今月のゆでかげん(受賞作家 競作エッセイ)

お題:夏への扉 園山創介 2018年6月25日

来月のお題:96
Back Number > 2017
お題:夏への扉/園山創介 2018年6月25日
割り箸の上の鳥


 最近、暑くなってきた。一年ぶりにエアコンを使うので、本体のフィルターを外して掃除機をかけた。室外機も綺麗にしようと思い、濡れ雑巾を持ってベランダに出る。ベランダの隅に長方形の室外機が置かれていた。カバーをしていないので酷く汚れているかもしれない。機械に近づくと、突然、「ピピッ」と異音がした。
「使いはじめる前から故障はよしてくれ」
 と色褪せた室外機に視線を向ける。十五、六年前に買ったものだからいつ壊れてもおかしくない。しかし、今壊れては困る。エアコンの価格が一番高い時期じゃないか。
 いったい何の音だろう。バッテリー切れの警告音か、それとも送風ファンが風で軋んだ音か。
 ピッピッ。ピピッ。
 ふたたび機械から音がした。うん? これって……。もしかして……。
「室外機の中に鳥の巣があるのでは?」
 以前のエッセイ(『ぜいたく読書』)ですこし書いたが、ときおりベランダから鳥のさえずりが聞こえていた。ここはベランダに囲まれているし、屋根もすこしかかっているので、営巣するのに適した場所だったのかもしれない。
 巣ができていたら取り除くしかないことはわかっているが、「新築の住まい」を破壊するのはどうにも心苦しい。そうかといって放置している間に他の鳥が引っ越しをしてくれば、ベランダが鳥の巣ニュータウンになってしまう。
 室外機の片側は網目になっていた。四センチくらいの網目なので、鳥はここから侵入したのだろう。内部を覗きこむと、動力部の背面と外装の間に小動物が入れるような隙間があり、底板にちいさな影が見えた。手のひらサイズの小鳥が立っていた。
 うぐいす色の羽で体は白く、ビーズのようなつぶらな瞳に黄色い嘴をしていた。室外機の中の鳥は、こちらを向いたままじっとしている。うぐいすの雛かと思ったが、スマートフォンで野鳥の画像を検索するとシジュウカラだと分かった。他に仲間もいないようだし、鳥の巣もなさそうだ。ふう、よかった。
 それにしても、人間が目の前にいるのに驚いて逃げ出さないなんて、なんだか不思議な鳥だ。雀や鳩は人間が近づいたら必ず逃げるし、街中の梢でさえずっているときに、わたしが足を止めただけでも飛び去ってしまう。
「お前は何で逃げないんだ?」
「ここで休んでいるのか?」
 と気さくに声をかけるが完全にスルーされている。は、恥ずかしい。そうか。この鳥は警戒心がないから動かないんじゃなくて、いちいち反応することもできないほど疲弊しているのかもしれない。
 手を差し伸べようと思ったが、網目からは指を差し入れることしかできなかった。シジュウカラまで十センチほど届かない。自動販売機の下に落とした釣り銭は諦められるが、室外機に迷いこんだ小鳥は助けなければならない。
「そうだ」
 わたしはキッチンに向かうと、食器棚から割り箸を取り出した。これに乗せて引っ張りだそう。
 網目から割り箸を差し入れ、小鳥の足元に滑りこませた。しかし、シジュウカラは反応しない。釣り糸を垂らすかのように、根気よく割り箸を差し入れた。しばらくすると、ようやく割り箸の上に乗ったので、わたしは箸を室外機から引き抜いた。
 箸先にシジュウカラがとまっている。そよそよと風が吹き、うぐいす色の羽毛が揺れている。羽先は黒い縞模様が入り、短く生えそろっている。陽の光に照らされて、水からあがったように毛並みが艶やかだ。遠くを眺めるその姿はどこか凛としている。巣から落ちた雛鳥ではなさそうだ。
 割り箸を持つわたしの手が震えると、シジュウカラは箸から落ちないように必死にバランスを取っている。わたしが話しかけると、ときおりピイッと鳴いて返事をする。いつでも飛び去れるのに、わたしのそばにいるなんてまるで手乗り文鳥のようだ。いや、割り箸乗りシジュウカラだ。
 マジでヤバイ。可愛すぎる。心の中で女子のように叫んだ。両手で包みこんでほおずりしたい。しかし、生き物には人間の体温が熱すぎると聞いたことがある。それに、鳥が病気や怪我をしていたら、インフルエンザ的なものがうつってしまうかもしれない。手で触れないようにしよう。
 しかし、この鳥に外傷はなさそうだ。お腹がすいて力が出ないのかもしれない。わたしは室外機の天板の上にシジュウカラを置くと、エサを探すことにした。
 葉物野菜をあげよう。冷蔵庫から、ちぎったキャベツを持ってきた。シジュウカラは天板の上で割り箸に乗ったまま待っていた。
「しっかり食べるんだぞ」
 キャベツを細かくちぎって天板の上に置く。鳥は前を向いているだけで、足元の野菜には見向きもしない。キャベツを嘴の前まで持っていくが、それでも何も見えていないかのように無反応である。どうやらお気に召さなかったようだ。
 人間が食べる野菜は化学肥料や農薬が使われているので、微量な匂いを嗅ぎ取って食べないのかもしれない。道端の雑草のほうが、鳥にとってはご馳走だろう。
 家の周りにちょこちょこと雑草が生えている。雑草にも様々な種類があるので葉が大ぶりな物を選んで引き抜いた。ビニール袋に入れてベランダに戻ろうとしたとき、ふと、さっきみたいに気に入られなかったらどうしようと心配になり、新たなものも抜いた。さらに美味しそうな雑草を求めぶちぶちと抜いていく。なんだか草むしりをしているようだ。
 蟻の行列が目についた。そうだ。鳥だから虫も食べるだろう。雑草に這わせ、蟻を数匹捕獲した。五ミリほどの蟻だったので一センチ以上の大物はいないかと石を持ち上げる。蟻はいなかったが、だんご虫をゲットした。
 シジュウカラが雑草をついばむ姿を想像した。元気になり、羽を大きく羽ばたかせる様子が脳裏に浮かんだ。ビニール袋には海や山の幸ならぬ、道端の幸ランチセットができあがった。
 ベランダに戻ると、シジュウカラは床を歩いていた。しかし、まだ弱々しく歩いているだけだ。鳥の目の前に道端セットを並べる。抜きたての草の匂いがした。蟻が四散し、丸まっただんご虫が歩きはじめた。
「さあ、食べな」
 しかし、シジュウカラはそれらに見向きもしないし、ここから飛び去ることもなかった。まるで鳥であることを忘れたみたいだ。いったいどうしたんだろう。
 スマートフォンで検索すると、巣立ったばかりのシジュウカラは親鳥と飛行練習することがわかった。
 その際に失敗して落ちてしまう子もいる。しかし、そういった場合でも、どこかで親鳥が見ていて、エサを運んだり、近づいて飛べるようにフォローするようだ。弱っていて飛べないように見える鳥でも、緊張状態にあるだけで、実際は飛べるらしい。人間が手を貸すと、異質な臭いがついて親や仲間から除け者にされてしまうこともあるという。
 そうだったのか。
 触らないでよかった。それに、あいつが何も食べなかったのは親鳥がエサを運んで満腹だったからかもしれない。ベランダで鳴いていたのも親と交信していのだろう。
 あたりを見回すと、住宅街で行き交う電線に、数羽の小鳥がとまっているのが見えた。
 あの中のどれかが、このシジュウカラの親鳥なのかもしれない。わたしはベランダのシジュウカラをじっと見つめると、室内に戻った。
 部屋のサッシは開けてあるので、レースのカーテン越しに外の雰囲気が伝わってくる。ベッドに横たわる。風が吹き、鳥の鳴き声がした。
 親鳥が来たかと何度もベランダを覗き見た。しかし、警戒して近寄ってこなくなってはまずいと思い直し、ベッドに横たわり、目をつむって窓の外の景色を想像した。
 うたた寝をしていたようだ。
 外からは何の気配も感じられなかった。ベランダに出ると、シジュウカラはいなくなっていた。
 ふと顔をあげると、近くの電線に小鳥がとまっているのが見えた。真っ青な空に一本の電線が走り、小鳥がちょこんととまっている。
 さきほどのシジュウカラだろうか。小鳥はこちらに向かってさえずっている。ついさっきまで手の届く場所にいたのに、もう永遠に手の届かないところへ行ってしまった。ふと、小鳥がとまっている電線が割り箸のように見えた。どこかで鳥がひと鳴きした。それに呼応するかのように、目の前の小鳥は飛び去っていった。
 二週間ほどたったある日、ベランダで鳥の鳴き声がした。うるさいなーと思いつつ、サッシを開ける。
 ベランダの手すりにシジュウカラがとまっていた。普段なら、サッシを開けたとたんにいなくなるのに、今日のこの鳥は逃げ去らない。この間の鳥か? シジュウカラは、
「チュロロロロー、チュロロロロー」
 と珍しい鳴き声をあげた。体全体を震わせ、黄色いくちばしを大きく開けて、舌まではっきりと見えた。
 お礼を言いに来たの? そう思った瞬間、シジュウカラは飛び去っていった。ベランダの床に視線を向けると鳥の糞が落ちていた。どうやら、トイレ休憩に来ただけのようだ。


著者プロフィール

近況:
筋力トレーニングのために押入れで眠っていた鉄アレイを出した。以前より握力が低下したのか、手が滑って落としそうになった。現在は水を入れたペットボトルを使って身体を動かしている。

園山創介(そのやま・そうすけ)
1975年、埼玉県生まれ。拓殖大学を卒業後、金融機関に勤務。初の小説『サザエ計画』で第13回ボイルドエッグズ新人賞を受賞し、作家デビュー。


Back Number 2017

6月のお題:夏への扉
イマジナリーフレンドと『くらげホテル』
       ……………………尾﨑英子

はじめましたって言われるアレ
       …………………小嶋陽太郎

膨張狂想曲……………………………黒瀬陽
割り箸の上の鳥……………………園山創介

5月のお題:トラベル・ミステリー
愛と幻想のタイムトラベル…………黒瀬陽
うつろな温泉………………………園山創介
あずさにて………………………小嶋陽太郎

4月のお題:櫻の樹の下に
黒瀬陽の東方見聞録…………………黒瀬陽
愛でたい春…………………………尾﨑英子
らんまん娘と薬味…………………園山創介
秘密の活動………………………小嶋陽太郎

3月のお題:卒業
同級生だもの………………………尾﨑英子
my graduation………………………黒瀬陽
Taiko Super Kicks のちヨシキ
       ……………………小嶋陽太郎
 
はじまり旅行………………………園山創介

2月のお題:聖バレンタインの惨劇
さよなら平成…………………………黒瀬陽
猟奇的な彼女……………………小嶋陽太郎

1月のお題:無題
お犬様と年男…………………………黒瀬陽
2018年宣言…………………小嶋陽太郎

Copyright (c) 2018 Sousuke Sonoyama, Boiled Eggs Ltd. All rights reserved.  Since 1999.01.01