今月のゆでかげん(受賞作家 競作エッセイ)

お題:96 黒瀬陽 2018年7月2日

来月のお題:宴のあと
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お題:96/黒瀬陽 2018年7月2日
時に、西暦一九九六年


 時に、西暦一九九六年――私のデビュー作『別れ際にじゃあのなんて、悲しいこと言うなや』の特製リーフレットの文言である。この表紙がエヴァンゲリオンを意識したすばらしい出来映えで、先日、出版社より送っていただいたが、中身もたがわず傑作だった。
 営業部のSさん作の絶妙にイケとらんイラストもさることながら、早川社員三名によるイケとらん座談会がおもしろい。なかでも、ひとり怪気炎をあげていたのが担当編集のY氏である。


『別れ際にじゃあのなんて、悲しいこと言うなや』特製リーフレット

 座談会は各々の中学時代のイケとらんエピソードを語ったものだが、のっけからバレンタインの前日はいつもの安いシャンプーではなく、父親の高級シャンプーを拝借していたなる話にグッとくる。女の子もべつに当日用意するわけじゃないだろうに……徒労にも思えるが、正しく〝中2的〟でほほえましい。
 さらに中学の三年間、チョコレートがゼロだった思い出から、三年のときに女子から受けたバレンタインのトラウマが語られ、いまも会社で義理チョコを渡されても「いいです、いりません」と断っているという。私はすばらしい編集者に恵まれ、たいへん心強く思ったしだいだ。
 その後、話題は(女子社員のSさんもいるのに)第二次性徴へと移る。なかでもアソコの毛の話である。Y氏は一緒にお風呂に入るのがイヤで、学校の旅行行事をいっさい拒否し、さすがに修学旅行には参加したものの、風呂にはテコでも入らなかったらしい。
 Y氏の珠玉のエピソードに眼を見張ったが、思い返せば人のことを言っていられない。なにいう私は二年からの夏合宿のお風呂がイヤで、わざわざ一年の終わりに陸上部を退部したのだから。
 小説のなかで友人同士が「チン毛が生えとる」「生えとらん」で問答となり、やがてズボンを脱がそうとしはじめ、主人公が巻き込まれないようベルトを固く締めなおすシーンがあるが、そのじつ主人公こそが下の毛が生えていなかったのである。
 1996年、中学二年の野外活動のことを思い出す。キャンプファイアー、飯盒炊爨(はんごうすいさん)、ペットボトルロケット……イベントは数あれど、もっとも印象深かったのは「卓球拳」である。当時人気だった『稲中卓球部』にあやかって「卓球拳」と呼んでいるだけで、ルールは野球拳と同じである。
 暇をあました相部屋の男たちが卓球拳をはじめる。ジャンケンの弱い私はイヤな予感がしていたが、空気に逆らえずしぶしぶ参加した。体操服、ジャージのズボン、靴下と、案の定、私の衣服は床に散らばっていき、絶体絶命のパンツ一丁に追いこまれる。そしてラストもジャンケンに負けて、なけなしのパンツ一枚も脱ぐ流れとなった。
 無毛の私は泣きを入れて、どうにかお尻で勘弁してもらう。絶対に見られないよう股間を固く押さえて、お尻をつき出すと爆笑された。
 だが、どのみちお風呂の時間には全員お尻をさらすことになる。みんな必死に股間をタオルで隠してカラスの行水をすませるが、脱衣所では地獄の門番のように体育教師が行く手をふさいでいた。
 鬼はきちんと水滴の拭き取れていない生徒のタオルを剥ぎとると、気をつけバンザイで全身を拭いていく。捕まったら最後、股間を隠すことも許されずヒソヒソ話の餌食となる。鬼の眼にとまらぬよう、風呂場では桶で股間を隠しながら、乾布摩擦のごとくタオルで肌をこする思春期の哀れな姿がある。
 困ったときはお互いさま、入念に拭き合いっこして門をくぐっても、鬼につかまり容赦なくタオルを奪われる同級生たち。「おい、アイツまだ生えとらんで」などと声が聞こえてくる。
危機感を覚えた私は、血のにじむほど肌を磨きあげ、一点突破でなんとか切り抜けた。
 私はといえば、家では股間に父親のシェーバーの髭の粉をふりかけて、風呂場の鏡を見てウットリ。束の間の大人気分を味わうばかりだった。 無事生えてきたのは96年の秋口で、嬉しくてしばらくクシでといていた。
 リーフレットの座談会にもどろう。Y氏の中学のころのあだ名が「空気椅子」だったと発覚するなど、注目点は枚挙にいとまないが、詳しくはこちらを直接読んでいただきたい。ネット版はいくつかエピソードをカットしてあるので、できれば書店で完全版を手に取ってほしい。ついでに本も買っていただければ幸いである。
 そういえば、座談会で感じたのはジェネレーションギャップである。座談会のメンバーはY氏のほかは、二十三歳のSさんと新入社員のIくんである。まずはIくんが小学生のときやっていたという「プロフィール帳」、この聞きなれない言葉をネットで調べた。ふーむ、知らなかった。Y氏と同様、「世代だね」という感想である。
「ミクシィ」なんてへっちゃら、懐かしいなーと余裕を見せていたら、二十代の両名そろっての「RADWIMPS」に度肝を抜かれた。中学時代の話である。えっ? 彼らって『君の名は。』でさいきん出てきたバンドじゃないの? 調べてみたら、ずいぶん前から中高生に人気があったようである……。
 長らく80年代ガンダム世代うぜえ、と思っていたが、すぐにも90年代エヴァ世代うぜえと言われるのだろう。ゼロ年代ハルヒ世代(シード世代? ギアス世代?)の突き上げをくらう前に、『ゼロ年代の想像力』を読みなおして備えることにしよう。

☞ コムロ世代、エヴァ世代に捧げる!共感度MAXの〔中2〕青春小説できました!


著者プロフィール

近況:
今週はラジオ出演、新聞の取材、書店まわりと本のプロモーションで目まぐるしい。「チンチン、ブラブラ。」が話題となった広島電鉄さんにも広告が掲載される予定です。また、宇野常寛著『ゼロ年代の想像力』はハヤカワ文庫より税込886円で好評発売中です。

黒瀬陽(くろせ・よう)
1982年、広島市生まれ。市内の小・中・高校を経て、早稲田大学人間科学部卒業後、東京大学大学院修士課程修了。2017年、『別れ際にじゃあのなんて、悲しいこと言うなや』(受賞時の『クルンテープマハナコーン(ry』を改題)で第20回ボイルドエッグズ新人賞を受賞。2018年6月、早川書房より刊行された同作品で作家デビュー。


Back Number 2017

7月のお題:96
時に、西暦一九九六年………………黒瀬陽

6月のお題:夏への扉
イマジナリーフレンドと『くらげホテル』
       ……………………尾﨑英子

はじめましたって言われるアレ
       …………………小嶋陽太郎

膨張狂想曲……………………………黒瀬陽
割り箸の上の鳥……………………園山創介

5月のお題:トラベル・ミステリー
愛と幻想のタイムトラベル…………黒瀬陽
うつろな温泉………………………園山創介
あずさにて………………………小嶋陽太郎

4月のお題:櫻の樹の下に
黒瀬陽の東方見聞録…………………黒瀬陽
愛でたい春…………………………尾﨑英子
らんまん娘と薬味…………………園山創介
秘密の活動………………………小嶋陽太郎

3月のお題:卒業
同級生だもの………………………尾﨑英子
my graduation………………………黒瀬陽
Taiko Super Kicks のちヨシキ
       ……………………小嶋陽太郎
 
はじまり旅行………………………園山創介

2月のお題:聖バレンタインの惨劇
さよなら平成…………………………黒瀬陽
猟奇的な彼女……………………小嶋陽太郎

1月のお題:無題
お犬様と年男…………………………黒瀬陽
2018年宣言…………………小嶋陽太郎

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