太郎? エスパー魔美? 
 どの作品が出てくるのか。
 読書の中でのちょっとした楽しみにしてもらえると嬉しい。
 
 さあ、もしも異次元の世界に行けると誘われたら、あなたは行きますか?


著者プロフィール

近況:
脚本を担当した(9話のうち5話)wowow×Hulu共同製作ドラマ『コートダジュールNo.10』特典映像満載(もたいまさこさんの現場リポート、主演者の方々のインタビュー他)のブルーレイ&DVD-BOXも5月30日に発売されました! 抽選でエッジのきいたデザインのタンブラーやTシャツのプレゼントが当たるそうですので、ぜひ!
『コートダジュールNo.10 』ブルーレイ&DVD-BOX特設サイト

尾﨑英子(おざき・えいこ)
1978年生まれ。大阪府出身。早稲田大学教育学部国語国文科卒。フリーライター。東京都在住。『小さいおじさん』で第15回ボイルドエッグズ新人賞を受賞。同作は6社による競争入札の結果、文藝春秋が落札、2013年10月同社より刊行され、大評判となった。「小説すばる」7月号に短篇「シトラスの森」掲載。「森へゆく径」にエッセイ「いつも心にファン気分を」を寄稿。2017年1月、『小さいおじさん』を改題し、『私たちの願いは、いつも。』として、角川文庫より刊行。「幽」vol.27(KADOKAWA)にエッセイ「ガラシャ夫人の肖像」を寄稿。本年5月 、長編第2作『くらげホテル』を KADOKAWAより刊行。

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